第5話 奥さんの秘密、その2

 それを聞いた二人は、別に驚かなかった。むしろ、

「そんなことは最初から知っているよ」

 と言わんばかりで、キョトンとしているではないか。

 それでも、樋口青年は、ここぞとばかりに、饒舌で、

「皆さんも知っていたんですね。でも、皆さんは、その相手が誰なのか、ご存じですか?」

 とばかりに、ほくそ笑んだ。

 それを見て、今度は二人がゾッとしたのだが、それは、その話にゾットしたのではなく、樋口青年のその表情に対して、気持ち悪いと思ったから、ゾッとしたのだった。

 そんなことまで、気が回る樋口青年ではないだろうから、

「きっと、自分の話に、皆ゾットしたのだろう」

 ということで、ほくそ笑んだのであろう。

 それだけ、樋口青年は、

「分かりやすい性格」

 であり、逆に、

「少し扱いにくいところもある」

 ということになるのかも知れない。

 それを思うと、この場にいる三人は、それぞれに、性格の違いから、

「相手にないものを自分が補っている」

 という、

「いい関係なのではないだろうか?」

 と感じるのだった。

 だから、

「アイコンタクトだけでこの三人であれば、うまくいく」

 ということであり、

「三すくみ」

 といえばいいのか、

「三つ巴」

 といえばいいのかと、考えるのであった。

 それぞれで、問題があるというのか、いえることとしては、

「それぞれに、均衡が保たれている」

 ということは同じであるが、その過程における考え方が違っているのだ。

「力が、均衡している」

 というのが、

「三つ巴」

 であり、

「それぞれに、優劣の関係がしっかりとしているので、その距離が均等であれば、お互いに手を出すことができず、力の均衡を作り出している」

 ということになるのであった。

「三つ巴」

 というのは、結果的に、

「力が均衡している三つがある」

 ということで、その決着をつけなければいけない場合に、

「巴戦」

 というものを行って、雌雄を決するということになるのだ。

 しかし、

「三すくみ」

 というものは、

「触れてはいけないもの」

 ということであり、あくまでも、結果としてできた

「力の均衡」

 は、誰にも触ることができないものだということになるのだった。

 だから、そんな状態を保ち続けられるかどうか、均衡が破れると、

「破滅が待っている」

 ということになるのである。

 そんな状態で、樋口青年は、松崎と、秋元の二人を耳元に寄せて、

「ひそひそ話」

 で伝えた。

 もちろん、

「世界的なパンデミック」

 を警戒して、マスクをしながら、若干の距離を置いてのことであったが、その口から放たれた人の名前を聞いて、二人はそれぞれに驚いた。

 明らかに、

「意外だ」

 という顔をしていたのだが、そのリアクションは様々である。

 思わず、

「えっ」

 と叫んでしまい、

「まずい」

 と思ったのか。口を手でつぐんだのが、秋元だった。

 秋元は、

「いちいち、リアクションが大げさなところがあるので、本当であれば、内緒話は危険なのだ」

 ということなのだろうが、樋口青年は、

「敢えて話した」

 ということのようだった。

 松崎としても、驚いて、思わず声が出そうになったが、松崎の性格として、何か突然のリアクションをとらなければならない時は、最初に、

「声を出してはいけない」

 という意識が働くので、すぐに静止できるということであった。

 それを考えると、

「俺は、自分で思っているよりも、冷静沈着なんだな」

 と思っているのだが、

「それは間違いない」

 ということであった。

 実際に、松崎というのは、子供の頃、中学時代までであろうか。秋元よりも、さらに大げさなところがあったのだが、

「大げさなリアクションをとってしまったことで、友達を数人なくした」

 という経験から、今では、

「大げさなことはしないようにする」

 というようになったのである。

 それを考えると、

「俺って、高校に入った頃から変わったんだよな」

 と思うのだった。

 実際に、中学時代くらいまでは、

「苛められっ子」

 と言われていたのだが、それは、

「ずっと、自分が悪いんだ」

 と思っていたことで、人に逆らえない性格だった。

 だから、人から言われたことをまともに信じ、完全に、

「洗脳された時期があった」

 というのも分かっていたのだった。

 だから、余計に、虐められるということなのだろうが、それを思うと、

「中学時代というのは、黒歴史だった」

 といえるのだろうか?

