輪廻転生、多分こうなんじゃないか

粟沿曼珠

輪廻転生、多分こうなんじゃないか

 俺は死んだ。


 死んだ瞬間のことははっきりと覚えている。歩道を歩いていたら車が歩道に突っ込んできたんだ。

 ミサイルの如き車に跳ねられ、激痛と共に骨と肉と内臓がぐちゃぐちゃになるような感覚を覚え、そして一瞬のうちに死んだ。

 その後葬式が行われて、焼却炉で燃やされた。


 何故こう述べることができるのか。

 それは、死んだのに死んでないからだ。

 厳密に言えば、俺の肉体は確かに死んだ。しかし、魂までは死ななかった。


 焼却炉で燃やされ、灰となり、空に飛ばされて風の随に漂う。

 漠然とした感覚だけど、そうなっていることは何となく分かった。


 いつしか大地に近付き、生き物の気配を感じる。

 やがて風に流されているような感覚はしなくなり、まるで体——いや、魂が固定されたかのような感覚を覚える。


 そこから更に時が流れ、懐かしさと真新しさが入り混じった感覚を覚えるようになった。

 魂に体を持つようになったのだ。だが、その感覚は人間のものとは違った。


 その正体が分かったのは、まともに動けるようになってからだ。

 俺が何かの外に出ると、虫の幼虫——と言うには大きすぎるものが無数にいた。

 猛烈な吐き気を覚えると同時に、嫌な予感が脳裏を過った。

 己の腕を視界に入れると、あの無数の虫と同じものだと分かった。


 俺は虫になった。


 アスファルトの水溜まり——今の俺にとっては浅い湖と呼ぶに相応しかった。

 そこに映る姿が、「俺は虫に転生したのだ」と物語る。


 ——これ、畜生道って奴か……?


 人間だったことに悪いことをした覚えは——まあ喧嘩して殴ったり嘘ついたりしたことはあるか。

 だとしたら、人類ほぼ全員畜生道行きが確定しているのではないだろうか?


 ——などと考えつつも、この状況に絶望はしなかった。寧ろ楽しい。

 同じ世界でも見える景色がまるで違った。小さなものは大きく、大きなものはより大きくなった。

 雑草や低木はさながらジャングルのようで、木はさまざまな漫画やゲームで見た世界樹みたいである。人間は神の如き巨人といったところだろうか。


 ある程度大きくなり、虫の生活にもだいぶ慣れた。

 羽を広げ、自身の何倍もの高さを跳躍する。女性に迫り、悲鳴を上げて逃げていく姿に興奮を覚える。

 ——時々人に向かって飛んでくる虫がいるけど、こういう思いだったんだろうなぁ。


 花壇の花の葉に乗り、休息しつつ懐かしさと新鮮さを感じる景色を眺める。

 今まで全然気にしていなかった虫達が、まるでサバンナの野生動物達のように闊歩し、飛翔している。

 草花も、木も、小動物も、人間も、自分より何十倍も大きい存在になっている。


 ——ああ、本当に虫に生まれ変わったんだな。


 その事実を痛感し——


「——!?」


 腹が真っ二つになったかのような激痛が走る——いや、実際には体が折れて体液が吹き出している。

 次の瞬間には俺の体は意志に反して空を飛んでいた。折られた体は何かにぐっと押さえられている。

 その正体を探ろうと見ると、鳥の嘴だと分かった。


 嘗て人間だったからこそ、この後起こることが嫌という程分かる。


 ——ああ、俺、食われるんだ……


 抵抗しようと体を動かすが、体に力が全然入らない。入ったところで無駄だという事実も襲い掛かってきて、絶望の淵に突き落とされる。

 苦しみに悶えているうちに何匹かの小鳥がいる巣に——死に場所に着いた。


 人では味わえないであろう、捕食される感覚。

 全身を駆け巡る激痛の中、体が折られ、引き千切られ、体液と内臓が吹き出し、噛み砕かれてぐちゃぐちゃにされる。


 そんな中でも俺は死ねなかった。

 早く死んで楽になりたいと思ったのに、確かに意識があった。ぐちゃぐちゃにされても意識は——魂は消えなかった。


 やがてまた景色が見えてきた。音も聞こえ、臭いも、口に残る何かの風味も、肌に当たる風も感じ——五感を得たと分かる。

 そして周りには小鳥と親鳥がいる。どうやら俺の魂は小鳥に乗り移ったようだ。


 しかし、違和感があった。

 酷い病気に罹った時のように、或いは高温の中で汗だくになりながらあれこれ作業している時のように、意識が遠のいているような気がした。


 鳥の生活をして、その疑念は確信に変わった。

 猫に殺されて捕食され、小鳥に魂が移った時のように猫に魂が移った。恐らく、捕食されることで魂が捕食した側に移るのだろう。

 この時、自分の意識が薄れていっていることがはっきりと分かった。まるで寝落ちする寸前のような、死がそこまで迫ってきている状態である。


 それがとても怖かった。

 死んだと思ったのに死ななかった——だのに、今度こそ本当に自分が死ぬ予感がするが故に。

 最早人間でない生を楽しめる余裕など無かった。ただただ死に怯え、自分を殺せないようなか弱い虫を喰らい、死なないように他の猫に、人に、車に怯えながら暮らす。


 だけど死は平等に訪れるものだ。

 死なないように生きても、結局は寿命で死ぬ。だけど魂はまだ死ななかった。


 ……そう、まだ。


 何かに食われる感覚を覚える。

 肉体が、魂が、徐々に削られていく。


 ……嫌だ……やめろ……


 そしてそれに伴って徐々に意識が失われていって——











「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」

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輪廻転生、多分こうなんじゃないか 粟沿曼珠 @ManjuAwazoi

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