第2章:深まる絆と進路の岐路(高校3年)

 時が流れ、私たちは高校3年生になった。春の柔らかな日差しが教室に差し込む中、私は窓際の席に座り、遠くを見つめていた。進路について考える機会が増えてきて、私の心は複雑な思いで揺れていた。


 美月は芸術大学への進学を目指し、毎日のように絵を描いていた。彼女の繊細な筆致が、キャンバスの上で美しい世界を紡ぎ出していく。一方、陽菜は地元の大学でスポーツ推薦を考えているようだった。運動場を駆け回る彼女の姿は、まるで風のようだった。


 そんな2人を見ながら、私は自分の将来について深く悩んでいた。


(私に何ができるんだろう……何をしたいんだろう……)


 そんな思いに駆られながら、私は図書館で進路関連の本を読みあさっていた。様々な職業や学問分野について調べれば調べるほど、自分の進むべき道が見えてこない。それどころか、自分の存在意義すら分からなくなってきた。


 ある日、環境問題に関する本を手に取った時、私の中で何かが変わった気がした。地球の未来を守ることが、自分の使命なのではないか。そんな思いが芽生え始めた。気候変動や生態系の破壊について学べば学ぶほど、この問題に取り組みたいという思いが強くなっていった。


 しかし同時に、美月と陽菜と離れ離れになる可能性に気づき、私の心は揺れ動いた。


(2人と離れたら、私はまた一人ぼっちになってしまうんじゃないかな……)


 そんな不安を抱えながらも、私は自分の道を模索し続けた。環境問題に関する本を読み漁り、インターネットで情報を集め、時には環境NGOの講演会にも足を運んだ。そうすることで、自分の中にある使命感がより明確になっていくのを感じた。


 夏休みが近づいてきた頃、私たち3人は再会の機会を得た。久しぶりに会った2人の姿に、私は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。美月はより芸術家らしく成長し、陽菜はさらにたくましくなっていた。


(2人とも、こんなに輝いて……私だけが取り残されている……)


 そんな思いが頭をよぎる。しかし、そんな私の不安を察したかのように、美月と陽菜は優しく私に寄り添ってくれた。


「琴音、最近どう?何か悩んでることある?」


 美月が優しく尋ねてきた。


「うん……実は、進路のことで考えることがあって……」


 私は少し躊躇いながらも、環境問題について学びたいという思いを2人に打ち明けた。


「すごいね! 琴音らしい選択だと思うよ」


 陽菜が笑顔で言った。


「そうね。琴音の真面目さと知識欲の強さを考えたら、ぴったりの選択だと思うわ」


 美月も同意してくれた。

 2人の言葉に、私は思わず涙が込み上げてきた。


(私らしい……私にも、「自分らしさ」があるんだ……)


 その夜、3人で海へドライブに出かけた。夕暮れの浜辺で、私たちは互いの将来について語り合った。波の音を聞きながら、それぞれの夢や不安を吐露し合う。美月は芸術の世界で自分の表現を追求したいと語り、陽菜はスポーツを通じて人々に元気を与えたいと話した。


 私は少し勇気を出して、自分の思いを語った。


「私は……環境問題について学んで、少しでも世界をよりよい場所にしたいの。でも同時に、2人と離れるのが怖いわ」


 その言葉に、美月と陽菜は優しく微笑んでくれた。


「琴音、私たちの絆はそんな簡単には切れないよ」陽菜が力強く言った。

「そうよ。たとえ離れていても、心はつながっているわ」美月も同意した。


 その言葉に、私は深く安心感を覚えた。波の音を聞きながら、3人で黙って夜空を見上げる。その瞬間、私たちの絆がより深まったように感じた。


 しかし、その幸せな気持ちの中にも、まだ不安の影が忍び寄っていた。母親の冷たい声が、また頭の中で響く。


「あんたなんか、誰からも必要とされない子よ」


 私は思わず目を閉じた。

 美月と陽菜に気づかれないように、深呼吸を繰り返す。


(大丈夫、琴音。もう昔とは違う。美月と陽菜がいる。2人が私を必要としてくれている)


