第2章:深まる絆と進路の岐路(高校3年)
時が過ぎ、気がつけば私たち3人は高校3年生になっていた。陽菜と琴音との関係は深まる一方で、私の内なる葛藤も大きくなっていった。
ある日、陽菜が重大な報告をした。
「ねえ、私、地元の大学からスポーツ推薦の話をもらったの」
その言葉が、私たちの関係に大きな波紋を投げかけた。琴音は黙ったまま、陽菜をじっと見つめていた。私は…言葉が出なかった。
心の中で叫んでいた。
「行かないで」と。
でも、口にすることはできなかった。
それが陽菜の夢だということは分かっていたから。
その夜、一人で部屋にいると、涙が止まらなかった。陽菜との別れを考えると、胸が締め付けられるようだった。でも、同時に自分の将来のことも考えずにはいられなかった。
美術大学に行きたい。
でも、それは陽菜と琴音と離れることを意味する。そう思うと、また胸が痛んだ。
そんな時、琴音が私の変化に気づいた。
ある日、2人きりになったとき、琴音は私に向き合った。
「美月、本当の気持ちを教えて」
その言葉に、堰を切ったように気持ちが溢れ出した。
「私……陽菜と離れるのが怖いの」
琴音は黙って聞いてくれた。
「絵を描くのをやめれば、ここに残れるんじゃないかって……」
琴音は深く息を吐き、一歩私に近づいた。
「美月」
琴音の声には強さと優しさが混ざっていた。
「あなたの才能は特別なものよ」
琴音は両手を伸ばし、私をしっかりと抱きしめてくれた。
「それを無駄にしちゃダメ」
その言葉に、また涙が溢れた。
でも、今度は少し違う。救われたような、そんな涙だった。
その後、私たち3人で真剣に話し合った。それぞれの夢、不安、そして私たちの関係について。簡単には結論は出なかったけど、少なくとも本音で話せたことが大きな一歩だった。
卒業式の日、校門の前で最後の抱擁を交わしたとき、私はポケットからあるものを取り出した。3つのブレスレット。それぞれに、私たち3人の個性を表現したデザインを施したものだった。
「これは、私たち3人の絆の証」
言葉につまりながら、そう説明した。陽菜と琴音の目に涙が光るのを見て、私も泣きそうになった。
その日の夜、3人だけの小さな卒業パーティーを開いた。そして、おそらく最後になるかもしれない時間を過ごした。
でも、その時でさえ、私の心の奥底では葛藤が続いていた。自分の性別への違和感、アーティストになりたいという夢、そして2人への想い。全てが絡み合って、私を苦しめていた。
それでも、その夜は全てを忘れて、ただ2人の温もりに身を委ねた。明日からは、それぞれの道を歩み始める。だからこそ、今この瞬間を大切にしたかった。
(30歳の美月の回想)
高校3年生。人生の岐路に立たされた時期だった。今思えば、あの頃の私はまだまだ未熟で、自分の気持ちにすら正直になれなかった。
陽菜のスポーツ推薦の話を聞いた時の気持ちを、今でも鮮明に覚えている。嬉しさと寂しさが入り混じった、複雑な感情。でも、本当は「おめでとう」の一言が言えれば良かったんだ。
琴音が私の本当の気持ちを聞いてくれた日。あの時、もっと素直に全てを話せば良かった。アジェンダーとしての悩み、アーティストになりたいという夢、そして2人への想い。全てを。
でも、そうできなかった自分を責める必要はないんだと、今なら分かる。あの頃の私には、それが精一杯だった。そして、その経験が今の私を作っている。
ブレスレットを作った時のことを思い出す。3人の個性を表現しようと必死だった。でも今なら分かる。あのブレスレットは、私たち3人の関係性そのものを表現していたんだと。個々の違いを認め合い、それでも強く結びついている。そんな私たちの絆を。
最後の夜のこと。今でも鮮明に覚えている。あの時の温もり、匂い、感触。全てが私の中に刻み込まれている。でも、同時にあの夜、私の心の奥底では大きな葛藤があったことも事実だ。
今、アーティストとして生きている私。それは、あの頃の決断があったからこそ。でも同時に、陽菜と琴音との絆があったからこそでもある。
高校3年生の私に伝えたい。「恐れないで」と。「自分の気持ちに正直になって」と。「陽菜と琴音は、きっと理解してくれる」と。
そして何より、「あなたはそのままで素晴らしい」と。アジェンダーであることも、アーティストになりたいという夢も、2人への複雑な想いも、全て含めて。
今、30歳になった私は、あの頃の決断を誇りに思う。そして、これからも陽菜と琴音と共に、新たな物語を紡いでいく。それが、あの頃の私たちに出来る最高の恩返しなのだから。
過去の自分に感謝しながら、未来へ向かって歩んでいこう。私たちの絆は、時間が経っても、距離が離れても、決して消えることはないのだから。
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