第3話 その物体は?

 約15分ほどして、表に、けたたましいパトカーの音が聞こえた。

 あっちやこっちから多重で聞こえてくるように感じたので、

「サイレンの音、特有の、ドップラー効果ではないか?」

 と感じたが、考えてみれば、殺人事件なのである。一台だけで来るわけはないだろう。捜査員が少なくとも、二人はいるとして、それ以外に、鑑識がいなければいけないということくらいは、刑事ドラマを見たことがある人であれば、大体気づくことであろう。

 サイレンが鳴りやんでから、革靴のような乾いた音が、複雑に聞こえてくる。

「それだけたくさんいる」

 ということであろう。

 階段から上がってきた警官を見ると、制服警官がまず入ってきて、鑑識が入ってくる。そして、ゆっくりと、背広の二人組が入ってきたので。

「ああ、最後のが刑事さんなんだな」

 ということにピンときたということであろう。

 刑事がどうしても気になってしまって様子を見ていると、見るからに落ち着いていて、

「これが刑事というものか」

 と、テレビドラマでしか見たことがなかったが、

「さすが、いかにも」

 と感じた。

 それは刑事に対してではなく。ドラマでこちらの刑事とそんなに変わらない雰囲気を作れる俳優が、すごいと感じたのだ。

 松崎だけが感じたことなのか、周りも感じたことなのか分からないが。松崎は、どうしても、二人の刑事が気になったのだ。

 他の人たちの目は、どうしても、鑑識官の動きが気になるようで、その動きを見ていると、

「すごいな」

 というような、尊敬のまなざしのようなものを見つめていた。

 当然おことながら、

「テレビドラマで見た光景との違いを探っているというのは、分かり切っているといってもいい」

 と考えるのであった。

 そんな状態であったが、刑事がいくつか、自分でも、いろいろ探っていた。

 そして、何かに気づいては、

「鑑識さん」

 といっては。呼び寄せ、無言で気になった場所を指さしていた。

 その様子は、さすがに、

「格好いい」

 と感じるものであり、

「刑事というもの、さすがに場数を踏むことで、着実にしっかりしてくるんだな」

 と感じるのであった。

 鑑識も、刑事にはそれなりに敬意を表してか、当たり前のように命令されたことをこなしているのだった。

 服装の色からみても、帽子をかぶっているところも、

「いかにも、黒子のようだ」

 と感じ、思わず笑ってしまった松崎だったが、他の人も、見ていると、なんでもないようなタイミングで笑い出したのを見ると、それが、

「思い出し笑いだ」

 と感じると、

「さっきの自分が感じたことを、今感じたんだな」

 と思ったが、もし、自分の前に感じた人がいたとしても、そこまで気づくはずもないということで、

「俺が一番じゃない可能性だって普通にある」

 と感じたのだった。

 警官が、自分たち、ちょうど3人のところにやってきて。

「少しお話を聞かせてもらえますか?」

 ということであった。

 松崎としては、

「あれ? こういうことは刑事が聞きに来るものではないのか?」

 とも思ったが、そういえば刑事ドラマで、第一発見者の人が、刑事に聞かれる時、

「また話せってか?」

 と文句をいうと、刑事が、別に驚きもせずに、

「何度でも聞くのが我々の商売ですから」

 といって、涼しい顔をして、手帳を開いていたのだ。

「ああ、あの時と同じシチュエーションだな」

 と思うと、怒りも不思議と浮かんでこなかった。

 しかも、同時に感じたことがあり、そっちの方が、言葉に信憑性があるということを感じたのだった。

 というのも、

「人というのは、毎回同じことを答えるわけではない。何度も同じことを聞くと、そのうちに違う答えをしてしまい。それが、嘘をついているのだとすれば、すぐにバレるかも知れない嘘だ」

