第13話 レシピ帳ひとつ

あの子には魔力がある。まだ、眠ってる力が。

そしてあの子はまた歩き出す。

それなら、私のしてやれることは__


「おはようございまーす、郵便ありましたよ」

1日来なかっただけで、明るい声が家に入って来てよかったと安堵する自分が居る。この子に私が残せるもの。そうだな……

「置いといてくれ、今日は作業に集中するから」

私は机に向かった。この一冊を作ろう。


 ベリル。

これを読む時、何かしら困っているんだと思う。

だからこれを読む時が来ない事を祈る。

魔力の扱いは最初戸惑うだろう、人間で生まれたんだから。

 これは、私が覚えた基礎魔法と私が作ってきた薬の作り方。分からなくなったら読み返せばいい。間違っても突っ走るなよ。


「えーと……」続きは何から書けばいい?どんなふうに書けば分かる?


 魔法使いの髪にはそれぞれの魔力が反映されやすいと言われてる。

 赤ければ赤いほど魔力量は少ないし、青くなればなるほど魔力量は多い。星の光と同じようになっている。

 ただ、金髪だけは金星に見立てられていて別だ。

お前の祖母さんみたいに、時の魔女とか、高度な魔法を取り扱う人が大半。故に特殊な存在として認識されやすい。瞳の色が普通の色や宝石の色ではなく花の色をしているのも特殊な存在と考えて間違いないだろう。

 ただ、人間が魔力を持った場合はこれらは適用されない。生き物として生まれから違うからな。え?他の髪や瞳の色?一般的ってところだな。それだけ覚えておけば魔法使いに会っても苦労はしないと思う。


 そして私は手紙にあたる文を綴った。


 ベリル、ときちんと呼んだこともそう無いけれど、私の本心をここに書かせてほしい。

 朝、お前の挨拶が家の中に響くと今日が始まるんだなと思う。私が薬を作るのに没頭している間に、外に洗濯物が干されていたり、お茶が淹れられていたり、昼食が作ってあったり、いつの間にか邪魔しに来たマイースの相手をしてくれていたり、私が気にしなかった服のほつれを繕ってくれていたり……家のそこかしこにお前を感じる。

 お客が来て、私は半分面倒なんだがお前にしっかりしてくださいなんて言われると少しやる気が湧いたりする。

 初めはなんだこいつなんて思ってた。初っ端から泣いてるし、意地になって明日も来るなんて言い出すし。変わり者も居たもんだなぐらいにしか思ってなかった。

 数日続けて来るようになって、居るのが段々当たり前になってきて、どんな奴かも分かってきて、お前と過ごす時間が好きになってきてた。

 そしたら、依頼が来るようになったじゃないか。驚きもしたもんだけど、私は薬が作れたらなんでもよかった。そんなのはあの王女との出会いと別れですぐ覆った。

 その後も色んな出逢いがあったな。ヘンゼルとグレーテルには手を焼いた。狼が現れてどうしようかと考えた。エボニーに会ったのなんか久しぶりだった。

 猟師が来たのが遅かったのは腹が立った。うちの助手を危ない目にあわせるなんて、何の為に居るんだと本気で思ってた。そう考えるとその頃には私はお前に心を許して自分の助手として大切にし始めていたんだな。まさかピクシーに出会うとも思ってなかった。

 ピクシーの粉が大量に手に入って浮かれて、船乗りのことを見過ごしたりもしたっけ。人間はなんて勝手だろうと思ったりもした、だけど、そんな人間ばかりじゃないと教えてくれた機会でもあった。

 時の魔女にも会ったしな。この1年足らずで本当に沢山の出会いに恵まれたよ。

 この出会いは総じてお前が居たから、あったものだと私は感じている。いちばん出会えて良かった人だ。

 ひとつだけ、レシピを載せておく。作り方も使い方もお前次第だ。

 

 "この世界"

石鹸1箱、青年ひとり、赤い蝋2つ、髪留め1つ、金緑石1つ、アルバム1つ、レモネードひと夏分、ピンクのチューリップ4本、金貨1袋、バスケットいっぱいのフルーツ、お菓子1袋、かぼちゃ2つ、懐中時計1つ、魔動エンジン1つ、そして魔法使いや人間、動物、草木や花、それは星の数ほど。

……そしてベリル。バレッタの宝石言葉そのもののような赤ずきんやつ。お前が全てを彩ってくれた。初めて出会った日に心のくもりを晴らしてもらったのは私のほうだったと今なら思うよ、あの日から世界が動き、色付き出したんだ。いつも言ってなかったけど、感謝してるよ。ありがとう。

 

これが、この世界のレシピだ。

友達や家族、私達もついてる。いつでも頼ればいい。

どうか、歩く力になることを願ってるよ。


書き終わり、ひと息つこうと思ったら既に手もとにアイスティーが置かれていた。

淹れた本人の方を見ると私のワンピースのほつれを直してくれているようだった。

 

「……なぁ」「はーい?」目は合わない。縫う手も止まらないが返事がある。今言えばちょうどいいかもしれない。

「今度の流星群の日、泊まりに来ないか。この前みたいに。ここからなら綺麗に見える」

「えっ!?」いいんですか、と慌てる。私は構わないから誘ってると本心で伝える。

 ただ、何か察知したんだろう。さすが私の助手だな。

「……是非。母に伝えますね」「うん、その日話をしよう」

さっきより力無くはい、と返事をする。

 きっとその流星群の日、私はこのレシピ帳をベリルに渡す。それが最後になるとしても。

 

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