第8話 お菓子1袋、ランタン2つ
残暑もどこへやら、気が付けば季節は秋。
すっかり収穫祭の時期です。
今日は魔女とランタンを掘っています。中身をくり抜いたかぼちゃに顔を下書きして小さいナイフで掘っていく。
こんなことするの久しぶりでなんだか楽しい。
魔女は慣れていないのか案外不器用で、苦戦している。
私は家の手伝いなんかで慣れているので先に完成するところだ。
「もういい、街まで出よう。支度してくれ」
そこには少し不細工なやりかけのランタンと私のランタンが並んでいた。
私は魔女のバッグと自分の出かける支度をしながら並んだランタンを嬉しく思っていた。
「「いってきまーす」」
森を出ると、たくさんの露店が並んで街は賑わっていた。お店の装飾もお祭り仕様で、いつもの果物や野菜もそれだけで違って見える。普段より豪華で特別で、それだけでこんなに楽しい。魔女と歩く市井も初めてかもしれない。
「そこのお嬢さん方、アクセサリーはいかが?」
いつも気さくな小物屋さんに、
「うちのナッツ詰め放題はどう?」
気前のいいナッツ屋さんのご主人、
「クッキーにフィナンシェ、マカロン!焼き菓子は?あんたも営業しな!」
ケーキ屋さんのご夫婦も収穫祭仕様と思ったけどいつも通りね。
魔女と一緒に歩いてても誰も嫌なことひとつも言わない。それどころか魔女にも声をかけてくれる。
「みんなありがとう、また来ます!」
大きく手を振るとみんなも手を振り返してくれた。
道にもたくさんのランタンや飾り付けが施してあって歩いているだけで楽しかった。
中央広場には丸太が組んであって、夕方に火をつけるんだろう。そうすると秋を告げる神様が降りてくるから大人たちは子供を連れて報告や感謝の祈りと春から現在まで収穫した物を供物として捧げに来るという。
本当かは知らないけど、私も昔、母に連れられて訳も分からず大人の真似をして祈った気がする。それに魔女がいる世界だ、神様もきっと居るんだろうな。
「また夕方来るか。一旦帰ろう」「はい」
いつもは私が買い出しを任されたり、配達で届いたりするから魔女は街や市井に行きたくないんだと思ってたけど、案外そんなことないのかな?
どん。突然前を歩いてた魔女が止まった。
「先生?」
魔女はお構いなしにすぐ近くの露店に立ち寄った。
魔女は左手で露天の柱を支えながら右の拳で叩いてる。
「ここ、すぐに外れるぞ。小さい子供も居るんだろ、気をつけた方がいい。誰か工具とか無いか?」
露店の店主はすぐに工具箱を取ってきた。
魔女は無言で工具を受け取り柱を打ち付ける。
「ありがとうございました、気が付きませんでした」
店主は魔女に感謝しながら、ぺこぺこと頭を下げた。
「ここの果物はいつも美味いからな、礼みたいなものだよ」
その時気が付いた。
装飾で分かりにくかったけど、ここはいつも魔女におつかいを頼まれる果物屋さんで、露店のすぐ側には真新しい乳母車が停められていた。
その後も魔女は落ちそうになってるキャンドルを引っ掛け直したり、落ちてきそうな星の飾りなんかを戻しながら歩いていた。魔女は何も言わないし魔法も使ってない。誰も気が付かないけど、誰にも怪我が無いように周りを見て歩いてるように見えた。
背中の向こうで聞き慣れたエンジン音が聞こえた気がして振り返ったけど、人混みからは分からなかった。
こっちも寄ってくかい、と帰り道もたくさんの人に声をかけられ、魔女も私もあとで、と返事をしながら色んな人と色んなランタンの顔を見ながら魔女の家に戻って来た。
「はぁ、暑かった。アイスココアいれてくれ」「はい」
確かに暑かった。人混みのせいかな。一度帰って来て正解かもしれない。
「どうぞ」アイスココアのグラスを置いたその時、魔女が険しい顔をして家の外まで走った。
「さすが気が付くのが早いねぇ」
魔女の後を追って出ると、家の上にはホウキに悠々と乗った黒魔女が居た。魔女はそれに反応したんだ。
「なんの用で家の上に居るんだエボニー」
怯むことなく魔女は問う。
「今、街で騒ぎが起きてる。変な男が露店や通行人に向けて小さい爆発物を投げつけて、ちょっとしたパニックだよ。そこに割れてたけどあんたの小瓶が転がってた。今度は何に巻き込まれてるか心当たりは?」
「そういう事は早く言え!降りるぞ!」
魔女は血相を変えて森を駆け抜けた。私も黒魔女も続いた。
裏手の階段を降りるともう悲鳴が上がってた。なんなの!?
ハハハハと男の嫌な笑い声が響く。その男はどこか見覚えのある顔だった。
パン!パン!とまたあちこちで破裂音がする。その度人々はパニックに陥ってく。
色とりどりの火花が散ってるのが見えた。もしかしてこれは……!