 ということになるだろう。

 それを考えると、

「警察が何度も聞くというのは、うそ発見器を遣うよりも、マニュアルであるが、却って信憑性の高いということを、認識しているからではないか?」

 と思えたのだ。

「人というのは、ちょっとしたことでボロを出すものであり、身構えている時よりも、ふとした油断をした時の方が、その思いは強いのかも知れない」

 と感じるのだった。

 とりあえず、まずは、

「警官から」

 ということである。

「制服警官というのは、日ごろから、刑事に頭が上がらないということで、一般市民にも腰が低いものだ」

 と思っていたが、意外とそんなことはなく。

「高飛車とまではいかないが、どこか、マウントをとっているように見えるのは気のせいだろうか?」

 と感じたが、相手も、

「しょせんは、制服警官ではないか」

 といって、舐められたりすれば、

「彼らとしても、屈辱を感じるかも知れない」

 ということであった。

 警官は、一人ずつ呼んで話を聞いているようだった。

 まず、一人が警官に呼ばれたが、このやり方も、三人が、口裏を合わせるようなことがないようにということからであろう。

 もちろん、

「警官というのが、どう考えているのか」

 ということもあるだろう。

「黒子のようだ」

 と感じたのだから、何を考えているのか分からない。

 それは却って、こちらとしても、その真意を探るのは難しいことだろう。

 しかし、一人が今聴取を受けているところで、ちょうど二人の刑事がやってきて、自分の方には、少し年配の刑事がやってきて、

「第一発見者の方ですね」

 というので、

「はい、そうです」

 と答えると、

「少しお話をお聞かせ願えますか?」

 というので、

「ああ、いいですよ」

 と言って、さっきの予想とは異なって、まさかの最初は、刑事からの事情聴取であるということであった。

「私は、桜井といいます」

 と、刑事は名乗った。メモを取り出して、話を聞こうとする。

「早速ですが、皆さんは、ここで何をなさっておられたんですか?」

 と聞いてくるので、

「最近、空き巣とかが流行っているので、我々で、警備隊を結成して、自分たちの街を、自分たちで守る覚悟をしていました」

 と、少し皮肉を込めていうと、

「ああ、そうですか。最近流行ってますからね。それで、今日はその活動でここにおられたというわけですね? びっくりされたでしょう?」

 と刑事があっさりというので、完全に、皮肉をうまく?き消されたようになったが、別にそれを気にする松崎ではなかった。

「ええ、それはね。何といっても、今までこんなに長期に渡って、閉めたことのない店ですからね。蜘蛛の巣が張っていたり、完全な、ゴーストタウンですから、本当なら、何があっても、びっくりはしないという感じでしょうか?」

