第14話 流星群2夜
「今日と明日は魔女さんのお宅でお世話になるのよね。流星群が見られる間だけだからね。手土産にリンゴも持って行きなさいよ」そう言って母は私にリンゴの入ったバスケットを渡して、出発を見送ってくれた。
ボストンバッグ1つとバスケットを持ちながら、いつもの道を少し息を切らしながら進んで行く。
魔女の家に泊まるのは2度目だけど、多分次は無いだろう。そんな予感がする。流星群を理由に誘ってくれた事は嬉しい。だけど行きたくない気もする。今日会ったら最後な気がして。そんなことないよね?
いつもの道が長く感じて、いつものドアが重たく感じる。それは荷物が多かったせいだろうか。
「先、せぇ〜……はぁ、重かった。おはようございまーす」
魔女は呆れ笑いながら奥から出て来た。
「おはよう。何をそんなに持って来たんだ?」
私は少しドキッとしながら、誤魔化し答えた。
「だって2泊分の荷物ですよ?これぐらいなりますって」
魔女はそうか、と気に留めずまたソファーへ戻って行った。
「部屋ならいつもの寝室使っていいからな」「はい」
前に泊まった時に使った部屋のことだろう。でも、この家って掃除してても思うけど、どれだけ部屋があるんだろう?パッと見は小屋と間違えるぐらい小さいのに。
「先生、この家って何部屋あるんですか?」
魔女は少しの間悩んで、私を手招いた。
「私も正直分からない。だからルームツアーといこうか」
魔女がこんな事をしてくれるなんて。驚きながら私は魔女についていく。
いつもの寝室。前回ここで眠ったし、ヘンゼルとグレーテルの面倒も見たっけ。
バスルーム、トイレ、ランドリー、左の扉から庭に出ると洗濯物が干せるようになっている。
またリビングに戻って向かいの扉を開けると色んな荷物を詰めたウォークインクローゼットのような部屋がある。服は相変わらずワンピースと白衣しか無いんだけど。
そして、リビング。ソファーがいくつか置いてあって大釜や薬棚で仕切るようにしたその向こうにキッチンが続いてる。食料庫は玄関を出て左、井戸の向かい。お兄さんが食料を届けた時にそのまま詰めやすいように、と前に聞いた気がする。まったく他力本願な造りだ。……あれ?
「キッチンの右奥、あんな階段ありました?」
「必要なだけ部屋はあるって事だよ。気になるなら行ってみるといい」
私はおそるおそるその階段を上がってみる。そこには
「うわあ……これって」天井は透明なドーム状になっていて、木の温かみを全体に感じる部屋。壁にはガーランド状のランプが何箇所か吊り下げてある。左右には小窓も付いていて、風が通るようにしてある。
「流星群の観測に丁度いいだろ。外に出ても勿論いいが、冷えたら嫌だからな」
組木のミニテーブルが奥にことんと1つ置いてある。カップ2つでピッタリであろうサイズ感だ。
「先生これ今日の為に?」「私だって風邪は引きたくないんだよ」
魔女はそっけない返事しかしないが、わざわざ魔法で増やしたんだろう。だからルームツアーなんてらしくない事までしてくれたんだ。その気持ちが嬉しくて、私はすっかり舞い上がってしまう。
「先生ありがとうっ」
今夜の流星群を楽しみに、私は上機嫌で階段を降りた。
後から話を聞くと魔法で必要なだけ部屋を増やしているらしい。魔女の属性魔法によるものだそうだ。ただ、外観からは分からないらしい。
これは私の憶測だけど、魔女自身が家の外観に興味が無いから反映されてないんじゃないかなぁ。わざわざ口には出さないけど。全体的に陽の入る木の家という雰囲気は元が小屋だからだろうな。小屋を広々とした家に変えましたと説明されれば納得してしまうような不思議な家だ。
私たちは他愛無い話をしながら母に持たされたリンゴを使ってアップルパイを焼き、魔女が面倒くさがる前に昼食の準備もした。一緒にキッチンに立つことはありそうで無かったから楽しかった。
昼食を済ませ、ソファーでごろ寝し始めた魔女が話し出した。
「私は先生に会って来たよ。お前はお祖母さんに会っただろう?手紙の時と同じ、古い薔薇のにおいがする」
そう、私は1日だけ休みをもらって祖母と両親と話をして来た。
