第5話 レモネード6杯
窓の向こうからカンカンの日照りが差す今日この頃
魔女は茹だっていた。
私だって汗ひとつかかないわけではないし、魔女の気持ちも分かる。だが、
「もうっ、先生!来客用のソファや床でごろごろするのやめてください!」
「暑い〜…」
このままでは魔女は大釜の前に立たなくなってしまう。
仕方がないので私が調合をしよう。
まずは朝採れたばかりのレモンをよく洗いスライスにする。
大きめの瓶にたっぷりの蜂蜜で浸して暗所でしばらく置く。
ガス入りの水なら食料庫にまだあったので、後で合わせようと思う。
「何してるんだ」魔女が興味を示す。
「私なりの調合です」私が得意げに返すと、魔女は人間に出来るはず無いのにと言わんばかりの顔で、怪訝そうにこちらを見る。
言葉数は少ないけど、案外分かりやすい人だ。
ひとによっては失礼にも思われるだろう。
ちょっと意地悪しようかな。
「いいです、そんな顔して見る人には出来上がってもあげませんから。折角美味しいレモネード作ったのに独り占めでいいのかなあ」
視界の端で慌てる魔女が口を開く。
「ま、待て。誰も飲まないとは言ってない」
もうひと押し。
「それがひとにものを頼む態度ですか?」
魔女はバツ悪そうに言う。
「悪かった、だから飲ませてください…」
「最初からそのつもりですよ」私が笑顔で返すと魔女は気が抜けたのか床にへたりこんだ。
「お前段々図々しくなってきてないか?誰に似たんだか」「何か言いました?」「別に」
私も魔女も互いを理解してきたのか、こんなやり取りも増えていた。
バン!
突然開く扉。そこには逆光ではっきり見えないが私の腰までしか無さそうな、小さいシルエット。
「薬を作ってくれる魔女はここか?」幼い声の強気な依頼。
「先生、お客様みたいです。」「ったく」「ほら、しゃんとしてください」
魔女は気だるそうにいつもの椅子でゆっくりと姿勢を正す。
私は依頼主に近付いた。
そこに居たのは金髪の少年。背丈は本当に私の腰ほどしかない。
そしてさっきは見えなかったが少年の後ろにもう一回り小さな栗色の髪の少女。少女の瞳は赤かった。
「こちらへどうぞ」
兄妹だろうか、妹と思われる少女は少年にぴったりくっついて離れない。2人はソファに腰掛ける。
魔女が訊くより早く、少年は再び強気に話す。
「ぼ…俺はヘンゼル。こっちは妹のグレーテル。俺たちの話を聞いて、薬を作ってほしいんだ!」
ヘンゼルは言葉は拙いながらも一生懸命話してくれた。
ヘンゼルの話はこうだった。
4日程前、狼が街に降りたと騒ぎになって、見に行くと街をうろつく灰色の狼が居た。何か探しているように見えたので勇敢にも話しかけたそう。狼は人を探しに街へ降りてきていたので、それを2人で手伝うから町を荒らさないでほしいと交渉したらあっさり承諾されたらしい。
そこから兄妹と狼は仲良くなったが、未だに探し人は見つかってないらしい。
「探し人が見つからないのも困るし、見つかっても帰ったら嫌だなって…。ずっと一緒に居られる薬とか無いかな?ぼ、俺たち家も追い出されちゃったし行く所がない。闇市で売られるのも、孤児院でグレーテルとばらばらになるのも嫌だよ。お願いします助けて!」
「ところで、探し人の特徴とかってわかる?」
兄妹は口を揃えて言った。
"スズメのネコノケ、エメラルドのメ、ラズベリーたれるアカのアタマ"
たぶん魔女も私も同じ事を考えた。
狼が探しているのは私だ。
拙い呪文みたいだけどそれはすべて以前オーロラが私に言った褒め言葉と相違なかった。
"猫っ毛も愛らしくて雀色の髪に木苺みたいなバレッタが合ってるわ。瞳もまるでエメラルドみたいに深い緑でそばかすだって愛らしくて素敵。"
魔女の顔つきが変わる。
「分かった、薬は作るし帰る家が無いならしばらくここに置いてやる。ただ、対価を支払って出て行くこと。面倒はこれが見てくれる。」
兄妹の視線は私に向く。
「これってなんですか!なんで私なんですか!?」
「私に子供の世話なんて出来るわけない」
そんなこときっぱり言わないでください。言葉にする気も最早起きなかった。
でも魔女がどうしてそんな面倒を自ら受けたか分かる。
私の為、ひいては魔女自身の為だ。不安要素を目の届くところに置いておく方が安全だと判断したんだろう。
私は魔女のリフレッシュと兄妹へのもてなしも兼ねてさっきのレモネードを出した。
