第6話 生殺与奪
「生殺与奪の権利」
というものを聞いたことがあるだろうか。
これは、独裁者などによく言われていたことであり、それは、例えば昔のような、
「奴隷制度」
があった時、
「人間というものも、祖霊であれば、何をしてもかまわない。それで死に至ろうとも相手は奴隷なのだから、俺の持ち物だから、好きに壊しても構わないではないか」
というのが、
「人間でも奴隷であれば」
という考え方と、
「命を命と思わないという考え方だ」
といってもいいだろう。
それを、
「生殺与奪の権利」
として、一定の人間には、
「与えられた権利」
であり、
「それが自分だ」
という考え方である。
「人間をものとして考える」
ということなどあるのだろうか?
そう思うのは、
「皆が相手は人間だ」
ということで、
「人間には、感情というものがあり、だから、気持ちが通じ合えるわけである。だが、相手が奴隷という、一種のその他大勢というものに、いちいち感情などないと思っているのだから、それが、生殺与奪だ」
と言われたとしても、その人だけにとっての理屈であり、もし、自分たちが迫害される側の人種だったとすれば、
「そんな生殺与奪などありえない」
と思うことだろう。
ただ、それはあくまでも、
「自分たちの仲間内」
ということで、それ以外の人は、
「どうなっても構わない」
と思うだろう。
特に奴隷であればなおのこと、
「俺には関係のないことさ」
と思い、逃げることだろう。
しかし、それも、
「奴隷がいるからであり、一種の歯止めである」
といえる。
歯止めがなくなれば、
「生殺与奪の権利の矛先」
というのは、こっちに向いてきて、今までの防波堤がなくなったことで、容赦のないことになるだろう。
「餌を食べつくして、それでも腹が減っている獣が、意識をマヒさせて、こちらによって来させる」
というものではないだろうか。
それはあくまでも、
「本能のなせる業」
ということで、
「潜在意識のなせる業」
といってもいいかも知れない。
きっと夢ごこちなのだろう。
「生殺与奪の権利」
というものを、
「自分で持っている」
というようなことをよくいうのが、旦那の、沢村だった。もちろん、普段からいっているわけではなく、
「酒の席でのたわごと」
だったのだ。
sいかし、いくら酒の上でのことだとは言っても、聞いている方は、あまり気持ちのいいものではない。
「本当にあいつは、酒癖が悪いな」
と、宴会の時になると、皆、沢村を避けていた。
もし、沢村が、皆から孤立したのだとすれば、そんな時だったに違いない。
沢村という男は、いつも
「大風呂敷」
を広げては、皆に大ホラを吹いているという感じであった。
「誰があんなやつと一緒にいるもんか」
ということだったのだが、それなのに、奥さんと不倫をしてしまうというのは、
「そんな旦那に蹂躙されている奥さんがかわいそうだ」
という意識から、奥さんに近づくと、奥さんの魅力にやられてしまい、ついつい深入りしてしまうのだ。
何しろ奥さんの方が受け入れるのだ。
だからといって、最初から受け入れるというわけではない。
どちらかというと、奥さんは、最初から自分たちを受け入れるわけではない。ささやかな抵抗をするのだが、それがまた男心をくすぐるのだ。
その時は分からないが、あとになって振り返ると、
「ああ、あの時だったんだ」
と、自分が、クモの巣に引っかかった蝶々になった気がしてくるくらいであった。
奥さんは、それだけ、
「妖艶」
なのだが、最初は、その雰囲気に心を奪われ、その肉体に、骨抜きにされるのであった。
奥さんと一緒にいると、
「本当に自分が、夫になったような気がしてくる」
のであった。
しかも、奥さんと初めてのベッドの中で、あらわになったその美しい肌に、
「見てはいけない」
という意識がとっさに働き、一瞬目をそらしてしまったくらいだったが、そこには、くっきりと、
「真っ白な肌に、恥ずかしげもなくついている、いくつものミミズ腫れ」
最初は、
「これはなんだ?」
と思ったが、すぐに想像がついた。
つまりは、
「あの旦那を考えると、この傷痕を見せられると、そこに、二人の異常性癖」
というものが分かってきた。
「さぞや、嫌だったことだろう」
と感じたのは、最初だけだった。
いとおしくなって、傷痕を愛撫してあげると、
「あぁ」
という、奥さんのなまめかしい声が聞こえた。
そして、
「おねだり」