「……はい。夜にでも話そうと思ったんですけど今話しちゃいますね。端的に言うと時の魔女の後継者は私ではなく母がやることになりました。もう、魔法に対する誤解も解けたからって。もっと難しい大人の事情はあるんでしょうけど私は分かりません」魔女は静かに話を聞く。
「その時、祖母から譲り受けたのがこの杖です」
私はボストンバッグを開け、取り出した。
昔見た浮かぶ懐中時計のように、金色にきらきら輝く、自分の拳4つ分くらい長さのある杖。
「時の魔女が使っていたもの、か?なんで母親じゃなくお前に?」
「時の魔女の仕事で使うのは時の杖といって専門的な物があるそうなんです。これは祖母が練習生の時や普段の生活に使っていた杖だそうで。なので祖母の魔力も多少溜まっている状態で、私には分からないけど古い薔薇のにおいがするんだと思います」
魔女はなるほどと納得しながら、この杖をまじまじと見た後、背中をソファーに預けながら訊いてきた。
「つまりお前は時の魔女は継がない。けど魔法は使えた方がいいと?」「そうなります。生活を便利にする程度には使えたらいいかなって」
私の返事を聞くなり魔女はうんうん唸り始めた。
「分かったような分からんような。まあいい。ちょっと街にでも出ようか」
出不精の魔女が珍しい。
「か、傘の用意が要りますかね?」「そんなこと言うなら留守番するか?」「いえいえ!お供します!」
魔女の黒革のポシェットに必要最低限の荷物を詰め、私も上着を羽織り、出かける支度をした。
「「いってきまーす」」
どこまで向かうのか、聞いても魔女は答えない。なんだろう?
「わっ」前を歩いていた魔女が突然止まり、魔女の背中に思いっきりぶつかってしまった。ここは広場?
「大丈夫かい?」
この声は……
「院長先生!」
「やあ、ベリルちゃん。シプレさんから話は聞いてるよ」
その藍色の瞳が微笑むとなぜだかほっとする。院長先生として慕われるだけあるんだなぁ。魔法使いってみんな不思議な魅力があるんだな。
「でもどうしてここに?」「あれ?何も聞いてない?」
私と院長先生は魔女をじっと見た。
「どうせ会えば分かる話だと思ったんだよ」視線を外しながら魔女は言い訳をする。
「はあ……そういうところは変わらないね」やれやれといった感じで院長先生は魔女を引き寄せた。
「僕たちの話を聞いてくれるかい、ベリルちゃん。まぁ、恥ずかしいんだけどね」
ゆっくり院長先生は話し始めた。
魔女と院長先生は恋人関係であること。魔女は薬を作りながら院長先生の病院の支えとして働くこと。東通りの裏手の並びにある空き家に魔女は移り住むこと。それがもうすぐであること。
私はなぜか少し泣きたくなりながら、黙って頷いていた。
院長先生が一通り話し終わると、こちらを見て尋ねた。
「えっと、その、大丈夫かい?」
大丈夫ってなんのことだろう。
「君たち2人は仲が随分良かったようだから寂しかったりしないかな。急な話だし……」
どうして寂しいのだ。だって魔女は前に"自分は先生じゃない"と混乱し、私に大まかな話を聞かせた後あんなに会いたそうな顔をしながら捜したくないと言っていた。
でも、私が1日休んだ間に決着をつけていた。
「寧ろ、嬉しいぐらいですよ」「そう、か」
院長先生は困り顔で笑い、魔女は私の方を見てすらいなかった。
「僕も君たちが今日どう過ごすか聞いてる。ゆっくり話せるといいね、じゃあ僕はここで」
そう言って院長先生は広場から立ち去った。魔女はまだ何も言わない。ベンチの上で無言の時間が流れる。
「帰り、ましょうか」「……だな」
私たちは黙ったまま家路に着き、上着や鞄を置いた。
その時やっと魔女が口を開いたのだ。
「ずっと言おうとはしたんだけど、こんな話誰にもしたことなくて、何をどう言えばいいか分からなかった」
単調にしか喋らない魔女の性格を考えたら、そうだろう。でも私は納得しなかった。ここ最近の魔女の様子はそれだけじゃなかったから。
「なんとなく察してるだろうけど、終わりだ。」
言わないで。
「お前がここに来て、私がここで薬を作る毎日は終わる。明日が最後だ」
いやだよ、さみしい。そんな子供みたいな心は仕舞い込んで言葉を発した。
「……はい。今夜と明日、楽しみましょう」「そうだな」