ガス入りが苦手だといけないので、兄妹の分は普通の水で割り、ストローを差してテーブルに置く。
魔女の手元にも置くと見もせず飲んだがその直後。
「あっ、お前これ…分け前が増えたじゃないか」
子供を前に何を言うかと思えば。
「先生が誰よりも子供でどうするんですか。先生はいつだって飲めますから、ほらもう!」私は魔女を兄妹の方へ向き直らせた。
ずっと黙ってた少女が初めて口を開く。
「ジュースおいしい。ありがとうおねえさん」
『可愛い』を致死量に浴びて誘拐されるんじゃないかと心配になってきた。それほどまでに少女は可愛い。
よくよく見れば外見から可愛らしいのだ。
栗色の胸まである長い髪は2つの三つ編み。
丸襟の白いブラウスとエプロンは朱色のフレアスカートを際立たせる。まるで生きる
すると少女がポシェットから何か取り出し魔女に渡す。
「はい、これどーぞ」それは夏の日差しをたっぷり浴びて
溶け溶けになったひと粒のキャラメルだった。
「グレーテルからのお礼だから受け取って」
少年は妹の意図を伝える。
私は溶けたキャラメルを受け取った。
「こちらこそありがとう」
少女は人見知りがとけてきたのかにこっと笑い返してくれた。
少女はそのまま私に歩み寄り「あそぼ」と誘ってきた。
私はそのまま別室で少女の相手をすることにした。
ひとり残された少年は魔女にこう言った。
「もうひとつ聞いてほしい!妹のことで…」
「聞かせてもらおう」魔女も何かあるようですぐに応じた。
10分近く遊んだだろうか。少女の様子はまだ少し表情は硬いがどこにでもいる子供で、今はボールを追いかけてはしゃいでいた。
ああああああん!
一瞬目を離した隙に少女は泣き出した。
なかなかボールを掴めずそのまま転んだらしい。
私がちゃんと見てなかったせいだ。
「おにいちゃああん、おにいちゃんがいいー」
空間が歪んだような感覚がする。
少年を、呼ぼうか__
「おねえさんだめっ!」飛び込んできたのは少年だった。
少年の後ろには血相を変えた魔女も居た。
私、何を考えてたっけ?
「なんともないか」「は、はい…」
気付けば少女は宥められ泣き止んでいた。
少年は私に近付いて
「グレーテルのこと、ありがとう。それにごめんなさい。早く話せばよかった」と言い残し少女の隣に戻って行った。どういう意味?
話も終わったようなので、私は兄妹を呼び約束をした。
「私毎日朝の9時以降に来るの。帰るのは夕方17時。それ以外の時間に何かあれば先生に声をかけてね。私が居れば私に声かけて。いいかな?」
2本の短な小指は私の小指に絡められた。
兄妹と過ごす夏休みが始まった。
私は子供の相手は下に兄弟が居るのもあって得意だった。兄妹とはすぐに打ち解けた。
2人は私を"べりるちゃん"と呼んで駆け寄って来たり、ついてきたりする。帰り際は後ろ髪を引かれる思いだったが、私だって門限までに帰らなければ明日魔女の家に行けるか分からない。
就寝前、リュックを開けてみると魔女の走り書きが入っていた。
__あの妹は能力持ちだ。兄の方から話を聞いたが、おそらく思念がとても強い。本人に自覚は無いのが厄介だ。
周りを思い通りに動かそうとする。
お前もあの子が泣いた時、言う通りにしようとしただろ。今はそんなレベルで済んでるがもし暴走したら誰も無事じゃないかもしれない。
魔法使いも人間も、当然能力持ちもそんな事したら大罪だ。あの妹になるべく思念を使わせないか、兄とセットで居させるようにして面倒を見てくれ。頼んだ。___
あれはそういうことだったのか。だから少年を呼ぼうと思ったんだ。明日への不安と期待を胸にその日は眠りについた。
翌朝。
不安もありながら子供は好きなので期待を胸に魔女の家に着く。
「おはようございまーす」
魔女は机に突っ伏して寝ていて、兄妹もまだ寝てるのか姿は見当たらなかった。
そして3人に朝ごはんを食べさせ、兄妹と遊んでいると
「べりるちゃん、今日お昼から友達と街に行くよ。ついてくる?」
その友達ってもしかして昨日言ってた狼なのでは。察した私は「私はここで待ってるね」なんて言ってしまった。行ったらどうなるのか考えたら恐ろしかった。
「そうだぞヘンゼル、これは私の助手なんだから居なくちゃ困る」「だからこれってなんですか!」私は魔女の助け舟に感謝した。魔女は話し続ける。
「グレーテル、あっちの部屋にクレヨンが出しっぱなしだよ。持って来て仕舞いなさい」兄妹はきゃっきゃと部屋を出て行く。