 苛めというものがあっただけで、黒歴史なのだろうが、松崎はそうは思っていない。

「あの苛めがあったことで、自分の考えがしっかりと固まったのだし。仲間の選択がうまくできるようになったのではないか?」

 と感じたのだった。

 そこに、思春期というものが絡んでいるという意識はあるのだが、思い返していて、

「いつが、思春期だったんだろうか?」

 と思えてならなかった。

 やはり、はっきりとわかっていないからだろう。

 どちらにしても、その口から出てきた言葉は、二人にとって、相当意外な人だったようなのだが、もし、これを他の、それも、二人と同じくらいに、事情を知っている人であれば、

「誰もびっくりすることはないだろう」

 と思えた。

 それは、単純に、

「二人が、その人の正体を知らなかったからだ」

 ともいえるだろうが、実際には、そんなことはない。他のことでは、他の人よりもよくわかっている。

 もっといえば、

「いいところもいっぱいある」

 という意識があり、そのせいもあって、

「二人は、その人のいいところを知っている」

 というだけに、

「えっ?」

 と意外な顔になるのだ。

 しかも、そんな二人の性格を、樋口青年は分かっているということである。それを思うと、

「樋口青年は、爪を隠しているのではないか?」

 と感じるのだった。

 樋口青年は、鋭いところがあるのだが、それを分かっているのも、やはり、この二人であった。

 お互いに、

「一緒にいることで、相乗効果を倍以上の形に持っていけるのではないだろうか?」

 といえるのだった。

 ただ、

「確か、樋口青年は、確か奥さんのことを好きだったのではないか?」

 と思えた。

 それなのに、奥さんが殺されたのに、ショックという感じもなく、

「傷口に塩を塗る」

 というわけではないが、それほどに、相乗効果を高めているということであろう。

 さすがに、

「お前、あの奥さんのことが好きだったんじゃないか?」

 と聞けるわけもなく、

「それなのに、なんでだろう?」

 ということを考えていた。

 そこで考えたことが、

「こいつの態度は、どこかおかしい。それはあくまでも、自分の中で何かを隠したいことがあるということではないか?」

 ということになると、

「誰もが知っている公然の秘密のはずなのに」

 と思うこととして、

「逆に、この態度は、逆転の発想とでもいえばいいのか、マイナスにマイナスを掛けると、プラスになるという感覚に似ている」

 ということではないだろうか。

 だから、

「うかつに聞くと、本来聞きたいことを、うまく煙に巻かれて、その時に分からなければ、再度確認するすべを失ってしまう」

 ということになるのではないかと感じるのだった。

 そんなことを考えていると、

「本当に、樋口青年は、最終的に何を考えていて、どっちを向いているということになるんだろう?」

 ということであった。

 松崎は、決して、

「樋口青年のことが嫌いだ」

 というわけではないのだが、たまに、

「どっちの態度を示せばいいのだろう?」

 と考えるのだ。

 ただ、どちらかが正しいのだろうから、裏は、必ずあるということだ。

 しかし、だからといって、どっちも正しいということも言えるのではないか。態度をとる場合の角度が、実に難しいと「いえるであろう。

 それでも、同じ隊に入ることで、少しは、縮まったような気がした。

 最初は、それこそ、

「避けられている」

 と思っていた。

 特に。ややこしい話であったり、ガチな話になると。途中から、

「難しい話は分からない」

 といって、まるで焦っているかのように、戸惑いはじめ、逃げに走っていた。

 だから、それを額面通りに受け取ると、

「本当に難しい話が嫌いなんだ」

 と思うのだろうが、どうも、違っているようだ。

 自分の興味のある話になると、前のめりになる。しかし、それでいて、前のめりになりながら、話をすると、理路整然とした話ができる人間だったのだ。

 だから、少々の話でも、別にパニックになることなどなさそうなのに、それを考えると、

「自分の中で、逃げ道を模索しているだけではないだろうか?」

 と考えるのであった。

 というのも、

「松崎は、人と話をするうちに、相手が逃げているのかどうなのか?」

 ということくらいは分かるようになっていた。

「そうでなければ、客商売などできない」

 というわけである。

 客との商談というと、仕入先相手とは少し違う。

 仕入先相手だとすると、相手も、こちらも、ある程度の専門家であるが、どちらかというと相手の方が、商品については詳しいはずである。

