第41話

 今日は川原で遊ぶ約束だ。念のため着替えを持って、短冊山の上流へ向かった。


 お昼は、川田と茅野が作ってくれるらしい。


 それを楽しみにしながら石ころだらけの川原を歩き、涼むのにちょうどいいスポットを見つけた。


 この間の大雨のせいで、川辺に俺たちの身長をゆうに超える巨大な岩が流れ着いていた。それが少し速い川の流れを塞き止めて、大きな水たまりを作っている。


 しかし完全に川の流れを遮断していないから、水たまりの中には冷たい水が流れてきており、小さな魚もたくさん泳いでいる。


 泳げるくらいの広さがあるが、流れていないし足がつくから安全だ。俺たちはそこを拠点にすることに決めた。


 子どもの遊びだと思っていたのだが、最近は川アクティビティという形で流行っているようだ。


 アクティビティもなにも、自然しか遊びがない俺たちにとっては、日常の一部でしかない。


 持ってきていた蚊取り線香を風上に設置し、みんなで魚を見たり、追いかけていたりして遊んだ。


 疲れてくると、上杉が俺をずぶぬれにする作戦を企ててきた。


「うわ、やめろよ……」

「いいじゃん、髪も短いしすぐ乾くぞ」


 上杉に水をめいっぱいかけられて、俺は瞬時にびっしょりになった。


「浩平って、いつまでたっても頭の中が小学生よね」


 茅野と一緒に岩に座っていた川田は、あきれたと言わんばかりだ。


「一緒にどう?」


 誘ってみたが、川田にしっしとされてしまった。


 二人に少しだけ水をかけてから、俺は上杉に逆襲する。後ろから川田がブーブー言う声と、茅野の笑い声が聞こえてくる。


 俺はありったけの力を込めて上杉に水をかけた。結果、一分も経たないうちに二人とも体勢を崩して水にぼちゃんした。


「お昼にするわよー!」


 川田と茅野は岩場を上手く利用し、昼食の準備をしていたようだ。


 俺がそっちに向かうと、上杉も後ろから水をざぶざぶかき分けながらやってくる。また水をかけられるに違いないと、振り返りながら身構えた。


 ところが「げ!」という聲とともに、川底の石に足を取られて、上杉はずっこけてびしょびしょになっていた。


「なにしてんの? 早く来ないと全部食べちゃうから!」


 川田が怒っている。俺は腹を抱えて笑いながら岸に上がった。悪態をつきながら上陸してきた上杉は、落ち武者みたいになっていてかなり面白かった。


「腹減ったぁ」

「たくさん作ってきたから、安心して食べて」


 上杉はどうやら体力の限界らしく、黙々と川田と茅野の作ってくれた弁当を食べ始める。


 サンドイッチとおにぎり、それからサラダ風春巻きみたいなのが入っていて、どれもおいしかった。


 俺と茅野の向かいで、川田と上杉は言い争いをしている。口喧嘩と言ってもいつものことなので、いたって普通の光景だ。


 俺は隣でサンドイッチをもぐもぐしている茅野を見下ろした。


「これ朝から全部作ったんじゃ、大変だったんじゃない?」

「琴ちゃんの家に泊ったの。昨日の夜から準備したんだよ」


 まさか、茅野が川田の家に泊ったとは。驚いていると、茅野は嬉しそうな顔をする。


「あのね、生まれて初めて、友達の家に泊めてもらったの」

「生まれて、初めて?」

「うん。今まで、そういうの許されなかったから」


 そういえば、茅野の家は複雑な事情があるんだった。忘れてしまいがちだが、茅野は実はお嬢様なのだ。


「楽しかった?」

「すっごく楽しかった!」


 夜通し二人で話をし、一緒にポップコーンを食べながら映画も観たらしい。


 俺たちが当たり前にできることが、茅野にとっては特別な経験だったようだ。


「今までダメだったのに、よく許してくれたな」


 疑問を口にすると、茅野は一瞬困ったように喉を詰まらせた。


「……まさか、無断外出した?」

「成神くんは、なんでもお見通しなんだね」

「驚いた。茅野が不良少女になっちゃった」


 不良じゃないよ! と茅野が突っかかってくるのが面白くて、俺はついからかってしまいたくなる。


「そんなことして、今日の川遊びもほんとはダメだったんじゃない?」

「書置きを残してきたから、大丈夫」

「書置きって……昭和かよ」


 お手伝いさんは黙っていてくれると思う、という茅野の言葉を俺は信じることにした。


「なにかあればうちに来ていいからな」

「うん、ありがとう」


 川田家も安全だが、成神家だってなにかの役に立つはずだ。


「おいこら、二人でなにイチャイチャしてんだよ」


 急に上杉にいちゃもんをつけられて、「どっちがだよ」と俺はすかさず返していた。


「こら茅野ぉ! お前ちっとも濡れてないじゃないか! 川だぞ、川! 飛び込め!」


 食べ終わって小休止したあと、上杉の矛先は茅野に向いたようだ。


 上杉は茅野をひょい、と担ぎ上げたかと思うと、目を白黒させている彼女を水中に突き落とした。


「浩平! なにしてんのよ!」

「慌てるなって。ちゃんと手、持ってるから」


 川田が悲鳴を上げたのだが、上杉はちゃんと茅野の安全を確保していた。


「上杉くん、やったな!」


 川底に尻餅をついていた茅野は、飛び上がって起きると上杉に水をバシャバシャかける。


 反撃を予想していなかった上杉は見事に倒れこむ。追い打ちをかけるように茅野は水をかけていた。

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