「兄妹はまだ探し人がお前だと気付いてない。いいか、聞かれてもシラを切り通して、何も気取られるなよ。特に妹の方は危ないから気をつけろ」
「もし、バレたら?」考えたくないけど、知っておきたい。
「子供は無垢に残忍なとこあるからな。狼にお前を差し出すだろう。それが何を意味してるか理解はしてないだろうけどな」背筋が凍った。
ドタドタドタ
2つの足音が帰って来る。
気合いを入れ直し、さっきまでと変わらない態度で兄妹に接しよう。
正午を過ぎるとみんなでお昼ごはんを食べ、兄妹は出かけた。家では魔女が大釜をかき混ぜている。いつもの風景だ。それに安心したのか私は少しの間うたた寝をした。
そんな日々が数日続き、魔女と私の疲労はピークが近かった。
「べりるちゃん」話しかけてきたのはグレーテルだった。
「きのうね、まちでね、きいたの!」珍しくグレーテルは興奮している。
「何を聞いたの?」兄妹は声を揃えて言った。
「「お菓子の家!」」
2人の話を聞くとこのネージュの森の中にお菓子の家が現れたと言う。そこに狼と住むからここにお世話にならなくていい。そんな不安定な話だった。
食べたらなくなっちゃうんだよー、と言いくるめてその場を凌いだが、兄妹もずっとここに居られないとは思っているようだ。
魔女がひどく怪訝な顔をして、手紙を書き始めた。
魔女はその手紙を折って外へ出た。
「ったく、この暑いのに。」ホウキに跨りそのまま
「飛んだ…!」
一緒に過ごしてひと夏。飛ぶところを見たのは初めてだった。本当に魔女なんだ、と謎の感動があった。
魔女はホウキから森を見渡し紙飛行機型に折った手紙を構えて詠唱した。
「目指すべき場所を目指し、その者のもとへ…
紙飛行機はヒュンと飛んで行き、1ヶ所を指した。
「そこか」
__翌日。
魔女が昼寝から起きて、私は呼び出された。
「この森に新しく棲みついた魔女が居る。まぁ人間で言うところの黒魔女、闇魔法を扱う奴のことだな。
そいつがあの兄妹の話を聞きつけてお菓子の家を罠として作ったらしいんだ」
あの2人が狙われてる?
「まぁ、その計画は辞めさせたんだがな。その黒魔女は一応私の旧い知人でね。大掛かりな魔法で作ったから暫く消滅させることが出来ない、毒は無いから食べてなくしてくれって言うからあとで狼と兄妹連れて行こうと思ってる。もちろんお前は来なくていい。来るなら準備が要る。どうする?」
多すぎる情報量になんだか頭がついていかないがきっと、兄妹と居られる最後になるだろう事だけ理解した。
「行きます。私は何をしたらいいですか?」
「言うと思ったよ、家を1歩でたらすぐこれを飲め。それだけでいい」
手渡されたのはいつもの瓶に透けた桃色の液体が入ってる。
「姿隠しの薬だ、不味くても一気飲みしな」
けらけら笑って魔女は兄妹が待つ部屋へ先に戻って行った。
私はリュックに薬をしまい、魔女に続いた。
今はこの時間を噛みしめよう。きっと兄妹と居られる時間はもうすぐ終わる。
この数日間接してみてヘンゼルはだいぶ印象が変わった。
最初はとにかく強気でちょっと偉そうな物言いだったけど、後にそれは魔女が怖くて張ってた虚勢だったと分かった。本来ちょっと臆病なんだろう。優しい年相応のいいお兄ちゃんだ。
グレーテルは能力の事があるにしてもとにかく愛くるしい。まだ舌っ足らずな発音も、ちょっとおっとりしてるところも、守ってあげたくなる妹だった。
なによりこの2人はお互いが大好きで、狼の話をよくしていて、狼のことも好きなんだなと伝わる素直さがある。
狼と生きていくなら私はもう2人に会えないかもしれないけど、私が忘れなければいい。それだけのこと。
「このあと行くの?お菓子の家?やったー!」
ちょっと寂しいな…。
「出かけるぞ」魔女が声をかける。
家を1歩出て、私は薬を飲み干した。少ししょっぱかった。
魔女の家から南へ2時間ほど行ったところにそれはあった。
「すごーい!」「お菓子の家だ!ほんとに食べていいの?」
喜ぶ2人を見ると連れてきて良かった。
その気持ちが湧いたことに私は安心していた。
道中合流した狼も、体こそ大きく銀混じりの灰色で、爪も牙も鋭いけど、2人に向ける目が優しく、狼らしからぬ性格で、表情豊かで朗らかだった。人見知りなグレーテルも、もちろんヘンゼルもよく懐いている。
お菓子の家のそばには不釣り合いな黒いロッキングチェア。
魔女が座面をノックするともう1人魔女が現れた!