 とまたしても皮肉をいうと、それも一蹴するかのように、臆することもなく、

「それは大変でしたね」

 というと、今度は松崎の方から、質問するのであった。

「ところで、あれは何だったんですか? 私には人が倒れていると思ったんですが、どうも、びくともしないので、死んでいると思って、警察に電話したんですが」

 というと、桜井刑事は、

「ええ、あれは、すでに亡くなっている死体ですね。死後はどれくらいなのか、今鑑識の方が見ているところです」

 といっているところに、鑑識がやってきて、刑事に耳打ちをした。

 とうやら、何か分かったことを報告しているようだった。

 桜井刑事はそれを聞きながら、メモをしっかりと取っていて、さらに、松崎に聞いてくる。

「死亡推定時刻ですが、今から8時間くらい前だということですね。今の時刻は、ちょうど、正午くらいですから、午前余事前後ということになるでしょうか?」

 と刑事は言った。

「その時間帯のこの辺りは、以前であれば、まだ開いている店も、ちらほらありましたね。基本的には、飲み屋などは、この辺りでは、午前五時までは営業可能でしたからね」

 と、三度目の皮肉を言った。

 しかし、よく考えてみれば、

「何を言っても、皮肉にしかならない」

 ということになる。

「普段は、どうだった、しかし、今は」

 という話し方になるということは、当然、今の状態に対して。

「国も警察も何もしてくれない」

 と言いたいのだということになる。

 だが、刑事も皮肉を言われるくらいは慣れているのか、それとも、

「刑事のような仕事をしていると、皮肉を煙に巻くくらいの話術は、しっかり心得ているということか」

 と思うのだ。

 警察だって、公務員の端くれ、

「苦情を言われてなんぼ」

 というくらいのことを考えているのかも知れない。

 お役所仕事は、皆苦情を言われるのが仕事のようなもので、実際に、知り合いで公務員をしているやつがいて、そんなことを言っていた。

 その時は、この、

「世界的なパンデミック」

 になった時、

「公務員はいいよな、仕事にあぶれることはないからな」

 と皮肉をいうと、

「そんなことはないさ。しょせん俺たちは小間使い。要するに、苦情処理係でしかないのさ。上が決めたマニュアルを、感情をこめずにいうだけさ。感情を込めると相手に喧嘩を売っているようになる。だからといって、淡々というと、相手は舐められていると怒るだろうけど、それでも、喧嘩を売っていると思われるよりもマシだ」

 ということになるという話であった。

 それを考えると、

「公務員と警察って、同じ公務員だけど、同じなのかな?」

 と、松崎は考えていた。

「ちょっと、ご遺体をご確認願えますか?」

 と言われたが、他の二人は、まだ、事情聴取を受けているようだった。

「どうやら、死体確認も、それぞれでさせるみたいだな」

 と、松崎は感じたが、すぐに、

「それもそうか」

 と思ったのだ。そして、

「一番先に俺が確認することになったのは、それは、この桜井刑事が、この中では一番偉いからなんだろうな」

 と思った。

 松崎は、桜井刑事に導かれるようにして、死体を確認に行くと、そこにいるのは、よく見ると、女性のようだった。

 最初こそ、パニックになってしまい。さらに、真っ暗な中で動きもしない真っ黒な、想像以上に大きな物体があったということで、どうしようもなく不気味なものが、気持ち悪さとともに、もやもやした感情に包まれていた。

 ただ、そのうちに、死体ではないかと思ったのは、松崎だけではなかった。他の二人も口にこそ出さないが、そう思っているに違いない。

 なぜなら、口に出さないことが、

「死体ではないか」

 と思っている証拠だろ。

 気持ち悪さからなのか、

「口に出すのも恐ろしい」

 という感情からではないかと思うと、松崎は自分がそうなので、納得できると感じたのだ。

「一体、誰がそんなところで死んでいるのだろう?」

 と思うと、最初に見た時の残像があまりにも大きくて、目が慣れてきても、その大きさを自分で限定することができなかった。

 というのも、

「大きな物体」

 と最初に思い込んだことで、今になって見る物体との大きさの違いを、いまさらながらに思い知らされているのだった。

「俺が感じたその物体の大きさは、今見た感覚とはまったく違う」

 と思った。

「あれだけ大きいと思ったのは、死体だという認識が最初からあったことからだろうか?」

 と感じたからか、それとも、

「死体ではないと思いたいことから、その大きさが少しでも小さく感じてしまうと、今度見た時、さらに大きく感じ、死体だと思って自分の思いを自らで打ち消してしまいそうで、それが怖かったのだ」

 と感じたのだ。

「松崎さん、ご覧になってください」

 といって、刑事が懐中電灯で、その場所を照らしたが、スポットライトになって当たっていることが、これほど気持ち悪いものかと思わせるのだった。

 思わず、その顔をそむけた松崎に、桜井刑事は、

「しょうがない」

 と思いながらも、

「これは任務だ」

 と思ったのか、

「松崎さん、すみません。ご確認の方、よろしいでしょうか?」

 といった。

 すると、松崎は、覚悟を決めて覗き込んだ。さすがに、今まで生きてきて、まさか、死体の第一発見者になるなど、考えたこともないし、死体を現場で確認するなど、想像もしていなかったので、これほど気持ち悪いものはないと思ったのだ。

