第1章:出会いと友情の芽生え(高校1年)
桜の花びらが舞う4月、私は高校生活の幕開けを迎えた。入学式の朝、制服に袖を通しながら、私の心は不安と期待で複雑に揺れていた。鏡に映る自分の姿を見つめ、深呼吸を繰り返す。
(大丈夫よ、琴音。今日からは新しい始まり。きっと上手くいくはず……)
そう自分に言い聞かせながらも、母親の冷たい目が脳裏に浮かび、私は思わず身震いした。
「琴音、あんたなんか誰からも必要とされない子よ」
その言葉が、まるで呪いのように私の心に刻まれている。それでも、私は必死に前を向こうとしていた。
教室に入ると、周りの生徒たちの笑い声や話し声が聞こえてくる。しかし、私にはそれが遠くから聞こえてくるような気がした。みんな楽しそうに話している。でも、私はここにいていいのだろうか。そんな不安が頭をよぎる。
突然、隣の席の女の子が声をかけてきた。
「大丈夫? 寒い?」
彼女の名前は美月だった。優しい目をした、繊細そうな女の子だ。
「ありがとう。大丈夫よ」
私は微笑みを浮かべて答えた。表情は穏やかだったが、心の中では動揺していた。なぜ、こんな私に声をかけてくれるのだろう。
その時、もう一人の女の子が話に加わってきた。陽菜という名前だった。彼女の明るい笑顔に、私は少し心が落ち着くのを感じた。
「琴音ちゃんだよね? 一緒にお昼食べない?」
陽菜の誘いに、私は戸惑いながらも頷いた。
その日から、私たち3人は徐々に親しくなっていった。美月の繊細な芸術センス、陽菜の明るさと運動神経の良さ。彼女たちと一緒にいると、私は自分の存在価値を少しずつ見出せるような気がした。
しかし、夜になると再び不安が襲ってきた。私なんかが友達を作っていいのだろうか。母さんが言っていたように、私は誰からも愛される価値のない人間なのではないだろうか。そんな思いに苛まれながらも、私は必死に勉強に打ち込んだ。「優秀な子」でいることが、自分の存在を認めてもらう唯一の方法だと信じていたから。
文化祭の準備で遅くまで学校に残った日のこと。美月と陽菜と3人で帰り支度をしていると、突然の夕立に見舞われた。
「琴音、傘持ってる?」陽菜が尋ねてきた。
「ごめんなさい、今日は持ってきてないわ」
「じゃあ、私の傘に入ろう!」
陽菜の明るい声に、私は少し戸惑った。こんな私と一緒に帰ってくれるの? そんな思いが頭をよぎる。
3人で1つの傘に入り、雨音を聞きながら帰路につく。その時、私は不思議な安心感に包まれた。美月と陽菜の体温が、傘の中で私を温かく包み込む。
しかし同時に、母親の声が頭の中で響いた。
「あんたなんか、誰からも必要とされない子よ」
私は思わず立ち止まってしまった。
「琴音? どうしたの?」
美月が心配そうに尋ねてきた。
「ごめんなさい、ちょっと……」
言葉に詰まる私を、2人は優しく見守ってくれた。この2人は、本当の私を知ったら、きっと離れていってしまう……そう思いながらも、私は2人の優しさに少しずつ心を開いていった。
高校1年生の終わりに近づく頃、私たち3人の友情は揺るぎないものとなっていた。美月の繊細な絵画の才能、陽菜の運動能力、そして私の学業成績。それぞれが持つ特別な輝きに、3人は互いに刺激を受けていた。
ある日の放課後、私たちは学校の屋上で星空を見上げながら、初めて肩を寄せ合った。
「ねえ、私たち、ずっと友達でいられるかな」陽菜がふと呟いた。
「もちろんよ。私たちの絆は特別だもの」私は優しく答えた。
美月は言葉を発さなかったが、両手で2人の手を握りしめた。その瞬間、3人の心に温かな感情が広がった。私は、長い間忘れていた安心感を味わっていた。
しかし、その幸せな気持ちの奥底で、まだ不安が渦巻いていた。
(この幸せは、いつか終わってしまうんじゃないかな……)
そんな思いを抱えながらも、私は2人との時間を大切に過ごしていった。美月と陽菜は、私の心の傷を少しずつ癒してくれる存在だった。彼女たちと一緒にいると、自分も愛される価値のある人間なのかもしれない、そんな気持ちになれた。
でも同時に、この関係が壊れることへの恐怖も大きくなっていった。だからこそ、私は必死に「優秀な子」であり続けようとした。2人に認められ続けるために、そして自分の存在価値を証明するために。もともと存在価値のない私は何かをしていなければ、それこそいる意味がないのだから。
高校1年生の終わり、私たちはまだお互いのことを完全には理解していなかった。しかし、この出会いが私たちの人生を大きく変えていくことになるとは、誰も予想していなかった。私の心の奥底では、まだ不安と恐れが渦巻いていたが、それ以上に、美月と陽菜との絆を大切にしたいという気持ちが強くなっていった。
この1年間で、私は少しずつ変わっていった。2人との出会いが、長年閉ざしていた私の心を少しずつ開いていってくれたのだ。まだ完全に自分を受け入れることはできていないが、少なくとも、自分にも幸せになる可能性があるのかもしれない。そう思えるようになっていた。
春の柔らかな陽光が差し込む教室で、私たち3人は2年生への進級を心待ちにしていた。これからどんな出来事が待っているのかは分からない。でも、3人で一緒なら、きっと乗り越えられる。そう信じて、私は新たな1年に向けて歩み出す準備をしていた。
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