黒魔女という言葉がぴったりな黒いロングヘア、前髪は鼻の頭まで長くぼさぼさとしていて、髪の隙間から灰色の瞳が見える。血色のない薄い唇。ゴシックなダークグリーンのドレス。いかにもって感じの黒魔女だ。
「久しぶりだねエボニー」「ひとの名前を明かすな」「
魔女2人は意気が合っていて、その場面だけで旧い仲というのがよく分かる。
黒魔女は話し出す。
「色々珍妙なのを連れて来たね」
確かに、妙なめんつではある。
子供2人と灰色の狼、魔女、姿を消してる私。
「それで?お菓子の家をなくすからどうしろって?」
魔女は黒魔女に巻いた紙をぽんと無言で渡した。
黒魔女はそれを読み始め、わなわなと震えだす。
「おいこれっ!契約書じゃないか!」契約書?
「なにか?」魔女はあさっての方向を見てすっとぼける。
「なにかじゃない!たまに連絡寄越したと思ったらお前はこんな面倒事を!」怒る黒魔女をよそに魔女は
「あとから棲みついたそっちが悪い」とだけ呟いた。
痛いところをつかれたのか、黒魔女はロッキングチェアに座り直し手招く。
「そこの狼ちょっとおいで」「はいぃっ」狼は黒魔女に恐る恐る近付いた。
「あんたそこの子供たちとずっと一緒に居たいんだってね」狼の顔つきが変わる。
「私ならそれをずっとさせてやれるよ。その状態を永久維持だってしようと思えば出来る。まぁ子供たちがいつかどっか行くかもしれないけど。どうする、私の使い魔として契約するかい」狼はうんうん唸った末
「使い魔って何するんですか」と黒魔女に訊ねた。
「簡単に言えば私専用パシリだね。指示されたことをやる。命の危険になるような無茶振りはしないけど、ある程度の無茶振りに答えてもらうこともあるかもね。その代わりあの子たちと居られる環境を提供するし、お菓子の家の作り方を教えたっていい。あんたの困り事を聞いてやる日もあるかもしれない」ま、そんなもんかと黒魔女は一通り言い終える。
狼はお菓子の家の中に入って行った。
気になって後ろから見ていると狼には家が小さいのか、しゃがみこんで兄妹とよく話してる。
ヘンゼルなんて狼の口にビスケットをあーんと食べさせている。グレーテルも続いた。2人の頭を大きな肉球でぽんぽんと撫で、狼は出て来た。そしてヘンゼルがついてきた。
「ねぇ狼さん。これ、グレーテルと3人で飲まない?魔女さんにもらったずっと仲良くいられるジュースなんだ」
ジュースを包むヘンゼルの小さな両手は震えていた。
よほど勇気がいったんだろうな。優しい狼だから受けるんだろう。誰もがそう思っていた。
「ううん、いらない。そんなのなくたって僕たちはずっと友達だ。いつまでも君たちのそばにいるよ!」そう言ってヘンゼルの小さな体を持ち上げて最高の笑顔を引き出した。グレーテルもやってきてわたしもとねだる。
最後は3人で抱きしめ合っていた。
狼は黒魔女に向かって言い放った。
「この幸せが続くなら、使い魔にぼくはなります」
黒魔女はにまにまと笑う。
「いい覚悟だね。そういうのは嫌いじゃない。私だってこんな面倒事と思ったけどあんた達の絆に免じて私も一緒に居ようかね。あんた名前はあるの?」「ヴォルフです」
黒魔女は枝で地面に何か書き始めた。
それは少々歪だけど、確かに魔法陣だった。
「ヴォルフ、そこの真ん中に立ちな」
狼は真ん中にぴしっと立った。
黒魔女はひとつ咳払いをして、さっきの契約書を掲げた。
「魔法樹の名のもとに、我の
魔法陣が強く光り狼を包む。
「これであんたは私の使い魔だよ、頼むよヴォルフ」
「はいっ!」
また1つ別の絆が生まれたようだった。
狼の左耳には黒いフープピアスが2つ着いていた。
「これは?」
「私のだって印みたいなものだね。守る者の数だけ着けた」
それは狼がヘンゼルとグレーテルといつまでも一緒だという証のようだった。
そこに割って入ったのは魔女。
