第5章:社会人としての挑戦と愛の形(就職1年目)

 海外留学から帰国して1年。私は今、環境保護団体に就職し、企業のSDGs戦略のコンサルタントとして働いている。大学で学んだ知識と留学で得た国際的な視点を活かし、日々奮闘する日々。


 オフィスの窓から東京の街並みを眺めながら、私は深い息をついた。仕事は充実していたが、同時に大きなプレッシャーも感じていた。企業の経営陣を前にプレゼンテーションをする際の緊張感。提案が採用されなかった時の挫折感。それでも、一つ一つの経験が私を成長させていることを実感していた。


(こんな私でも、少しずつ世界を変えられているのかな……)


 そんな思いを抱きながら、私は仕事に打ち込んでいた。しかし、心の奥底では別の思いも渦巻いていた。美月と陽菜への想い。3人の関係性。そして、自分自身のセクシュアリティ。これらの問題は、まだ完全には解決できていなかった。


 ある日、美月から思いがけない連絡があった。


「琴音、私たち、一緒に暮らさない?」


 その提案に、私は驚きと喜びを感じた。


(3人で一緒に……本当にいいの?)


 心の中で様々な感情が交錯する。喜びと期待。そして、不安と戸惑い。


「でも、私たちの仕事は全然違う場所だよ?」


 陽菜が困惑した様子で言った。確かに、美月は芸術家として活動し、陽菜はスポーツトレーナーとして働いている。生活リズムも全く異なる。


「そうね、でも今はテレワークの時代。工夫次第で可能かもしれないわ」


 私は考え込むように答えた。頭の中で様々なシナリオを描いていく。


 議論の末、3人は同居を試してみることに決めた。都心から少し離れた、自然豊かな地域に一軒家を借りることにした。


 引っ越しの日、3人は久しぶりに対面で再会した。玄関で顔を合わせた瞬間、私の胸は高鳴った。


「みんな……変わったね」陽菜が少し寂しそうに呟いた。

「でも、大切なものは変わってないわ」私は優しく微笑んだ。


 美月は黙って2人を抱きしめた。その温もりに、私は長い間忘れていた安心感を覚えた。


 同居生活が始まってみると、予想外の困難が待っていた。生活リズムの違い、仕事のストレス、そして何より、3人の関係性の変化が私たちを戸惑わせた。


 ある夜、美月のVR作品の締め切りで彼女が徹夜で作業をしていると、陽菜が心配そうに声をかけてきた。


「美月、無理しないで。体壊しちゃうよ」

「大丈夫、これが私の仕事だから」


 美月は冷たく返した。その言葉のやり取りを聞いて、私の心が痛んだ。


(私たち、どうしてこうなってしまったの……)


 そんな思いを抱えながら、私は2人の仲裁に入ろうとした。しかし、適切な言葉が見つからない。


 ある日、私が仕事から帰ると、リビングで美月と陽菜が激しく言い合っていた。


夕暮れ時の柔らかな光が窓から差し込む中、リビングに充満する緊張感は、まるで目に見えるかのようだった。陽菜の声が、静寂を引き裂くように響く。


「あなたの作品、正直理解できない!」


 その言葉は、投げつけられた石のように重く、鋭かった。陽菜の目には、frustrationと、そしてどこか悲しみのような感情が宿っている。彼女の体は、まるでスプリングのように緊張し、震えているようだった。


 美月の表情が、一瞬にして凍りついた。彼女の目に浮かんだ痛みは、一瞬だけだったが、私の心を締め付けた。しかし、すぐにその痛みは怒りに取って代わられた。


「なによ、理解しようともしないくせに!」


 美月の声には、これまで聞いたことのないような激しさがあった。普段は物静かな彼女が、こんなにも感情をむき出しにするのを見るのは初めてだった。その姿に、私は戸惑いを覚えた。


 2人の間に漂う緊張感は、まるで目に見える実体を持っているかのようだった。その空気が、私の呼吸を困難にさせる。このまま2人の関係が壊れてしまうのではないか、そんな恐怖が私の心を占めていく。


 その瞬間、私の中で何かが動いた。

 これまでの私なら、きっと黙って見ているだけだっただろう。

 しかし、今の私にはそれはできなかった。


「やめて!」


 私の声が、予想外に大きく響いた。2人の目が、驚きとともに私に向けられる。


「私たち、どうしてこんなことに……」


 言葉を続けようとした瞬間、私の声が震えた。目に涙が浮かんでくるのを感じる。しかし、それを拭うことはしなかった。


「私たちは、お互いを大切に思っているはずでしょう? なのに、どうしてこんな風に傷つけ合わなければいけないの?」


 私の言葉に、部屋の空気が一瞬静止したかのようだった。陽菜と美月の表情が、怒りから驚き、そして徐々に恥じらいへと変化していく。


「美月の作品は、確かに理解するのが難しいかもしれない。でも、それは美月が自分の全てを注ぎ込んで作り上げたものよ。陽菜、あなたが今、障害者スポーツに懸けている思いと同じように」