 そう自分に言い聞かせながら、私は目を開けた。

 2人の優しい笑顔が、私を現実に引き戻してくれる。


 その夜、3人で抱き合いながら眠りについた時、私は長い間忘れていた安心感を味わった。美月と陽菜の温もりに包まれながら、私は少しずつ自分を受け入れられるようになっていった。

 しかし、朝になると再び不安が襲ってきた。


(この幸せは、いつか終わってしまうんじゃないかな……)


 そんな思いを抱えながらも、私は2人との絆を信じ、自分の道を歩む決意を固めていった。


 高校3年生の後半に入ると、受験勉強が本格化し始めた。私は環境学を学べる大学を目指して猛勉強を始めた。図書館に籠もり、夜遅くまで勉強する日々。時には疲れて挫けそうになることもあったが、そんな時はいつも美月と陽菜が励ましてくれた。


「琴音、無理しすぎないでね」美月が心配そうに言う。

「そうだよ。たまには息抜きも大切だよ」陽菜も同意する。


 2人の優しさに、私は何度も救われた。しかし、同時に罪悪感も感じていた。


(私だけが2人の時間を奪っているんじゃないかな……)


 そんな思いが頭をよぎることもあった。でも、そんな時は2人が必ず私の不安を払拭してくれた。


 ある日、美月が私の勉強を手伝ってくれていた時のこと。突然、私は涙が止まらなくなった。


「琴音?どうしたの?」


 美月が驚いて尋ねる。


「ごめんね……私、こんなに恵まれてるのに……」


 言葉に詰まる私を、美月はそっと抱きしめてくれた。


「琴音、あなたは十分頑張ってるわ。むしろ私たちがあなたから勇気をもらってるのよ」


 その言葉に、私はさらに涙が溢れた。

 長年抑え込んでいた感情が、一気に溢れ出す。


 そんな私たちの姿を見て、陽菜も駆けつけてきた。彼女の足音が廊下に響き、息を切らせながら部屋に飛び込んでくる様子に、私は少し驚いた。陽菜の目には深い心配の色が宿っていた。


「琴音、美月、大丈夫? 何があったの?」


 陽菜の声には、いつもの明るさの中に、切実な懸念が混ざっていた。彼女は躊躇うことなく、私と美月の傍らに駆け寄り、私たちを優しく包み込むように抱きしめた。


 その瞬間、私の中で何かが崩れ落ちた。長年築き上げてきた壁が、音を立てて崩れていくような感覚。陽菜の温もりが加わることで、私の心の奥底に眠っていた感情が、堰を切ったように溢れ出し始めた。


「ごめんね……私……」


 言葉に詰まる私を、美月と陽菜は静かに、しかし力強く抱きしめ続けた。その温もりに包まれながら、私は少しずつ、震える声で話し始めた。


「私……ずっと言えなかったの。怖くて……信じられなくて……」


 私の声は震え、時折途切れた。

 しかし、2人の存在が私に勇気を与えてくれた。深呼吸をして、私は続けた。


「私の母は……私を愛してくれなかったの」


 その言葉を口にした瞬間、今まで抑え込んでいた記憶が鮮明によみがえってきた。母親の冷たい目、怒鳴り声、頻繁に振るわれる暴力。それらの記憶が、まるで映画のシーンのように次々と頭の中を駆け巡る。


「毎日……『あんたなんか生まれてこなければよかった』って……」


 言葉を紡ぐたびに、私の体は小刻みに震えていた。

 美月と陽菜の腕が、より強く私を抱きしめる。


「食事を与えてもらえないこともあって……押し入れに閉じ込められて……」


 話し続けるうちに、涙が止まらなくなった。

 頬を伝う涙を、美月が優しく拭ってくれる。


「そんな日々が続いて……私は、自分には何の価値もないんだって思うようになった」


 陽菜が小さく息を呑む音が聞こえた。彼女の目にも、涙が光っていた。


「だから……2人と出会った時も、最初は信じられなかったの。こんな私に、友達ができるなんて……」


 美月が静かに私の髪を撫でる。

 その優しい仕草に、私はさらに涙を流した。


「でも、2人は違った。優しくて、温かくて……でも、それが怖かった」


 私は少し言葉を詰まらせた。

 自分の気持ちを言葉にすることの難しさを感じながら、それでも続けた。


「この関係がいつか壊れるんじゃないかって……私が本当の自分を見せたら、2人は離れていってしまうんじゃないかって……」


 陽菜が私の手をぎゅっと握った。その手の温もりが、私に力を与えてくれる。


「だから、必死に『優秀な子』でいようとした。2人に嫌われないように……見捨てられないように……」


 話し終えた時、私は疲れ果てていた。しかし同時に、大きな重荷から解放されたような気持ちだった。長年抑え込んでいた感情を吐き出し、自分の弱さをさらけ出した今、私は奇妙な解放感を覚えていた。