「あー、ところで狼。探し人が居るんだってな。」
待って!何を言い出すのこの人は!折角いい感じだったのに!私は内心大焦りだ。
「はい、いました。でもその
狼は誰より冷静に返した。
「そうだな、そうしな」魔女の素っ気ない返事にも狼は笑顔だった。
「あとはグレーテルだな。おいで」魔女が手招く。
チョコで口周りがべたべたのグレーテルが小さな歩幅で魔女に近付く。
グレーテルはにこにこと上機嫌だった。
「ハンカチはあるか?まず口周りを拭いて、これを飲みなさい」
グレーテルは口を拭き、チョコの髭が伸びたけど、魔女から自分の瞳と同じルビー色の小瓶を受け取った。
「これなーに?」魔女は少し悩んだあと答える。
「今日はいい夢が見られるおまじないかな」
グレーテルはよく分かってないようだったけど、
「なにあじ?」「苺味かな」そんなやり取りの後すぐ「のむ!」と言って、ごくごく飲み始めた。
出かける前、私はあの薬について説明を受けていた。
あれはグレーテルの能力が安定するための薬だけど、
効果が一時的なため、訓練が要るという。
グレーテルは夜、うなされるか泣いていたらしい。それは能力の不安定さから来るものだった。だから魔女の説明もあながち嘘ではない。
しかもその能力に目をつけた誰かがグレーテルの能力を自分のものにするために呪いをかけていたという。
その呪いはグレーテルが寝てる間に魔女によってあっさり解かれていて、問題は無かった。
実はさっきの狼との契約書にグレーテルの能力に関しても練り込まれていて、黒魔女はそれを承知で兄妹と狼を引き取ってくれるらしい。うちの魔女よりよっぽど優しいかも。
グレーテルが空いた小瓶を魔女に渡す。
「おいしかったよ」魔女は照れくさいのかグレーテルの頭を撫でた。
グレーテルは嬉しそうにヘンゼルのもとへ駆けていく。
黒魔女が立ち上がる。
「ヴォルフ、ヘンゼル、グレーテル。これから私たちは一緒に暮らす。私がママ役をやる。ヴォルフはペットか?
だから、今から一緒に帰るよ。ちょっとここから遠いけど、会いに来れなくもないよ。南の街のはずれ。来てもらってもいい。どうせヴォルフにやらせるし」
狼はその大きな図体でおろおろしていたがみんなが笑うと一緒に笑っていた。
狼は兄妹を抱え、黒魔女は狼の手を引き、森を降りていった。
黒魔女は一切振り返らなかったが兄妹と狼は見えなくなるまで手を振ってくれた。
もう、お菓子の家は無い。また作られる事もない。
でもまた会えるよね。
「私たちも帰るぞ」「はい」
帰り道、私は魔女に色々質問して不安を誤魔化していた。夜はどう過ごしてましたかとかそんな事ばかり。
そして肝心な対価のことを訊いてみる。
「あぁ、それならヘンゼルに渡した物だと狼から爪と抜けたしっぽの毛を貰ったよ。いい材料になるからな。グレーテルの薬は、呪いがかけられてただろ、あれはノロイムシって虫を使ってたからそれをそのまま捕獲して、貰った。だからちゃんと支払われてる。」
いつの間にか、支払いは済んでいた。
魔女もきっと長く引き止められないのが分かっていたんだろう。
……。
一瞬の静寂。なんだか気まずくてそういえば、と話を振る。
「でも、薬を作っても使われないことなんてあるんですね。先生からしたら作り損ですよね」
「いや、こういうのは損とは言わないんだよ。私は責任を負わないから、渡したら最後。手に渡ってその人がどうするかはその人次第。だからいいんだ。」と薬作りをする矜恃を垣間見る。魔女の顔はなんだか晴れ晴れとしていた。
魔女の家に着いたが、もう夕方だ。寂しい気持ちは残るけど私も帰らないと。
「暑い。レモネードいれてくれ。お前もどうだ」「はい、暑いですからね」
ふたつのグラスがカランと鳴った。
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