 メーカーであれば、もちろんのこと、途中の問屋であっても、メーカーの営業の人から、商品の特徴を教えられ、それを売り込みに使うのだから、それなりの、

「プレゼン資料」

 くらいは用意してくる。

 元々、メーカーのパンフレットなどもあるだろうから、それを、今度は、客に説明することになるのだろう。

 しかし、昔の営業であれば、それで構わないのだろうが、今の時代はそうもいかない。

 なぜなら、

「ある程度の情報は、ネットに落ちている」

 といってもいい。

 店の店員であったり、店主が知っているくらいの情報は客の方が持っていることも普通にあるだろう。

「トレンド」

 などに詳しい客を相手にしていれば、営業するのが恥ずかしくなるくらいの劣等感を味あわされるかも知れない。

 そんなことを考えていると、あとの問題は、

「客との駆け引き」

 ということになる。

 客が気が付かないようなことを気づいてあげると、客も、

「目からうろこが落ちる」

 という感じで、こちらを信用してくれる」

 ということになるだろう。

 だから、客も、駆け引きを用いるのだ。

 その時に考えるのが、

「逃げ道を用意しておくこと」

 ということであるが、買う意思がなければ、

「いかに逃げるか?」

 ということが問題になる、

「今の時代は、店に客が来たからといって、追いかけまわすような接客は、絶対にダメなんだ」

 というのは、分かり切っていることだろう。

 そもそも、 

「逃げるから、追いかけられるのであって、追いかけられる素振りを見せるから、追いかけるのだ」

 ということで、要するに、相手が、

「してもいいんだ」

 と思うことから始まるということになるのであろう。

 そんな樋口青年から聞いた男の名前は、本当に意外だったが、

「あの奥さんなら、ありえるか?」

 ということは、皆分かった気がした。

 というのも、そもそも、あの奥さんの性格が分かっていたからだ、

 ただ、それは、人それぞれに違うもので、これが奥さんの性格なのかも知れないが、

「相手が自分を好きになるように、仕向ける」

 というように、巧みに自分の方に取り込むようなやり方、いわゆる、

「人心掌握術」

 は素晴らしかったのだ。

「女だから、女としての武器を使ったのか?」

 と言われるが、

「確かにそうだ」

 といえばそうなのだが、それは、基本的に身体の関係ということだが、奥さんの場合は、身体を武器にするだけではなく、あくまでも、

「本当の人心掌握術だ」

 といえるだろう。

 彼女は、男に

「癒しになる」

 ということを考えた。

「それだって、女の武器では?」

 ということになるのだろうが、普通に女の武器として使うときは、

「癒しになる」

 とは言わない気がする。いうとすれば、

「癒しを与える」

 というのではないだろうか。

 口ではそういっても、心では、

「自分が癒しだ」

 ということを考えている方が、相手に、

「施しを受ける」

 ということになると、その思いはひどいものだといえるだろう。

 相手に施しを受けるということは、その時点で、

「優劣の関係にある」

 ということで、男にとっては、

「プライドを捨てさせられた」

 ということになり、

「自分が相手の言いなりになっている」

 と感じさせられるのだ。

 だが怖いのは、相手の男が、そんな、

「劣等感」

 を感じることなく、相手の男の心の中に、忍んで来るというのは、実に恐ろしいことである。

 しかも、

「相手によって、買えることができるというのは、

「まるでカメレオンのように、保護色を持っている」

 ということであり、バックの色によって、巧みに自分がその保護色となり、外敵からはその企みが見えないというやり方だ。

 それは、、

「攻撃」

 というものではなく、あくまでも、

「自己防衛」

 ということであり。本人もそのつもりでいるだけなのだろうが、彼女に接する男たちは、そうではない。

「俺は好かれているんだ」

 と感じると、男は、我を忘れることになるのだ。

 時に相手が、既婚者で、そんな男性と一線を越えるということになると、

「W不倫」

 ということになるのだ。

 普通であれば、

「こんなことをしてはいけない」

 と、一線を越えることが悪いことだと思い、悩むことだろう。

 しかし、奥さんは違っていた。

「相手も、自分の家庭を捨ててまで、自分を好きになってくれたんだから、自分も好きになってあげないといけない」

 ということで、絶えず、

「相手と同じレベルでいよう」

 と考えるのだ。

「それこそが、パートナーだと思う。つまりは、旦那以外に、好きな人ができたとしても、それは仕方がない。自分から好きになったわけではなく、相手は覚悟を決めて、私を好きになってくれたんだ」