 もちろん、そこに転がっているのが死体だということは分かり切っていることだ。

 だから、いまさら覚悟さえ決めればいいと思っているのだが、その覚悟がなかなか決まらないといってもいいだろう。

 よく見ると、今度は、それが女だということは、慣れてきた目で、最初に全体を見渡した時に分かった。

 スカートを履いていたからである。

「まさか、女装か?」

 とも思ったが、素直に女性が転がっていると思うと、その大きさが小さく感じたのも分かる気がした、

「女だと思ったから小さく感じたのか?」

 それとも、

「小さく感じたから、女だと思ったのか?」

 ということであった。

 自分の中では、その判断はつかないと思いながら、今度考えたのは、

「なるべくなら、刺殺であってほしくないな」

 という思いであった。

 体から血が噴き出しているのを見ただけで、気持ち悪く感じるというのは、当然なのであろう。

 死亡推定時刻から考えると、すでに血は止まっていて、死後硬直がかなり進行しているはずである。

 そして、もう一つ、

「血を見るのが嫌だ」

 という意味でいくと、

「実は、刺殺よりも、もっと見たくない」

 と感じている殺人方法というのは、

「毒殺」

 であった。

 毒殺というと、すぐに感じるのは、

「血を吐いている」

 ということである。

 したがって、毒殺されたのであれば、口元から流れている血が、あたりにばらまかれているということで、しかも、

「吐血というのは、ナイフで刺されるよりも、どす黒い」

 というイメージがあるのだった。

 しかも、その臭いが、どのようなものか、想像を絶するものがあるように思えたのだった。

 刑事に促されて、死体を確認にいくと、やはり最初に目についたのは、

「血液の有無」

 であった。

 すると、案の定、死体が転がっている前に、血糊の残りがべったりと床にへばりついていて、それが、刺殺によるものであることは分かった。

 そして次に感じたこととして、

「思ったよりも、血液の量が少ないな」

 と思った。

「それは違和感というもので、死体の顔にいくまでに、絶対に最初に目がいくものだろうな」

 と感じたことであった。

「大丈夫ですか?」

 とさすがに、嗚咽しそうになっている松崎を見て、桜井刑事も言葉をかけてくれた。

 吐き出すまではいかなかったので、その恐ろしさを再度感じたが、今度は明らかに、

「刺殺死体なんだ」

 と感じたことで、さっきまで感じなかった、

「血の臭い」

 を感じたのだ。

 しかも、ただの血の臭いではない。湿気を含んだ、

「血の臭い」

 だったのだ。

 ここ最近、雨が続いていたような気がした。しかし、それを感じさせなかったのは、ここに来たのが、久しぶりで、しかも、ゴーストタウンで、埃がまっているということが分かっているからだっただろう。

 そう思うと、いまさらながらに、その場所における空気が、カラカラに乾いているのを感じた。

 そんな中に、

「血の海」

 だったのが、数時間前のことだった。

 と感じると、

「湿気を感じる」

 というのも、ある意味、正常な感覚なのではないかと思うのだった。

 松崎は、いよいよ死体のその顔を覗き込むと、

「あ、この人は」

 と思わず声を出してしまった。

「ご存じなんですね?」

 と桜井刑事に聞かれた松崎は、

「ええ、知っています」

 と答えた。

「誰なんですか?」

 と聞かれたので、

「この人は、沢村伸子さんと言われる方です」

 といった。

 さすがに、最初はだれなのか分からなかった。

「女性だろうな」

 ということは分かっていたが、その女性の中でも、正直言えば、そこに横たわっている人間を想像した時、

「ありえない」

 と最初から、頭の中にある、

「リスト」

 にはいなかったからである。

「沢村伸子」

 そうこの名前は、この商店街の存続を無視して、近くの大型商業施設のテナントとして心機一転、鞍替えしたのはいいが、結局半年くらいで、閉店に追い込まれ。そのまま助けもなく、廃業してしまった沢村氏の奥さんだった。