 陽菜の目が、わずかに潤んだ。


「そして美月、陽菜の言葉は確かに厳しかったかもしれない。でも、それは彼女があなたの作品を本当に理解したいと思っているからこそ。あなたの才能を信じているからこそよ」


 美月の肩の力が、少しずつ抜けていくのが見えた。


「私たち3人は、お互いを理解し合おうと努力してきたはず。その過程で、時には衝突することもあるかもしれない。でも、それを乗り越えることで、私たちの絆はもっと強くなるんじゃないかしら」


 私の言葉が終わると同時に、部屋に静寂が訪れた。陽菜と美月は、互いの顔を見つめ合っている。その目には、後悔と、そして深い愛情が宿っていた。


 そして突然、陽菜が笑い出した。

 それは小さな笑いから始まり、やがて大きな笑い声へと変わっていった。美月も、つられたように笑い始める。


「私たち、なんてバカなんだろう」


 陽菜が涙を拭いながら言った。

 その涙が、怒りではなく笑いによるものだということに、私は安堵を覚えた。


「そうね、大切なものを見失いそうだったわ」


 私も同意し、笑みを浮かべた。3人の笑い声が部屋に満ち、先ほどまでの緊張感を洗い流していく。


 美月が静かに立ち上がり、陽菜に近づいた。


「ごめんね、陽菜。あなたの気持ちを考えずに、自分の作品のことばかり考えていた」


 陽菜も立ち上がり、美月の手を取った。


「私こそごめん。あなたの作品を頭ごなしに批判してしまって」


 2人が抱き合う姿を見て、私の目に再び涙が浮かんだ。しかし今度は、幸せの涙だった。


「ねえ、もう一度美月の作品を見せてもらえる? 今度は、本当に理解しようと努力するから」


 陽菜の言葉に、美月の顔が明るく輝いた。


「もちろん。そして今度は、作品に込めた思いも一緒に説明するわ」


 2人が手を取り合って美月の作業部屋に向かう姿を見送りながら、私は深い安堵のため息をついた。


「琴音も、来て」


 美月に導かれるまま、私も陽菜のあとについていった。


 そこで、美月は最新作のVRヘッドセットを私たち2人に被らせた。美月の作品世界に入った私と陽菜は、息を呑んだ。そこには、3人の思い出や感情が色鮮やかに描かれていた。


 幼い頃の私たちの姿。高校時代の思い出。そして、それぞれが歩んできた道。全てが美しく、そして痛々しいほど鮮明に描かれていた。


 私は、自分の過去のトラウマと向き合う自分の姿を見た。母親からの虐待。自己否定の日々。そして、美月と陽菜との出会いによって少しずつ癒されていく過程。全てが、美月の繊細な筆致で表現されていた。


「これが……私の本当に表現したかったもの」


 美月が静かに言った。その声には、深い愛情と理解が込められていた。


 VRを外した私と陽菜の目には涙が光っていた。3人は言葉なく抱き合った。


 その抱擁の中で、私は長年抱えていた想いを吐露する勇気を得た。


「私……2人のことが好きなの。友達以上の気持ちで……」


 震える声で告白する私に、美月と陽菜は優しく微笑んだ。


「私たちも同じよ、琴音」美月が静かに言った。

「ずっと言えなかったけど、私も2人のことが好きだった」陽菜も告白した。


 その瞬間、3人の間に新たな絆が生まれた。それは友情でも、単なる恋愛でもない。3人だけの特別な関係。


 月光が窓から差し込む静謐な夜。美月のアパートの一室で、3つの影が月明かりに照らし出される。美月、陽菜、琴音。3人の呼吸が次第に重なり合い、部屋の空気が変わっていく。


 長い別離を経て再会した3人。その間に積み重ねてきた経験や成長が、彼女たちの体と心を微妙に、しかし確実に変えていた。以前のような性急さはなく、代わりに熟成されたワインのような深い味わいが、3人の間に漂っていた。


 陽菜の手が美月の頬に触れる。その指先に宿る優しさは、かつての情熱的な激しさとは違う。美月は目を閉じ、その温もりに身を委ねる。琴音は2人を見つめながら、ゆっくりと近づいていく。その歩み方には、以前にはなかった確かな意志が感じられた。


 3人の唇が重なる瞬間、時間が止まったかのようだった。それは単なる快楽を求める行為ではなく、魂の深いところで繋がろうとする祈りのようでもあった。


 美月の指先が陽菜の背中を這う。その動きには、キャンバスに絵を描くような繊細さがあった。陽菜は小さくため息をつき、その吐息が琴音の首筋をくすぐる。琴音は目を閉じ、その感覚に身を任せる。