 と考えるからだった。

 つまり、彼女は、その時々で、自分の都合よく考えてしまうのだった。

 しかも、相手に合わせてもことなので、

「保護色になった」

 ということが、理屈に合っているような気がする。

 奥さんは、そういう意味で、一時期、何にもの男性と

「不倫」

 をしていた。

「W不倫」

 ということに形的にはなるのだが、奥さんにとって、

「旦那は、もう旦那ではない」

 という感覚でいた。

 というのも、ある一瞬、嫌いになると、奥さんは、一気に冷めてしまう。

 それは相手が旦那でも同じことで、いや、旦那だからこそ、一度嫌いになってしまうと、自分の中で、まるで、

「裏切られた」

 と感じることが、奥さんにとっても、

「旦那への見切りだった」

 のかも知れない。

 やはり、決定的なことは、

「大型商業施設への移転」

 ということだったのだろう。

 その頃から、奥さんは、

「旦那に女がいる」

 ということは分かっていた。

 奥さんは、旦那のことを、

「愛している」

 というよりも、

「私がいないと、あの人はダメなんだ」

 と思ったからだった。

 旦那の、沢村は、極端な甘えん坊だった。その理由というのが、いわゆる、

「マザコン」

 だったのだ。

 それを感じたのは、結婚して最初の里帰りの時、奥さんにとって、信じられない光景が飛び込んできたのだ。

「膝枕されて、耳かきをしてもらっている」

 という姿を見てしまったのだ。

 隠れたつもりだったが、見つかったのは分かっている。目が遭ったのが分かったからだ。しかし、旦那は臆することなく、気持ちよさそうにしている。

 それを見た時、

「ああ、この人のマザコンは本物だ」

 と感じた。

 その時の旦那の視線が、本当に気持ち悪いものだった。

 目をカッと見開き、口は笑みを浮かべている。

「気持ち悪さに、恐怖を感じた」

 これでは旦那は、

「ちょっとした。サイコパスだ」

 と思ったのだが、まさにその通りだった。

 その瞬間、奥さんの中で、何かが芽生えた気がした。

 それは寂しさというものではなく。自分の中にある、

「施し」

 という気持ちと、

「癒しになりたい」

 という思いだったのだ。

 そう思って、まわりの人に接していると、

「私は、不倫が向いているのかも知れない」

 と感じた。

 旦那に見切りをつけたことで、まわりの男性が、かわいらしく見えたのだ。

 それは、旦那に対して、

「かわいらしい」

 と思っていたからなのか、

「癒しになりたい」

 という気持ちを与えてくれるという気持ちになったからだ。

「私こそが聖母マリアなんだ」

 と感じた。

 最初の男は、伸子のことを、女としてしか見ていないようで、そのむさぼりついてくる感覚は、本当にこれ以上ないという快感となったのだ。

 愛撫一つをとっても、旦那とは違う。結構、荒々しかったのが、本当はよかったのだが、それも、

「私のことを、真剣に愛してくれていて、絶対に離さない」

 というくらいの力強さだと思っていたのだが、それがただの、

「自分の欲求不満の解消の道具なだけでしかなかった」

 ということなのだ。

 旦那の何がよかったというのか、あのマザコンの旦那からは信じられないと思うほどの強引さだったのだろう。

 いつも自分よりも、前にいるくせに、しっかりと気を遣ってくれている旦那が、最初は眩しかったのだ、

 だが、そのメッキは次第に剥がれていき、

「成田離婚」

 という言葉が昔あったが、

「まさにその言葉の通りではないか」

 と思うようになったのだ。

 そんな話を、その時ファミレスでした。今までは、

「墓場まで持っていこう」

 と思っていたことだったが、本人は死んでしまったのだ。

「俺も関係を持っちゃったんだよな」

 と、秋元がいうと、松崎も、樋口青年も、少しびっくりはしたが、それも一瞬だったのだ。

「なんだ、皆そうだのか」

 と、納得するだけだった。

 関係を持ったことに対して、びっくりというよりも、納得だったのだ。

 逆に、

「皆仲間だったんだ」

 と思うと、気が楽になったのは、きっと、当の本人が死んでしまったからだろう。

「あの奥さんは、ベッドの中では、豹変するんだよな」

 と、樋口青年がいうと、他の二人は黙って頷いた。

「違うかも知れないと思っても、二人きりの時は、俺だけのものだって思わせるようなテクニックがある」

 と、今度は秋元がいった。

 すると、二人のリアクションは、これまた同じだったのだ。

 それぞれの相手に違う態度をしているくせに、それぞれに納得できるような形だというのは、それこそが、

「伸子さんの性格ではないか」

 ということになるのであろう。

 そんな性格を、

「天真爛漫」

 といってもいいのだろうか?

