第二章 2


翌日。


「よーし!今日は橋本先生が会議中だから俺達がホームルームをやるぞー!」


相変わらずうるさい小林、林田のリンリンコンビのホームルームを真正面から聞かされ、私は顔をしかめる。


そんな私のしかめっ面なんて気にもせず、小林は続ける。


「じゃあ早速出欠をとるぞ!


林田!」


「小林君、私はまだまだ後の方だよ?」


なんなら呼ばなくても目の前に居るだろ……と言うツッコミを飲み込む。


「何言ってんだよ。


林田の名前は一番に呼びたかったんだ。


駄目か?」


「小林君……。


ううん!!駄目じゃない!嬉しい!」


相変わらず朝から何を見せられてるんだ……。


昨日の事もあって気持ちが萎えていた私は余計にゲンナリしてしまう。


その後は滞り無く……いや滞ってたわ。


「小林君が私以外の女の子の名前呼ぶのちょっと嫌だな……。」


「俺だって辛いんだ。


でも信じてくれ。


一番は林田で、最後だって林田だから!」


「そんなに私を大事に思ってくれてたんだ……嬉しい!」


この下りまたやる気か!?


それにあんたも嬉しいのか……。


おそらくクラス全員、静ですら苦笑いしてるこの空気をどうしてくれるのよ……。


あ、いや……一人お構い無しに寝てるやついたわ……。


正面を見てられず無意識に目を向けた先に居たのは、机に突っ伏して居眠りをこいている中川。


コイツは本当気楽よね……。


思わずため息が出る。


こっちは昨日のあれのせいで眠れなくて寝不足だってのに……。


久しぶりに出くわした……いや、待ち伏せしていたクソ親父。


正直一瞬でも視界に入れたくなくて、そのまま素通りするつもりだった。


「待てよ、摩耶。


今日はお前に話があるんだ。」


「あんたと話す事なんてない。」


「ツレないなぁ……。


数年前まではあんなに懐いていたじゃないか。」


「誰のせいだと思ってんのよ……。


私に話しかける前に言う事があるんじゃないの……。


まぁ言われたところで許す気も話を聞く気もないけど。」


構わず横を通り過ぎようとするも腕を掴まれる。


「待てって……時間は取らせないから。」


「離して!あんたに使う時間なんて一秒も惜しいわ!」


本当は今すぐにでもボコボコにしてやりたい程憎いし、本来なら顔だってもう二度と見たくなかった。


でもなんとか一瞬でも理性を保てたのは、私よりも辛かったであろうお母さんに迷惑をかけたくなかったからだ。


コイツもコイツで一応は父親で、養育費は一応払っているらしいからここで取り乱さない事がせめての温情だと思って今すぐ私の目の前から消えてほしい。


でもコイツがこうしてわざわざ会いに来た以上、目的があってなのだろう。


そう言って素直に離れてくれるくらいならそもそも待ち伏せなんかするはずもなく。


「今日はお前に提案があるんだ。」


「私があんたの提案なんて聞くと思ってんの?」


そう言って睨むも、クソ親父はそれで怯みもせずにこう続ける。


「なぁ、摩耶。


俺と一緒に来ないか?」


「……は?」


「今俺の家には新しい嫁が居る。


そして彼女との間に産まれたお前の妹だって居るんだ。


これからは四人で……」


「ふざけんな!」


信じられない。


私達を見捨てておいてコイツは、今新しく幸せな家庭を築いている。


「……なんであんただけが幸せになってんのよ!?


私達を裏切ったあんたが!」


無神経な態度に、抑えようとしていた感情が爆発する。


「あんたが出て行った後、お母さんがどれだけ傷付いて苦しんだのか分かってんの!?」


「……だから心配いらない。


俺にとって摩耶も大切な娘だ。


あの女の事なんてもう考えなくていい。


これからは一緒に幸せに暮らそう。」


「あの女……ですって……? 」


怒りで言葉も出てこないとはまさにこの事だと思った。


だってコイツが言ってるのはつまり、私もお母さんを裏切って一緒に逃げようと、そう言う事なのだ。


あれだけ傷付けて、酷い思いをさせた事を反省も後悔もせず、更には唯一の娘である私さえ奪い去ろうとしているのだ。


「お前の妹になる麻里はな、お姉ちゃんがいると聞いて喜んで居たんだぞ。」


嬉しそうにそう語る顔をもう一秒だって見たくなかった。


無理矢理に腕を振り払い私は走り出す。


「あ、おい!摩耶!」


悔しい……。


悔しい悔しい悔しい!


何も言い返せない、ボコボコにする事さえ出来ない自分の弱さが。


「おかえり……摩耶。」


「た、ただいま。」


家に帰るとお母さんが出迎えてくれる。


最近になってやっと、少しずつだがパートにも出られるようになって来たものの、少し前までは目も当てられない程に気に病んでいた。


「摩耶……何かあったの……?」


「いや……別に……。」


「……そう。」


言える訳ない。


こんな酷い話、私にその気が一切無くたって母が傷付くのは分かってるし、自分がそんな酷い事をしてしまったように思えてしまうから。


「それより晩御飯まだでしょ?


私、作るね。」


「あ、あぁ……ありがとう。」


かと言ってこの気まずさだって未だに慣れない。


そんな訳で私は、ロクに寝付けないまま今日を迎えたのだ。


だから本当ならこの時間も寝過ごしたいくらいだが……。


あのバカップル(実際はまだ付き合ってない)のイチャつきを目の前で見せられていたらそんな気も失せてしまった。


先生、授業中に居眠りするやつ対策に良いんじゃない?


皆ゲンナリしてるし……。


あ……それでも一人寝てるやつ居たんだわ……。


「摩耶ちゃん、大丈夫?