 しばらくの沈黙の後、美月が静かに口を開いた。


「琴音……よく話してくれたね。辛かったでしょう」


 その言葉に、私は再び涙があふれそうになった。

 陽菜も、声を震わせながら言った。


「私たち、琴音のことをずっと大切に思ってたよ。これからも変わらないから」


 2人の言葉に、私は深く頷いた。

 まだ涙は止まらなかったが、それはもう悲しみの涙ではなく、安堵と感謝の涙だった。


「ありがとう……2人とも……」


私たち3人は、そのまましばらくの間抱き合っていた。言葉は必要なかった。ただ互いの存在を感じ合うだけで十分だった。その瞬間、私たちの絆はさらに深まり、より強固なものになったように感じた。


長い沈黙の後、美月が優しく言った。


「琴音、あなたは十分価値のある人よ。むしろ、こんなに強く生きてきたあなたを、私は尊敬している」


 陽菜も力強く付け加えた。


「そうだよ。琴音の優しさや思いやりは、きっとその経験があったからこそのものだと思う。琴音は素晴らしいよ」


 その言葉に、私は心から救われる思いがした。長年の自己否定から少しずつ解放され、自分の価値を認められるようになっていく……。


「琴音、よく話してくれたね」陽菜が優しく言う。

「そうよ。これからは一緒に乗り越えていきましょう」美月も力強く言ってくれた。


 その日以来、私たち3人の絆はさらに深まった。互いの弱さも含めて受け入れ合える関係になっていった。私は少しずつ、自分の過去と向き合い、そして前を向いて歩み始めた。


 美月と陽菜の存在が、私に勇気を与えてくれた。2人の応援があれば、どんな困難も乗り越えられる。そう信じられるようになっていた。これからの人生で、まだ多くの試練が待っているだろう。でも、もう恐れることはない。なぜなら、私にはかけがえのない2人の存在があるから。



 受験が近づくにつれ、私の不安も大きくなっていった。でも、美月と陽菜の存在が、私に勇気を与えてくれた。2人の応援があれば、どんな困難も乗り越えられる。そう信じられるようになっていた。


 受験当日、私は緊張で手が震えていた。そんな時、美月と陽菜からメッセージが届いた。


「琴音なら大丈夫。自信を持って」

「私たちはいつもあなたの味方だよ」


 その言葉に勇気づけられ、私は試験に臨んだ。


 結果発表の日、私は無事に志望校に合格することができた。美月と陽菜も、それぞれの道を進むことが決まった。別々の道を歩むことになるけれど、私たちの絆は決して切れない。そう確信していた。


 卒業式の日、3人は校門の前で最後の抱擁を交わした。


「これからも一緒だよ」陽菜が笑顔で言う。

「そうね。距離は離れても、心はいつも一緒」美月も優しく微笑む。


 私は2人をしっかりと抱きしめた。


「ありがとう。2人のおかげで、私は前を向いて歩けるようになったわ」


 桜の花びらが舞う中、私たち3人は新たな一歩を踏み出す準備をしていた。不安も希望も胸に抱きながら、それぞれの未来へと歩み始めようとしていた。


 この3年間で、私は大きく変わった。自分を価値のない存在だと思っていた私が、少しずつ自分を肯定できるようになった。美月と陽菜との出会いが、私の人生を大きく変えてくれたのだ。


 これから先も、きっと様々な困難が待っているだろう。でも、もう恐くない。美月と陽菜という大切な友人がいる。そして、自分の中に芽生えた新たな希望がある。


 私は深呼吸をして、桜の花びらが舞う空を見上げた。新たな章が始まろうとしていた。

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