 どこか、小悪魔みたいなところがあり、

「そんな性格は、女性であれば、誰もが持って入り」

 と男は感じるのだが、当然、自分の奥さんにもそう感じて、一緒になったのだろうが、それが、どんどん違う気持ちに変わっていく。

 不倫相手が、既婚者であれば、

「お互いに、けん制しあって付き合うことになる」

 といえるだろう。

 なぜなら相手の男も、

「この奥さんも、女房と同じように、付き合っていくうちに、メッキが剥がれていくに違いない」

 ということを、今までの、

「女房という経験」

 から容易に悟ることができるからだということであった。

 しかし、男が独身だとすれば、そうはいかない。

 既婚者のような、

「歯止めが利かない」

 ということになる。

 ここでは、未婚の男性というと、樋口青年だけだった。

 樋口青年は、伸子と、

「出会う」前というと、いわゆる、

「素人童貞」

 だったのだ。

 最初は誰にも言っていなかったので、

「誰も知らないだろう」

 と思っていたが、彼は素人童貞だということは、皆にとっての公然の秘密であり。一種の、

「すぐに分かるウソ」

 というたぐいであった。

 相手をしてもらったお姉さんは、樋口青年から見れば、

「癒しの塊」

 であった。

「これが癒しというものか?」

 と感じさせられ。しかも、相手にそれを与えるということに特化していたのだ。

 だから、最初は、嵌ったもので、最初の女性に何度通ったことだろうか。

 しかし、それでも、ずっと通ったわけではない。飽きというのは、必ず訪れるというものであり、彼女に対しても感じていた。

 しかも、次第にお金に対してのもったいなさも感じられるようになってきた。ただ、そう思い一度離れたのだが、また恋しくなっていくことになった。

 それは、

「奥さんとの関係」

 にひびが入ったとかいうことではない。

 あくまでも、

「奥さんとの関係」

 とは、切り離して考えるものだった。

「風俗はあくまでも、身体の癒しを求めるところ」

 ということで割り切るようにしていた。

 しかし、それは、奥さんとの関係があった時のことで、別れると、微妙に毎日の生活が違ってきた。

「角度が変わった」

 といってもいい感じで、

「俺が奥さんから癒しを貰っていた」

 と思ったが、別れが来ても、別に悲しくはなかった。

「もう少し、未練が残ると思ったんだけどな」

 と思うほど、未練はなかった。

「竹を割ったようなあっさりと別れられる」

 というわけではなく、

「別れ方」

 というのも、

「彼女に誘発された」

 と感じるほどだった。

 それがいわゆる、彼女の天性のもので、

「もって生まれた性格だ」

 ということなのだろう。

 三人は、その日、奥さんについて語りあった。

 今まで言えなかったことを、まるで、

「追悼の意を込める」

 という形であった。

 不倫の浮世を暴露することが、供養だ」