なんか疲れた顔してるよ?」


ホームルームが終わった後の時間に、静が私の席の前に歩いて来て声をかけてくる。


「そりゃ朝からあんなの見せられたらね……。」


「それは……まぁ……うん……。」


ほら、静にまでこんな微妙な反応させるくらいだもん……。


「で、でもそれとは別になんか元気無さそうじゃない?」


「まぁ……寝不足かな……。」


「何か悩み事!?」


いや……そんなキラキラした目で見られても……。


「別に……ただ寝付きが悪いだけ。」


「そ、そっか……。


で、でもそんな時もあるよね。


なんだか眠れなくて困る時。」


「あんたの場合は合宿の前とかでしょ?


あとは修学旅行の前の日とか。」


「そ、それだけじゃないもん!」


冷や汗を垂らしながら食い気味に否定してくる。


図星じゃないの……。


「じゃあ何?」


「え、えっと……遠足の時とか……社会見学の前とか……。」


「大して変わらないじゃない……。」


「うぅ……。


他には…えっと……えっと……。」


これ長引きそうね……。


「それにしてもなんで遠足って遠足って言うのかしらね。」


話題を逸らす意味で、どうでもいい話をふる。


「え?遠くに行くからでしょ?」


「いや、だってさ。


絶対遠足より修学旅行とかの方が遠くに行く訳じゃん?


だからなんでかなぁって。」


「あぁ……まぁそうだよね。


遠足ってなんだかあんまり遠くに行くイメージ無いかも。


遠くても県内とかだし泊まりがけとかでもないよね。」


「そうね。


でも私は遠足の方が好きだったわ。」


「え、そうなんだ。」


「だってそうでしょ……?


余り物の班で気まずい時間が修学旅行では3日以上続くのよ……?」


「理由が寂しかった!?」


「まぁあんたは恵美が居るから良かったんでしょうけど……? 」


「あぁ……うん。」


「クラスメイトが楽しかったって感想を言い合う中、解散して一人になってなんだったんだろうこの時間と思いにふけりながら帰ったあの日が今も頭から離れない……。」


「ま、摩耶ちゃん!暗い、暗すぎるよ!元気出して!!


こ、今年は私と楽しい思い出いっぱい作ろ!!」


「うん……。」


実際初めて友達がいたあの合宿は、今でも私にとって大切な思い出の一つだ。


その有り難さがわかるのも、ある意味そんなボッチ歴のおかげと言う所もあるのだが……なんとも複雑な話だ。


それにしても。


思わず大きな欠伸。


圧倒的に睡眠が足りない。


「本当に大丈夫?摩耶ちゃん。」


「平気よ。


何かジュースでも飲んで気を紛らわせるし。」


「そ、そっか。


無理しないでね……?」


なんで聞いてる側のあんたがちょっと残念そうなのよ。


まぁでも分からなくもない。


静と知り合うまで私だって友達の相談に乗るなんてなかった訳で。


静には恵美もいるけど、あの二人を見てると恵美が静の相談に乗る様子の方がしっくり来るし。


「じゃ、ちょっとジュース買って来るから。」


「あ、うん。


後でね。」


静と別れ、自販機に向かう。


すると、先客が居た。


「あっ!敵!」


「それまだやってたのかよ……。 」


自販機の前で何を買うか考えていたのであろう中川に微妙な顔をされてしまった。


「何よ、あんたも何か買うの?」


「あぁ。」


そう返事をして中川は何かを買い、場所を空けてくれる。


何にしよう。


ミルクティーとかで良いかな?


そんな事を考えていると、急に中川から何かを投げ渡される。


「え、ちょっ。」


「眠いんだろ?だったらそれでも飲んどけ。」


「はぁ?なんであんたに……。」


「こないだの礼だ、取っとけ。」


「礼って……ってこれブラックじゃない!?」


受け取ったそれは、ひと目でわかる黒地に英語でブラックと表記された缶コーヒー。


「ミルクティーなんて眠気覚ましにならねぇぞ。」


そんな小言を言いながら中川は自分のブラックコーヒーを一気に飲み干し、背を向けて去って行く。


「大体礼って……。」


多分それは先日の事だ。


これまで全く体調を崩した事が無いらしい中川が、体育祭の翌日に体調を崩した。


私はそれを聞いて様子を見に行くと言っていた佐藤について行き、コイツの家でうどんを作ってあげたのだった。


コイツも片親で苦労していたと知ったのはその時だ。


それも理不尽に裏切られた私と違い、幼い頃に大好きだった母親を病気で亡くしたかららしい。


なのにコイツはそんな素振りを普段から全く出す事も無く、今を精一杯生きている。


私はそんなコイツを見て、確かに凄いと思ったし、尊敬もした。


「にがっ……。」


……まぁだけど今はコイツとの関わり方を図りかねている訳だが。


静を応援する私、そして佐藤を応援する中川。


そこから、私はコイツを一度敵と認定した。


それからなんだかんだ佐藤とその元カノとの問題は解決し、もう敵と呼ぶ必要も無くなった訳だが。


今更謝るのもなんか違うだろうし……。


何よりその時の自分の決意を否定するような気もするし悪い事をしたとも思いたくないのだが。


「まっ、そんなに気にする事でも無いか……。」


だってお礼とか言いながらこんな苦い物渡してくるようなやつだし……。


「うぅ……苦い……。」


その後の授業はそれのおかげで眠くならなかったが、アイツ同じ物を飲んだ筈なのに私が教室に戻った時からずっと寝ていた。


そんな姿を見ていると、渋々飲んで顔を歪めているであろう自分をバカにしてる様な気がしてちょっとムカついた。

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