私は納得していない。だって魔女はずるい。
「でも先生、さっきのは無いですよ。全部院長先生に喋らせて。自分はずっとそっぽ向いてて。せめてなんで自分の言葉で伝えてくれないんだろうって思いました。なんなら腹が立ちましたよ」
泣くつもりなんか無いのに。床板にぽた、ぱた、と水滴が落ちる。
「先生が幸せになることや薬作りを辞めないこと、会おうと思えば会える距離に居ることは嬉しいですよそりゃあ。じゃあなんで、なんにも自分の口で言ってくれないのか、話すの2度3度目ぐらいの人に言われなきゃいけないのかって、急に寂しくなるじゃないですか!」「うん、ごめん」
涙と言葉が止まらない。押し込んだ言葉が出てしまう。
「寂しい。寂しいですよ先生」「分かってる。私だってそうだ。寂しさを実感したくなくて自分で言いたくなかったんだよ」
私たちは泣きながら抱き合った。
「なんでそんな急なんですかあ!先生はいつもなんでも急すぎるんです!先生はそばに人が居るくせに寂しいわけない!」「ごめん……ごめん!いつも急でごめん。でもお前が居ない毎日になるのは本当に寂しいんだよ、分かるだろ……」
そのまま私たちはわんわん泣きながらお互いの服を涙で濡らした。
どれくらい、時間が経っただろう。すっかり差し込む光は夕陽に変わっていた。
「夕飯にしましょうか」「ああそれなら私がやるから座ってな」
え!?魔女が料理!?
「……なんだその意外そうな顔は」「あ、つい。顔に出てましたか」「ほんとに失礼な奴だなまったく」
意外と魔女は手際良くいくつかの野菜を切っていく。このいい匂いは
「ポトフですか?」「正解。いいから座ってろ。簡単だし物足りなかったらパスタでも足せばいい」
料理のチョイスがいかにも魔女らしい。メインのようなスープのような、それでいて切って煮込むだけで手間も少ない。後片付けも少なくて済みそう。どこまでも面倒くさがりなんだから。
「何か作りましょうか?」「はぁ。人の話聞いてたか?座ってろ」
ため息をつかせてしまった。これは大人しくしてた方が良さそう。キッチンに背を向けようとしたその時。
ヒュッと一筋の光が流れたような気がした。私は表に駆け出した。
いつの間にか空は黒のベルベットが敷かれて、その中を幾千の光が駆け巡る。その光は遠く、白く、儚く煌めきを放つ。
「始まったか」後ろから魔女がゆっくり出て来たのも気が付かないぐらい私は夜空のショーに夢中だった。
星が降る、とはまさにこの事だと体感する。ひとつ、またひとつと星はやむことなく降っていく。どこに向かってるんだろう。どこからやって来るんだろう。そんなことを考えながら見ていると魔女から声がかかった。
「ほら、テーブルこっちに出したからいい加減食べよう。冷めるぞ」「はぁい」
ガーデンテーブルに大きなクロスを1枚敷いて、出来たてのポトフがバゲットと一緒に置かれていた。
外で星の雨を見ながら魔女と夕飯が食べられる。それだけでこんなにご馳走に変身する。なんて贅沢だろう。
「なんか今日の先生、大人みたい」「はあ?」「待って怒んないで!そうじゃなくて!」
いつもは動きたくない、何もしたくない、薬だけ作ってたいと大釜をかき混ぜることに夢中になるその姿はなんだか子供っぽい。なのに急に手料理を振る舞ってくれたり、魔法で部屋を増やしてくれたり…子供が喜ぶものを与える大人みたいだ。
「結局なんなんだ?」「いえ、先生も変わったなあって」それはきっと院長先生とまた会えたからなんだろう。
「まあ、そうだな。お前が来てから随分毎日の見え方は変わったよ」
私は食べ進める手が止まった。
「私ですか?」「そりゃそうだよ」魔女は笑いながら即答する。
「なんだ自覚無かったのか」
それから魔女は空いた食器を片付けながら、私に話をした。
だってそうだろう?依頼もそうだが沢山の人間が関わりに来たのも、自分から関わりに行ったのも、お前が家に来るようになってからの事ばかりだ。アガトやマイースがどんなに言っても頑なに拒み続けていたのに。まぁそれも距離感が分からなくて怖がってただけなんだけどな。そんな気持ちさえ必要ないって教えてくれたのはお前がここに通ってくれたおかげだよ、分かるか?
