第二章 狩人

1

「お、おはよう、よく眠れた?」

焦げ臭い匂いがあたりに漂っている一室。

履き慣れないブーツで歩きながら、奥の台所にいる少女に歩み寄る。

ふわりと揺れた純白の髪の毛は、紺色のリボンでポニーテールにまとめていた。

そのコバルトブルーの瞳の輝きといい、雪のような白い肌といい、昨日とあまり変わらず、この簡素な秘密基地とそぐわない見た目をしている。昨日と違うところで言うなら、あのバルーンスカートが特徴的なドレスから、レースのついたカッターシャツと紺色のシックなロングスカートになったくらいだろうか。皮のベルトを締めて、上にフードがついた紺のマントを被っている。靴も高いヒールから、動きやすそうなショートブーツに履き替えていた。

「うん。よく寝れたよ。」

よく寝れた、というが、実のところ、早朝に目が覚めてしまった。起きると埃の被った敷布団の上でなく、お日様の匂いのするベッドの上で、もうここが現実なのだと受け入れるしかなかった。

時計もなく、地下のため窓から日が入ることもない。仕方なく、自室にあった本を読み漁ったりして時間を費やしていたところで、なんだか焼けこげた匂いが部屋の中に入ってきたので、こっちの部屋に出てきたというわけだ。

案の定、かまどの前に立つベラは、なんだかぎこちない笑顔を浮かばせていた。

「朝ごはん、作ってくれてたんだ。ありがとう。」

そういうと、ベラはぴくりとその細い眉毛を動かす。

手を背中の後ろで組んで、一向にかまどの前から動こうとしない。何やら奥からプシューという、不思議な音も聞こえ、どうにも忙しない。

「ベラ、そのかまど……」

「そそそその服!とっても似合ってるわ!」

明らかに目線を泳がせて、無理にあげた口角はピクピクと小刻みに震えていた。

今朝、起きたときすぐ目に映ったのは、棚に置かれ服だった。黒いタートルネックのシャツに、シンプルなデザインの黒ズボン。モスグリーンの色合いのジャケットに、ロングブーツまで丁寧に揃えられていたものだから、いつ用意したのか不思議に思ってしまったが、昨日の制服は置かれていなかったので、ありがたくその服を使わせてもらうことにした。

「こ、この服にすれば地上の匂いも感じないし、安全なのよ。いやぁ、似合うし安全な服、素晴らしいわね〜。あははは……」

早口でまくしたてる彼女だが、目線はずらしてばかり。嘘を見破るのは得意なくせして、嘘をつくのは苦手なのだなと、少し面白くて笑ってしまう。

「ベラ、もしかして料理したことないでしょ?」

「なっ!?」

みるみる顔を赤らめていくベラをどかして、かまどの前にしゃがみ込む。

石窯に置かれたフライパンを出してみると、案の定、真っ黒こげになった灰のような、あるいは、ペーストされた何かがへばりついていた。

「何作ろうとしてたの?」

横にいるベラにきく。どうもまだ震えているベラは、目も合わせずつぶやいた。

「……スクランブルエッグ。」

聞き馴染みのある料理を頭の中で想像しつつ、目の前の真っ黒な灰を眺める。

「そ、そっか。す、スクランブル、エッグね……っくく」

堪えきれない笑いが込み上げてくる。

「わ、笑わないでよ!頑張ったのよ、これでも!お城では料理なんてやったことなかったから、うまくできなかっただけで!」

「ごめんごめん、ちょっと面白くて。僕が代わりに作るから、ベラはお皿用意してもらっててもいい?」

頬を膨らます彼女は、昨日と少し違って、年相応に幼かった。

それでもやっぱり身分が違うのだなぁと、思いながらも、流風は、ふと自然とあがった口角をベラに見られないように、その手で隠した。

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