「先生、この人もしかして」「分かってる!」
でも今魔女と私が出て行って、この人を止められる?何が出来る?そんな事を私が焦って考えるうちに魔女は男に近付いてしまった。
「おい!何してる!」やめて。魔女が危ない。
「随分遅かったな、この手榴弾よく出来てて助かるよ」そう言うと男はまた嫌な笑い声を響かせた。
「そんな事の為に作ったんじゃない!お前が港で花火をあげると言うから私は作ったんだ!」
「港で花火?知らないなあ。そんな言い訳通用する訳ないだろこの魔女が!」
今思えばおかしかった。収穫祭で花火が上がったことなんて一度もなかった。新しい試みだと思って私も魔女も疑わなかった。カゴいっぱいのフルーツに浮かれていた魔女も、平和な日常に安心しきっていた私も疑わなかった。
あの時、おかしいと思っていれば。もっと疑っていれば。
「先生、私……ごめんなさい」
「起きてしまったことは仕方ない。落ち度は私にもあるんだ。お前はエボニーとここに居ろ」
子供に言い聞かせるように私の両肩を掴んで目を合わせそう言った魔女は、私を黒魔女に預けた。
「最初からそのつもりで閃光薬なんか頼んだのか」
「当然。お前が作ったのはこの日の為の手榴弾だ。あの日お前は1袋の金貨と引き換えに爆弾を作ったんだ!」
違う。魔女にそんな意図は無い。
「そんなつもりだって知ってたら作らなかった!」
魔女の反論も虚しく男は言い返す。
「どっちだって同じ事だ!依頼人の素性に興味も持たず、不審にも思わないで、魔法で人間を傷つける物を作ったのはお前だ、魔女!」
すると、火が導火線を辿るように周りも魔女が作らなければ、魔女が悪いのではと次々に言い始めた。
どうして?悪いのは閃光薬を人に向けた彼じゃないの?
その火は段々と大きな炎になって、魔女が悪い、魔女を罰しろ、魔女をこの街から追い出せ、そんな罵声として魔女の周りを包んだ。
「違う!私じゃない!私は花火を……」
言い返せば言い返すほど魔女の悪あがきと捉えられ、分が悪くなる一方だった。もう、見ていられない。
私が出ようとしたその時だった。
男の閃光薬を投げる腕を掴んで止めた人が居た。
「あの魔女が悪いわけないだろ!」
配達のお兄さんだった。
「そうだね、無茶苦茶言う時はあるけど魔法の使い方を間違える奴じゃないのは確か。私が言えたことじゃないけど」
私を守ったまま黒魔女がお兄さんに続く。
私も黙ってられない。
「先生はあなたに頼まれたブースト剤を作ってる時に言ってました。魔法が綺麗なものだと言われる為には正しく使うんだって。すべては使いようだって。だから間違った使い方させる為に作るわけない!あなたは間違いなく花火の為の閃光薬を依頼してました。私覚えてますから!」
男は黙る。
「そうよ、うちの子に気が付いて露店を修理してくれた人が悪い人なはずないわ!」
それは、昼間の果物屋さんの奥さんだった。
果物屋さんに続いて色んな声が上がった。
「あの人さっき露店の飾り直してたよ!」
「私も見た!キャンドルなんて落ちたら火事になるよね」
「星型のガーランドを直してるの見たぞ!もし誰かに当たったら痛いよな」
「消えてるランタンに魔法で火をつけてるところ見たよ」
「いつも注文と手紙貰ってるよ、必ずありがとうって手紙をくれるんだ」
それは今日の昼間だけではなく魔女が少しずつ、でも確かに関わってきた人達だった。中には私が知ってる子も居た。
ずっと黙ってた魔女が口を開いた。
「目的はなんだったんだ」
男は答えない。
「もう一度だけ聞くが、こんなことした目的は?」
「……畑や山は良いよな。それだけ収穫があって。」
男は俯いたままぽつぽつと話し出した。
「畑や山の収穫がそれだけいいと、海はまったくなんだよ。気付いてたか?今年の露店に港からのものがほとんど無かったこと。港の方に出ると飾り付けが簡素なこと。どうせ気が付かないよな。不漁でなかろうと目を引くのは山のものとかばっかりだ。しかも今年の不漁具合はどうもおかしかった。だから俺は調べたんだ。そしたら港から海へゴミが流れてたんだよ。そのゴミはどこから来たと思う?街で売ってる物の残骸ばっかりだ。みんな海が綺麗だの魚が美味いだの言うくせに自分たちで悪くしといて、初めは気にもしない、だんだんと不漁な事に文句をつけはじめて、最後に見向きしなくなるんだ。自分たちのせいとも知らないで。信じられるか?俺たちはピエロになるために船乗りやってるんじゃないんだよ。魔女、あんただって俺が船乗りとも気付かなかっただろ」
涙が滲む声で訴える男の話はすごく悲しかった。
私と魔女は中央広場までしか見なかった。それは海のものへの無関心だったのかもしれない。