その言葉を聞いてまた泣きそうになる私に、魔女は無慈悲にもとどめを刺す。
「総てはお前が始まりなんだよベリル」
こんな事、出会った当初の魔女なら絶対言わない。でも、魔女は出逢った人々を大切にする。そんな人に言われたからこそ、涙が溢れるほど嬉しい。
「少し待ってろ」魔女が席を立つ。
いつもの机の引き出しの奥から何か取り出してこちらへ持って来る。
「本……?」いつか見せてもらったアルバムみたいに分厚い1冊の本だ。表題には"recipe"とある。
「本というか、まぁ軽いレシピ帳だ。困ったら読むといい。まぁ使うことが無ければそれでいいんだがな」
この分厚さで
私はそれを手に取りぱらぱらと見た。
「え、これって」うん、と魔女は頷くだけでそれ以上何も言わなかった。
あのアルバムに愛が溢れていたように、このレシピ帳にもまた愛が溢れている。私が魔力を持っている事が分かったから。迷っている事もきっとお見通しだった。だから、私が迷子にならないように道標をくれたんだ。「ありがとうございます」
「礼はいいから行くぞ」
魔女はキッチンの奥へ進む。さっきの屋根裏部屋だ。
「わあ」昼間のこの部屋は柔らかい日差しと温かな日向で秋だと忘れさせるような、ウッドデッキみたいな場所だったのに夜になると天体観測をする為の部屋なんだと実感させられる。天井いっぱいの星空。こんな夢みたいなこと二度と経験出来ないだろうな。いまなら、勇気を出せるかな。
「昼間、魔法の事どうするかとか、時の魔女の事とか話したじゃないですか。それ以前に私学生なので、そろそろ学校……また、い、行こう、かなって」
声が震える。やだな、考えただけなのに。まだ行ってないのに。
「この前頂い、た、おやす、みの日に、復学手続きとかも、してて」
だめだ、きちんと話せない。大事なことなのに。
魔女は私の頭にぽんと手を置く。
「お前がそれを望むならきっと大丈夫だよ。未来は今降ってる星ほどある」「そうですね、その為に頑張ります」
魔女は私の頭を寄せ、ぼさぼさになるまで撫でた。
「先生は?どうするんですか」「……今日はもう遅い。明日話すよ」
私達はもう一度星空を眺め、見つけた日々が終わる事を肌で感じながら寝室に向かった。
「先生もう寝ました?」「うん」「起きてるじゃないですか」「寝言だ寝言」そう言う魔女の顔は目を瞑りながらもにやにやしている。
「寒いんでそっち行ってもいいですか」「女と抱き合う趣味は無いんだけどなぁ、仕方ない寒いから」
寒いなんて嘘だって魔女も分かってる。寂しさが拭えないだけ。一筋の涙が、今夜の箒星のように流れる。終わらないで、流星群。
翌朝。目を開けると向かいで寝ていた魔女が居ない。代わりにいい匂いがする。
「せんせぇ……?」「起きたかねぼすけ。おはよう」
テーブルの上にはチーズやベーコンを乗せて焼いたバゲットや、コンソメスープが並んでた。昨日の残りを工夫したものだろう。
「ほら座りな、食べよう」「はぁい」
香ばしいチーズの匂いが食欲をそそり、野菜の味が溶け出したコンソメスープが寝起きの胃を温めてくれる。だんだん、頭が起き始める。
「先生、今日のご予定は」「特別これといって無いな。昨日の話をするくらいだ」ちゃんと話してくれるんだ。
「じゃないとまたどこかの赤ずきんに自分の言葉で話せって拗ねられるからな」「もう、先生!」こうやって笑い合う時間も今日いっぱいなんだろうか。だったら今日の予定は、今日という日を思いっきり楽しんでいい思い出にする事だ。
「昨日どこまで話したかな……魔法医院に薬を提供しながら、向こうに移り住むことは話したよな?そこで、この家なんだが」「はい」
そう、昨日どきどきして聞けなかった気になる部分だ。