 というのは、間違いなく言い訳に違いなかったが、

「故人を偲ぶ」

 ということに変わりはなかったのだ。

 それは、三人が三人とも、口出さなかったが、

「俺たちだけの通夜だ」

 と思っていたのだった。

 その日は何時くらい、あでだったか、結構話をしたものだ。

 結局、いつもたむろしている学生はこなかったので、少々静かであっても、賑やかに変わりはない。

 最初こそ、

「こんな話聞かれたら、恥ずかしい」

 というような、赤裸々な話をしていたのだ。

 三人が三様で、

「実は奥さんに騙されていたのではないか?」

 と思ったのかも知れないが、そうではないようだ。

 どうしてそう思ったのかというと、その時は分かっていたが、すぐに分からなくなった。

 なぜなら、

「次第に事件が進行していくうちに、考え方が微妙に変わってくるのだが、考え方の代わりよりも早いスピードで、事件が進行する」

 といってもいいだろう。

 だから、

「追いつけない」

 ということであり、自分の気持ちの進行に対して、感覚がマヒしてくるというような感覚に陥るのであった。

 今回の事件はまさにそれで、

 当事者が、いろいろ考えているよりも、事件の展開が早かったようだ。

 しかし、

「事件の進行が速い」

 というのは、今に始まったことではなく、逆に、

「自分の考え方が、事件の進行に追い付けない」

 ということが多くなり。警察の捜査本部では、鑑識からもたらされた一つの事実が、大きな、波紋を与えたのだった。

 桜井刑事はその報告書を見て、驚愕した。その内容は、

「事件を困惑させる」

 などという簡単なものではなく、

「間違いなく、カオスにするものだ」

 ということであった。

「それがどういうことなのかというと、

「事件を、根底から覆すもの」

 ということで、せっかくまとまった捜査方針が、一から崩れるものだった。

 それがどういうことなのかというと、

「おいおい、それじゃあ、被害者は誰なんだ?」

 ということを桜井刑事はいう。

 明らかに、

「沢村伸子そのものだ」

 と思っていただけに、この言葉だけでも、

「事件が根底から変わってくる」

 といってもいい。

 そう、どうやら鑑識からもたらされたのは、

「被害者が、沢村伸子ではない」

 ということであったのだ。

 それが分かったのは、やはり、指紋照合であろう。となると、犯人が手首を隠しておかなかったのは、失敗といえるだろう。

 しかし、それは、あくまでも、

「遅かれ早かれ」

 ということであり、この時に受けた衝撃からいえば、そこまで大きなセンセーショナルではない気がした。

 鑑識が持ってきた新たな発見というのは、

「被害者は、別人で、顔は整形されたものだった」

 ということだったのだ。


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