オーロラと港へ行った時はもっといつも通りの陽気さがあった。その時の私たちは自分が出したゴミをゴミ箱に捨てていたけど、周りはどうだっただろう。そんな事考えもしなかった。
「そうか、その辺はガルディアンや街の人たちで何か改善策でも考えたらいい。私は立ち入れるところではないね。それに私の薬にも決め事はあってね、薬は受け取った時点で私は一切責任を負わないんだ。例えばお前は金物屋で包丁を買った後料理に使うか、凶器にしてしまうか、どちらでもない使い方をするか。本来の使い方をしなかったところで金物屋に罪はあるか?無いだろう。うちと助手がちらっと言ったけど、手に渡ったらすべては使う人次第なんだよ」
「な、なんだよそれ!そんなの無責任だ!」
「はあ?今のお前の話を聞くに無責任なのは港を汚した誰かさん達だろ。そして騒ぎの責任の所在を私に押し付けようとしたお前自身だ、他にやりようはあったはずなのに」
「そん、な……」
へたりこんだ男の後ろにガタイのいいお爺さんが立った。
「ホリゾン、何してる」
男の肩がびくっと跳ね上がる。
「船長……」
男の顔は海より青かった。
「せっかくの収穫祭でお騒がせしまして、皆さま本当に申し訳ない。ただ、船乗りとして思うところは確かにあるので、魔女様の仰ったようにガルディアンの方にでもお話します。このバカの処分はひと月給料無しとしますので、ご容赦ください」
船長は深々と頭を下げ、張本人の頭を力づくで下げさせていた。
「えっ船長、俺給料無いんですか!?」
「黙れこのたわけ!どれだけ迷惑かけたと思ってる!」
男は船長に引きずられながら街をあとにした。
男の姿が見えなくなって、全員ほっとしたのか魔女のもとに駆け寄る人も多かった。後ろの方では少し気まずそうにしてる人も居たけど、魔法使いが良く思われないのはきっとどの時代もそうなんだろう。自分たちが理解出来ない力を使ってる。それは素敵に見えることもあれば不気味に見えることもあるんだ。私には素敵なものでも。
そしてあの見覚えのある水色のショートカット。私は声をかけた。
「イリス、だよね?」
少女は振り向いた。
「ベリル、ごめん。また下手なことやっちゃったかな?」
また……。あの時を思い出す。私が眼鏡をかけるようになったきっかけだった。イリスと私はクラスメイトだ。
「ううん、そんな事ない。あの人のちからになってくれてありがとう。私今あの魔女に付いてるんだ」
「学校は、もう来ないの?」
それは考えた。もう何度も。幸いこの国は学校に行くのは義務じゃない。行っても行かなくてもいいけど、行った方がいい。それだけ。
「家のこともあるし」
嘘じゃない。でも、本意でもなかった。
「そっか」
イリスは気まずそうに俯いて、何も言わず人混みの中に姿を消した。
私もなんだか気まずさが拭えなくて、魔女を探すと面白い光景があった。
「先生何してるんですか?」
「笑ってないで助けてくれ。子供に菓子をねだられてるんだけど、今は持ってなくてさ。あぁ、泣くなよー、こんな小さいの相手した事ない」
子供たちに囲まれて困惑する魔女が見られると思わなかった。
「でもお前ん家にあるんだろ」「……あるけど、なんだよマイース」「連れてけば?親と一緒に。遠くないだろ?」
お兄さんの提案もあって魔女の家にみんな連れてくことに。
「先生、グレーテル達の相手は出来てたじゃないですか」「あれより小さすぎなんだよ」
意外だな。か弱い存在がだめなんだろうな。そんな事を話しながら魔女の家に着くと最初にお菓子をねだっていた子を先頭に短い列が出来ていた。
「ちょーおーだい」
なにか言えばいいのだけど、魔女はなにも言えないまま女の子にお菓子を1つ、おそるおそる渡した。
女の子はお母さんに促されながらありがとうと笑顔を見せた。
そうして一通り子供たちにお菓子を配り終わるとお母さん方が話しかけに来てくれた。
「うちの子収穫祭初めてで、親切にありがとうございました。騒ぎに巻き込まれたり大変でしたね、なんともなくて良かったってみんなで話してたんです」
魔女が1番相手にしなさそうな話ではあるが、騒ぎの直後だったからか、魔女は大人しかった。
「そうか、ありがとう」
今までの魔女ならみんなって誰だとか、親切のつもりはないとか、何かしら噛み付いていたと思うし、誤解を招く言い方したり、ありがとうの一言さえ出なかったと思う。
でもきっと、子供とも大人とも、人間とも、魔法使いとも関わって魔女の中で何かあったんだ。
海は不漁だったかもしれないけど、魔女の家も
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