 そこまで考えると、

「あれ?」

 と思い返した。

「確か、奥さんは、離婚したんじゃなかっただろうか?」

 ということであった。

 そこまで考えると、確かに久しぶりに見た奥さんだったが、その顔は、

「本当に、伸子さんなのだろうか?」

 という思いである。

「変わり果てた姿になって」

 というのを、刑事ドラマなどの、

「殺人現場」

 で、死体を見て、それが知っている人であれば、第一発見者は、皆そう思うものだろう。

 だから。松崎もその思いは、類に漏れずに同じことを考えていたのだった。

「その沢村伸子さんというのは、どういうお方なんですか?」

 と。死体の身元確認を、松崎ができたところで、

「もう結構ですよ」

 と、桜井刑事に促されて、最初に事情聴取を受けていたところまで戻ってきたのだ。

 そのうちに、今度は、もう一人の刑事に促されても。

「次の人」

 が、死体の身元確認をしていたが、その顔を見ると、明らかに、

「想定がのものを見た」

 と感じさせられた。

 それもそうだろう。

「本当に久しぶりのものを見た」

 ということだったからだ。

 ここに警備隊としてきた三人が三人とも、伸子とそんなにかかわりがあったわけではないので、リアクションに変わりはないだろう。

「ということは、さっきの俺も、あんな表情をしていたことだろうな」

 と、松崎は感じていたのだ。

「沢村さんというのは、一年以上前くらいまで、この商店街で店長をしていた人の奥さんなんですが、すでに離婚されていて。今はおひとりではないか? と思っていたんですがね」

 と、松崎は言った。

 しかし、松崎はその時知らなかったのだが、伸子は、すでに結婚していたのだった。

 松崎は続けた。

「彼女の家庭は、最近、郊外に、大型ショッピングセンターができたのはご存じでしょう? そこに、引き抜かれる形で、あちらのテナントに入ったんです。ですが、半年もしないうちに、経営がうまくいかずに、最初のクールで、あえなく休業に追い込まれて、店を畳むことにしたということを聞いています。その時に離婚もしたようですね」

 というと、

「なるほど、そういうことは、よくあることなんですか?」

 と、桜井刑事が聞くので、

「そうですね、ありがちなことだとは思いますが、あまり聞かないというのも事実です。今回も、沢村さん夫婦だけですからね、商店街を捨てて、他のところに行った人を見たのは」

 と、松崎は言った。

 それを、刑事がどう聞いたかは分からないが、そのことと、

「今回の事件に同かかわりがあるかということを、少ない情報から、桜井刑事は考えているのではないか?」

 ということを、松崎は感じていた。

「松崎さんは、その夫婦と仲が良かったんですか?」

 と聞かれたが、

「いいえ、そんなことはないですね。そもそも、沢村さんの旦那さんは、人い相談するタイプではなく、勝手に独断で決めてしまうところがあるようなので、自分などは、今回の移転についても、夫婦で話し合ったということではなく。沢村さんが、勝手に決めたことではないかと思っていました。もし。そうだと言われても、私は、そこに違和感を感じることはなかったでしょうね」