「もしここがある事でお前の支えになったり、ここを好きに使いたいなら残してもいいかと考えてる。私が維持する事はもう難しくなるけど、どう思う?」
私にも選択肢をくれるんだ。魔女の事だから自分で全て決めて事後報告だとばかり。
「私は、確かにここに思い入れはあるし、ここに通う事も学校に行きながら辞めたくないなと思ってました。でもそれが難しいなら別の形をとればいいから。ここだけ残ってしまうと甘えてしまうから、なくなっても構いません」
そうだな、と納得した後魔女は少し悩んで話し出した。
「私も同じかもしれないなぁ、ここだけあったらまたお前が居るんじゃないかって来てしまいそうだし、お前が居ないここは意味が無い。私も甘えてしまうなきっと。その度虚しさだけ残るなんてもう御免だ」
この家はなくなる。でもそれは私達が2人で選んだ事。
「引っ越したら手紙を出すよ。そしたら街でも会えるさ」
昨日たくさん泣いたからかな、今日の話し合いがなんだか前向きなものに思える。私達はまた会える。たとえここがなくなっても。
秋の肌寒い午前の日向。街が目を覚ます頃。私達は向き合って両手を繋いで互いのいままでとこれからを話し、悲しい表情を仕舞った。離れがたい気持ちが同じなのは言わなくても分かっていた。
「春の終わり頃からだからだいたい半年ぐらいか?随分長いことお前を縛ってしまったな。本当はもっと早く学校に通う毎日に送り出してやるべきだったのに」
それが大人としてとるべき行動だったと懺悔のように言うけれど。
私は今魔女が何を言ってるのか全く理解出来ない。この人の悪いところ、魔力量が多いとか魔法に長けてるからって自惚れて、人と関わるのが苦手だったからって言い訳して、それを言われた、された側がどう思うか考えないところだ。
「先生何か勘違いしてます。私はここに通う毎日を自分で選んだんです。あなたに強要された覚えも無ければ、義務だと思ったことも無い。それをあなたが勝手に決めつけるのは私に対して失礼じゃないですか?あなたが自分勝手なのは今更です。みんな知ってる事です。だからって尊重のふりした傲慢は許したくないです」
私は魔女に倣って淡々と捲し立てた。魔女は目をひんむいて動揺していた。いままで私がこんな怒り方した事無いから。
「あ、あぁ……そうだな悪かったよ、え?」
魔女は戸惑いを隠せない様子だ。仕方ない、手加減してあげよう。
「あのね先生、私最初ここに来るって決めた時見つけたって思ったんですよ。とってもわくわくした」「見つけた?」
伸びをして、はあーっと大きく息をひとつ吐く。魔女は私の一挙手一投足にびくびくしている。
「そうですよ?私のこれからの毎日は学校でも家でもなくここにあるんだって思った。だから宣言通り次の日本当に来たんです」
それからの毎日は、本当に驚きと楽しさの連続。見た事のない世界が目の前に広がっていった。その先に結んであったのは現実への帰り道。もう大丈夫だよって背中を押された気がした。だから、怖くてもなんでも帰ろうと決めた。赤ずきんの帰り道に狼はもう居ない。
「私が大人になるのはずっと先で、どんな大人になるかも分からないけど、今日までの事は全部宝物です」
私はきっとこの日々を忘れない。宝物を抱きしめて歩く。落とさないように、なくさないように。次はちゃんと目的地に持って行けるように。それがおばあさんの家かどうかは分からないけど。
「私達ってなんで仲良くなれたんでしょうね、まったく違う
魔女は答える。
「いままでどうやって友達が出来たか忘れたのか?同じ事だよ。きっかけは
そうか、これは物語の終わりじゃない。それに気付かなかったからずっと寂しかったんだ。悲観的になって有るものを見落として無いものばかり見てしまうのは私の悪いところだなぁ。