 3人の体が寄り添い、やがて一つになっていく。しかし、それは以前のような激しい溶解ではなく、ゆっくりと、お互いを尊重しながらの融合だった。まるで、異なる色の絵の具が、少しずつ混ざり合って新しい色を作り出していくかのように。


 陽菜の筋肉質の体が、美月と琴音を優しく包み込む。その腕の中で、美月は安心感に包まれる。琴音のしなやかな指が、2人の体を丁寧になぞっていく。その動きには、詩を紡ぐような優雅さがあった。


 時折漏れる吐息や、小さな嬌声。それらは部屋中に漂う甘美な香りと混ざり合い、独特の雰囲気を醸し出す。3人の体から滴る汗が、月の光を受けて煌めく。その光景は、まるで天上の神々の戯れのようでもあった。


 快感の波が押し寄せるたび、3人は互いの名前を呼び合う。しかし、その声には以前のような切迫感はない。代わりに、深い愛情と感謝の念が込められていた。


「美月……」

「陽菜……」

「琴音……」


 3つの名前が、祈りのように繰り返される。


 時が止まったかのような一瞬。美月、陽菜、琴音の3つの魂が交差する瞬間が訪れた。部屋の空気が凝固し、月の光さえも息を潜めたかのようだった。


 3人の体が一斉に緊張し、そして解き放たれる。それは、まるで宇宙の誕生を思わせるような壮大な瞬間だった。個々の存在が溶解し、新たな何かが生まれる。そんな神秘的な体験だった。


 美月の繊細な指が陽菜の背中に食い込み、陽菜の力強い腕が琴音を包み込み、琴音のしなやかな脚が美月の腰に絡みつく。3つの体が、まるで一つの生き物のように波打つ。


 その瞬間、3人の心に様々な感情が押し寄せた。


 別れの寂しさ。それは、遠ざかっていく汽車の音のように、3人の心に響く。大学卒業後、それぞれの道を歩み始めた日々。電話の向こうで聞こえる声に、どれほど触れたいと思ったことか。画面越しに見る笑顔に、どれほど抱きしめたいと願ったことか。その痛みが、今、抱擁の中で溶けていく。


 再会の喜び。それは、砂漠に降る久しぶりの雨のように、3人の心を潤す。互いの体の変化、声の調子、仕草の一つ一つ。それらを再確認することの喜びが、3人を包み込む。離れていた時間が、かえって今この瞬間をより貴重なものにしている。


 そして、これからも共に歩んでいくという強い決意。それは、朝日のように3人の心に光を灯す。未来は不確かで、時に不安に満ちている。しかし、3人で手を取り合えば、どんな困難も乗り越えられるという確信。その思いが、抱擁をさらに強くする。


 美月の芸術への情熱、陽菜のスポーツへの献身、琴音の知識への渇望。それぞれの夢は異なっていても、3人の心は常に一つであるという揺るぎない信念。その思いが、今、体と体の触れ合いを通じて確かめられていく。


 汗ばんだ肌と肌が擦れ合い、鼓動と鼓動が重なり合う。その中で、3人は言葉なき対話を交わしていた。


「私たちは、独りじゃない」

「どんなに離れていても、心は繋がっている」

「これからも、共に歩んでいこう」


 その無言の誓いが、3人の魂を更に深く結びつけていく。


 絶頂の余韻が静かに引いていく中、3人はまだ強く抱き合ったままだった。その抱擁は、まるで永遠に続くかのようだった。


 美月の柔らかな髪が陽菜の肩に広がり、陽菜の筋肉質の腕が琴音を優しく包み込み、琴音のしなやかな指が美月の背中を愛おしむように撫でる。


 3人の呼吸が徐々に落ち着いていく。しかし、その鼓動は依然として高鳴ったままだった。それは、単なる肉体的な高揚ではない。魂の奥底で感じる、深い繋がりの証だった。



 翌朝、目覚めた3人は、これから始まる新しい人生への期待と不安を胸に、最後の朝食を共にした。


「私たち、これからどうする?」陽菜が尋ねた。

「それぞれの夢を追いかけながら、でも、この絆は大切にしていきたいわ」私が答えた。


 美月はうなずき、「そうね。私たちの関係は、世間の常識には収まらないかもしれない。でも、これが私たちの幸せ」と付け加えた。


 3人は笑顔で頷き合った。私たちの前には、まだ多くの困難が待ち受けているだろう。しかし、3人は確信していた。どんな試練が訪れようとも、この絆があれば乗り越えられると。


 新しい朝の光の中、3人の新たな人生の章が始まろうとしていた。私は深呼吸をして、窓の外に広がる景色を見つめた。


(これが私たちの選んだ道。もう後悔はしない)


 そう心に誓いながら、私たちは新たな一日を始める準備をしていた。未知の困難が待っているかもしれない。でも、もう恐れることはない。3人で手を取り合えば、どんな壁も乗り越えられる。


 そう信じて、私たちは新たな旅立ちの一歩を踏み出した。

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