でもするかのような視線をこちらにぶつけると、次第に、妖艶さの所以が、あからさまになってくるのであった。
「なんだ、この奥さんは」
と思いながらも、男は、女に引きずり込まれるようにして、相手に無性にむさぼりつくのであった。
男の方も、こうなっては、
「引くに引けない」
という思いと、
「男の性」
との間で、さまよっていて、むさぼりつくすのであった。
そして、感じるのが、
「この女をもっと蹂躙したい」
という感覚であった。
少なくとも、この瞬間は、
「俺のオンナ」
以外の何物でもないということである。
男にとって、女を蹂躙することが、これほどの快感だとは思わなかった。
特に、結婚していて、妻を抱いている時に感じたこともない快感だった。
昔には。あったかも知れないが、そうだとすれば、
「若かりし頃を思い出させてくれる」
ということが、快感を引っ張るものだと思うと、
「これほど、興奮するものはない」
ということを感じさせられるのであった。
そして、その時の男は、思い出すのだった。
「ああ、これが生殺与奪の権利ということなのかな?」
ということをである。
旦那の沢村がいっていた。
「生殺与奪」
それは、この時のことなのだろう。
それを思い出すのが、ちょうど、
「酒を飲んだその時」
ということかも知れない。
それを思うと、奥さんと関係をもってから、酒の席に参加して、沢村から、
「生殺与奪」
ということを言われても、嫌ではなかった。
むしろ。
「俺にもわかる」
と思うのだったが、それを口に出すわけにはいかない。
それをするということは、自分から、
「俺は奥さんと寝たんだぞ」
ということを、口外しているのと同じではないか。
そんなことを考えていたのだが、さすがにその時、旦那の沢村が何を考えていたのか誰にも分らなかった。
実は、沢村という男は、
「猜疑心の元々強い男」
であった。
「誰が見ても美しい」
と言われ、しかも、妖艶な奥さんに、浮気癖があることは分かっていた。
最初は、
「しょうがないか」
と思っていたが、
「それではつらさに耐えられない」
と思うようになってくると、
「猜疑心だけでも、どうにかしないと」
と考えるようになった。
しかし、
「どうしたらいいんだ?」
ということを常々考えるようになると、
「浮気相手を探す」
という方法もあるか?
ということで、最初はあまり酒の席には顔出さなかったのだが、急に出すようになった。
これは皆が感じていたことだが、
「あれだけかたくなに拒否していたので、誘わなくなったと思ったら、今度は毎回参加し始めて、しかも、あの生殺与奪だか何だか分からない話をして、場を乱すんだから、嫌がらせもほどほどにしてほしいよな」
ということであった。
ただ、これも、沢村の計算のうちだった。
というのは、沢村が、
「酔った勢い」
で、生殺与奪の話をするという構図になっているが、実はそうではないのだ。
というのは、
「何も酔った勢いで、皆に生殺与奪の話をしているわけではない。その話をすれば、たいていのやつは、近づいてこないだろう。しかし、一度でも伸子の毒がにやられたやつは、俺と同類という顔をしてくるのさ。それで、誰と浮気をしたかということも分かるというものだ」
ということであった。
このことは、伸子にも公言していた。
「この人、どうしてそんなことを公言するのかしら?」
と最初は伸子も感じたが、実際には、
「これも、生殺与奪プレーの一環だった」
ということである。
「生殺与奪プレー」
とは、実になまめかしいものである。
そこに、枕詞のようにくっついているのは、
「SMプレイ」
である。
二人は、そんなプレイをしていたのだが、実は、
「この夫婦のどっちが恐ろしいのだろう?」
と考える人も結構いたが、
「どっこいどっこいだろうな」
というのが、ほとんどのようだった。
だが、実際にはどうなのかというと、
「旦那の方が、数倍恐ろしいのかも知れないな」
ということであった。
それが、証明される形になったのが、
「今回の殺人事件だ」
ということになる。
「犯人は誰なのか?」
ということよりも、
「被害者が整形を受けていた」
ということの方が実に恐ろしい。
つまりは、
「整形を受けていただけではなく、そのモデルになった人が、元々この界隈にいた人だった」
というのだから、これ以上恐ろしいことはない。
それを考えると、本当に恐ろしかったのだ。
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