 というのであった。

 それを聞いた桜井刑事も、きっと、

「まぁ、そういうことになるんだろうな」

 と、感じたとしても、

「それは、漠然とした考えではないか?」

 ということだろうと感じたのだ。

「じゃあ、奥さん個人に関してはいかがですか?」

 と聞かれた松崎は。

「奥さんとも、あまりお話をしたことがないですね。たぶん、見ていて感じたことは、自分の殻に閉じこもるタイプではないか? ということでしたね」

 と、答えた。

 答え方としては、

「可もなく不可もなく」

 という返答であった。

 というのも、

「あの奥さんに感じている思いうというのは、それ以上でもそれ以下でもない」

 という感覚だったのだ。

 とはいえ、曖昧な感覚に違いがないということであるが、

「曖昧だからこそ、一点をとらえることで、見た焦点が、狭まることはあっても、広がることはない。だから、曖昧なんだろうな」

 と考えたが、こちらの回答も、

「無理のない回答だ」

 という考えだったのだ。

 桜井刑事がどれほどの経歴の人なのか分からないが、この話の内容が、普通に、

「どこにでもある、あるある話だ」

 ということになると思っているのだろう。

「そこにいる女としてが、どのような人生を歩んできたのか?」

 ということを、今まで、散々死体を見てきたということで、桜井刑事は感じているに違いない。

 ただ、今回は、第一発見者の松崎も感じていた。

 一年前まで、同じ商店街で、商売をしていた人なのだ。その人が、死体となって発見され、再度昔のことを思い出そうとしても、今となっては、

「曖昧なことしか思い出せない」

 ということなのだ。

 しかも、その記憶は、死体を見た今でも、どんどん薄れていっているように思えたのだった。

 それだけ、

「変わり果てた姿になった」

 ということになるのだろうが、

「今までも、奥さんのことを気にしたことがなかったのだろうな」

 と思わせた。

 だが、実際には、一度だけ気になったことがあった。

 それは、奥さんが、ある日、非常に慌てていて、

「奥さんのこんな顔初めて見た」

 と思ったのだが、当然、

「なぜ、こんなにも慌てているんだろう?」

 ということを感じさせられていたことからだった。

「あの時の奥さんは、慌てていたというよりも、狼狽していた」

 といった方がいいだろう。

 それは、

「確かに何か、慌てていたのは間違いないが、その時に感じた狼狽は、見られたくないことを見られてしまった」

 ということから感じたような気がした。

「じゃあ、一体何を見られたというのだろう?」

 と思ったが、思い当たるふしはなかった。

 その時は、てっきり、

「旦那と何かあったのか?」

 と思ったが、それなら、狼狽と慌てた格好で出てきた後から、旦那も出てきそうなものだと思ったが、出てくることはなかった。

「人によってはそれが普通:

 ということなのかも知れないが、少なくとも、旦那の沢村であれば、

「真っ先に宇飛び出してくる」

 という感覚になるのは無理もないことだろうと思ったのだった。

 だから、それが、

「ただの夫婦喧嘩」

 だったのかという疑問は残ったが、気になることというのは、二人が出ていくまで、

「本当に波風の立たない夫婦だった」

 と思い知らされるだけだった。

 しかし、頭の中には、奥さんの。

「あの時」

 というものが残っていたからだった。

 だが、出て行って少ししてから、そのことも一緒に忘れ去ってしまったということが分かったのだった。

「もう、別にどうでもいいことになってしまったか」

 ということであったが、別にそれはそれでいいのだろうということである。

「去る者は追わず」

 ということを信条にしていたので、別に気にすることもない。

 ただ、気になるのは、

「商売の行方」

 だったのだ、

「これで、商店街から抜けようとする人はいないだろう」

 ということで、

「もし抜けるとすれば、商売自体に見切りをつけ、サラリーマンか何かで生計を立てようということなのだろう」

 と思ったが、今まで、経営理論しか勉強してこなかったので、

「普通にサラリーマンに収まることができる」

 と、簡単に考えているとすれば、

「それは、一種の自殺行為で、どれだけ頭が悪いのか?」

 といえるように思えたのだ。

「俺が考えるに、商店街を捨てて、テナントに走ったのも、考えが浅いと思うが、サラリーマンでやっていけると思った人間の方が、はるかに、考えが浅いのではないか?」

 という風に考えるのだった。

 考えが浅いということを思うと、

「俺だって、そこまで浅はかじゃない」

 と松崎は思ったが、それは、松崎は今でこそ、こうやって商売を引き継いでいるわけだが、実際には、

「家を継ぐなんて嫌だな」

 とずっと思っている口だった。

 しかし、実際には無意識というべきか、

「このまま、商店街で頑張る」

 と思ったのは、

「いまさらサラリーマンなんてできるはずはない」

 と思ったからだ。


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