エピローグ:8年目の春 - 新たな挑戦と深まる絆


 私たち3人が初めて出会ってから8年が経過した春のこと。私の人生は、想像もしなかった方向へと進化を遂げていた。


 VRアートの先駆者として世界的な名声を得た私だったが、新たな挑戦を始めていた。それは、テクノロジーを捨て、自然と融合するエコアートだった。山奥に巨大なキャンバスを設置し、風や雨、生き物たちの力を借りて作品を制作するプロジェクトを始めたのだ。


「自然の中に身を置くことで、人間の小ささを感じるの。それが私の新しい表現につながっているわ」


 ドキュメンタリー取材でそう語った私。この言葉には、アジェンダーとして生きてきた経験が深く反映されていた。人間の作り出したジェンダーの枠組みを超え、より普遍的な存在としての自分を見出そうとしている。そんな私の姿勢が、このプロジェクトに表れていたのかもしれない。


 陽菜は、障がい者スポーツの分野で革命を起こしていた。彼女が開発した新しいトレーニング方法とリハビリテーション技術は、多くの人々に希望をもたらしていた。さらに、義足や車椅子の新しいデザインにも携わり、機能性と美しさを兼ね備えた製品を世に送り出していた。


「限界を決めつけないこと。それが私の信念です」


 国際会議でのスピーチで、陽菜はそう述べた。彼女の言葉に、私は深く共感した。ジェンダーの限界を超えようとしてきた私自身の journey と重なるものがあったから。


 琴音は、環境問題に取り組む中で、予想外の才能を開花させていた。彼女は、複雑な環境データを美しい音楽に変換するプログラムを開発。この「地球の調べ」と呼ばれる音楽は、環境保護への意識を高める新しい手法として注目を集めていた。


「数字だけでは伝わらない地球の声を、誰もが感じられる形にしたかったんです」


 ある音楽祭で、琴音はそう説明した。彼女の言葉に、私は自分のアートとの共通点を見出した。言葉や既存の概念では表現しきれないものを、芸術を通じて伝えようとしている点で。


 私たち3人の活動領域は大きく異なっていたが、あるプロジェクトで再び一つになった。それは、さまざまな形の「愛」を表現し、社会に問いかける芸術祭の開催だった。


 私のVRと自然を融合したインスタレーション、陽菜のパフォーマンスアート、琴音の環境音楽。3人の作品が織りなす空間は、訪れる人々に強烈な印象を与えた。そこには、私たちが8年間で経験してきた全てが凝縮されていた。アジェンダーとしての私の葛藤、陽菜の挫折と再起、琴音の地球への想い。そして何より、3人の深い絆。


 芸術祭の最終日、私たちは密かに用意していたサプライズを披露した。それは、私たちの8年間の歩みを表現した総合芸術作品だった。


 VR空間に投影された私の絵画が、陽菜の踊りによって生命を吹き込まれ、琴音の音楽がその世界に彩りを添える。観客は、3人の魂が融合した瞬間を目の当たりにし、深い感動に包まれた。


 パフォーマンスが終わると、会場は静寂に包まれた後、大きな拍手が沸き起こった。


 その夜、私たち3人は芸術祭の打ち上げパーティーを抜け出し、静かな丘の上に腰を下ろした。満天の星空の下、高校時代を思い出していた。


「あの頃は、こんな未来が待っているなんて想像もしなかったね」


 陽菜が懐かしそうに言った。


「そうね。でも、私たちの絆はずっと変わらなかった」琴音が優しく微笑んだ。


 私は黙ってうなずき、2人の手を握りしめた。8年前、アジェンダーとしての自分を受け入れられずにいた頃の私。そんな私を受け入れ、支えてくれた2人。その想いが、胸に込み上げてきた。


「これからどんな冒険が待っているんだろう」


 陽菜が空を見上げながら呟いた。


「それは、私たち次第よ」


 琴音が答えた。


「そうね。でも、3人一緒なら、どんな未来でも乗り越えられる気がする」


 私は珍しく雄弁に語った。


 3人は互いを見つめ、静かに抱き合った。

 春の夜風が私たちの髪をなびかせる中、新たな誓いを立てた。


「もっと自由に」

「もっと大胆に」

「そして、もっと愛し合うことを恐れずに」


 その夜、私たち3人は再び一つになった。8年の時を経て、より成熟し、より深く理解し合えるようになった私たち。アジェンダーとしての私の全てを、2人は完全に受け入れてくれた。そして私も、2人のありのままの姿を愛おしいと感じた。


 これからも、私たち3人の物語は続いていく。それぞれが自分の道を歩みながらも、常に心はつながっている。そして時に、こうして一つになる。それが、私たちの選んだ愛の形。


 私は、もう恐れることはない。アジェンダーとしての自分を、アーティストとしての自分を、そして2人を愛する自分を。全てを受け入れ、誇りに思える。それは、この8年間の旅路があったからこそ。そして、陽菜と琴音がいてくれたからこそ。


 未来は不確かだけど、それでも希望に満ちている。なぜなら、私たちには互いがいるから。そして、まだ見ぬ冒険が、私たちを待っているから。


(了)

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