終わりと始まりは表裏一体だけど、終わらなくても始まることはある。
「先生?」「なんだ」「ありがとう」「……ふん」
今日をめいっぱい楽しもうなんて予定は予定でしかなく、私達はどこにも行かず何もせず、ただ2人でいつものリビングで寄り添って夕暮れまで過ごした。
昨日と同じく星が降り出す。今日が終われば、明日の朝には帰らなければいけない。いままでの日常を迎えに行くんだ。前より少しは強くなれたかな。
「ご馳走様でしたっ!食器洗って来ますね」「助かる」
少ない食器を洗って、魔女が待つ外へもう一度戻ると魔女は何か抱えていた。
「先生、それは……」暗くて分かりにくかったけど、黒とも紺とも言えない闇色の花束だった。白や青の斜線が幾重にも混ざってまるで
「この空から創ったんだよ、花言葉はそうだな"感謝"ってところかな」
流れ星の夜空を花束にしてしまうなんて。魔法はやっぱり素敵だ。
「もちろん、お前に……いや、違うな」
んんっと魔女は咳払いをするとその花束を私に差し出した。
「ありがとう、ベリル」
言葉数こそ少ないけどきっと一生懸命考えてくれたんだ。もう、また泣いちゃうよ。
「先……っ、もう、私の台詞なのに」涙は空の星と共に流れて止まらない、でもそれでいい。その分明日から歩みを止めなければいい。
気が付いたら魔女と私は手を繋いでいた。ふたりで同じ空を同じ想いで見上げてる気がした。
翌朝。
先に目が覚めたのは私だった。また泣いてしまうのが嫌で、昨日仕込んだフレンチトーストとベーコンエッグを焼いて、紅茶を淹れ、気持ちを落ち着かせた。
「先生、朝食出来ましたよ」声をかけても魔女は起きない。もしかして寝てるふり?
「冷めちゃいますよー?」「ん……」寝息は絶えず聞こえる。
「帰りますねー?」「……おはよぅぅ」「おはようございます」
魔女はむにゃむにゃと寝ぼけながらも私に文句を言う。
「朝食はありがたいけど……それは嘘でも言うなよ」
「そうですね、じゃあまずご飯にしましょう。文句の続きは身支度してから聞きます」
魔女は寝ぼけながらもぐもぐと黙って食べている。頭が少しずつ冴えてきたのか、口調がしっかりしてきた。
「心臓に悪い嘘はやめろ。まったく朝から寿命が縮むじゃないか」「これから先生一人暮らしでしょう?しっかり自分で起きてくださいね」「わかってるよ」
ああでもないこうでもないと言い合いながら、私はこの時間が楽しかった。そして、魔女の身支度が終わりこの時が来てしまった。
「気を付けて帰れよ」「はい、先生もお元気で」
魔女も私も、もう泣かなかった。私達は最後にもう一度ハグを交わして私は森を出た。ゆっくりドアが閉まる音が聞こえたような気がした。ポストに置いて来た手紙に魔女はいつ気付くだろう。
先生へ
あなたと出会ったこと、沢山の出会いや魔法に触れた時間、どこを切り取ってもすべていい思い出です。
花束もありがとうございました。家に帰ったらさっそく活けます。レシピ帳も大切にします。
引っ越したら手紙出すの忘れないでくださいね。
案外手紙って何書いたらいいか分からないものですね。これから私はきっと学校に通って友達と笑って、勉強して、赤ずきんではなく、ベリルとしてのストーリーを生きるんだと思います。たまには迷子になるかもしれません。そんな時は今日まであった事を思い出したり、レシピ帳を読んで、自分の目で見て自分の足で歩こうと思います。それに気付けたのはあなたのおかげです。ありがとう、チの魔女アンブル。またいつかきっと会いたいです。
この別れはふたつめの始まり。さぁ、前へ。
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