第1章:出会いと友情の芽生え(高校1年)


 桜の花びらが舞う4月、私たち3人の高校生活が始まった。入学式の日、私は陽菜と琴音と同じクラスになった。彼女たちは、私とは正反対の存在に見えた。


 陽菜は明るく活発で、スポーツが得意。琴音は知的で冷静、でも心優しい性格だった。そんな2人と比べて、物静かで芸術的な私は、どこか浮いた存在のように感じていた。


 でも、文化祭の準備をきっかけに、私たち3人は急速に親密になっていった。私の描いた絵がポスターに選ばれたんだ。クラスメイトたちが驚いている中、陽菜と琴音が声をかけてくれた。


「すごい絵だね!私たち、何か手伝えることある?」


 陽菜が笑顔で言った。


「そうね、ポスターの配置とか、一緒に考えましょう」


 琴音も同意してくれた。


 正直、驚いた。私の絵を褒めてくれる人はあまりいなかったから。でも、嬉しかった。それから3人で放課後を過ごすようになり、互いの個性と才能に気づき、惹かれ合っていった。


 でも、私の中にはずっと違和感があった。女の子らしい服を着たり、メイクをしたりすることに。陽菜や琴音は自然にそういうことをこなしているのに、私にはどこか無理があった。自分の体に違和感を覚えることもあった。でも、そんな気持ちを2人に打ち明けることはできなかった。


 文化祭当日、私のポスターは大好評だった。その夜、3人で学校の屋上で星空を見上げながら、初めて肩を寄せ合った。


「ねえ、私たち、ずっと友達でいられるかな」


 陽菜がふと呟いた。


「もちろんよ。私たちの絆は特別だもの」


 琴音が優しく答えた。


 私は言葉を発さなかったけど、両手で2人の手を握りしめた。その瞬間、3人の心に温かな感情が広がった。でも、私の心の中には、まだ言えない秘密があった。


 冬休みに入ると、琴音の家で勉強会を開くことになった。雪の降る静かな夜、3人は琴音の部屋で勉強に励んでいた。しかし、次第に会話は勉強から逸れ、互いの夢や悩み、そして将来の話へと移っていった。


「私ね、いつか自分の絵で人々を感動させたいの」


 珍しく饒舌に語る自分に、少し驚いた。


「すごい! 私は、スポーツでみんなに元気を与えられたらいい……かな?」


 陽菜が目を輝かせて答えた。


「私は……まだ明確な夢はないけど、2人の力になれたらいいな」


 琴音がそっと言った。


 その言葉に、3人は互いを見つめ合った。

 部屋の空気が変わり、静寂が流れる。

 そして、まるで引き寄せられるように、3人の唇が重なった。

 最初は戸惑いがあったものの、すぐにそれは甘美な温もりへと変わっていった。


 でも、その瞬間も、私の心の奥底では葛藤があった。この感情は本当に恋なのか、それとも強い友情なのか。そして、自分の性別に対する違和感は、この関係にどう影響するのか。そんな疑問が渦まいていた。


 けれど、その時は、ただ2人の温もりに身を委ねることにした。明日のことは、明日考えればいい。今は、この瞬間を大切にしたかった。


(30歳の美月の回想)


 あの頃の自分を思い出すと、切なさと懐かしさが入り混じる。高校1年生、まだ何も分からない私たち。でも、その無知さゆえの純粋さが、今では愛おしく思える。


 陽菜と琴音との出会いは、私の人生の転換点だった。彼女たちがいなければ、今の私はない。アートの道を諦めていたかもしれない。自分のアイデンティティに向き合うこともできなかっただろう。


 でも同時に、あの頃の自分にもっと優しくあげたいとも思う。自分の性別に違和感を覚えることを、もっと素直に受け入れてあげれば良かった。「普通の女の子」になろうともがかなくても良かったんだ。


 陽菜と琴音は、きっと私の悩みに気づいていたと思う。でも、私が話さない限り、彼女たちから踏み込んでくることはなかった。今なら分かる。それは私への配慮だったんだと。


 あの夜、琴音の部屋で3人で初めてキスをした時のことを、今でも鮮明に覚えている。戸惑いと喜び、そして罪悪感。複雑な感情が渦巻いていた。でも、今ならはっきり言える。あれは間違いじゃなかった。私たちの関係の出発点だった。


 ただ、もっと早く自分の気持ちに正直になれば良かった。アジェンダーである自分を受け入れ、2人にも打ち明けられれば。きっと、もっと早く心の重荷を降ろせたはずだ。


 それでも、あの頃の経験が今の私を作っている。陽菜の明るさ、琴音の優しさ。2人と過ごした時間が、私の心の支えになっている。今、アーティストとして生きていられるのも、2人のおかげだ。


 高校1年生の私に伝えたい。「あなたはこのままで十分素晴らしい。自分の気持ちに正直に生きていいんだよ」と。そして、「陽菜と琴音を大切にしなさい。彼女たちはかけがえのない存在になるから」とも。


 今、30歳になった私は、あの頃の悩みや葛藤を懐かしく思い出す。それらが全て、今の自分を形作っているのだから。そして、これからも陽菜と琴音と共に、新たな物語を紡いでいくのだと思うと、胸が高鳴る。


 過去の自分に感謝しながら、未来へ向かって歩んでいこう。それが、あの頃の私たちに出来る最高の恩返しなのだから。

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