第40話
予定が決まっていない日にちに、さらに計画を詰め込もうとしている。
「だから、ここは絶対みんなで――」
上杉の言葉をさえぎって、誰かがものすごい勢いで階段を上ってくる音がした。
「なんだよ、薫のやつうるせぇな」
上杉は姉に文句を言うために、部屋から出ていこうとドアを開けようとした。ところが、信じられない勢いで人が飛び込んできて上杉を弾き飛ばした。
弾丸よりもすごい殺傷能力で登場したのは、上杉の姉ではなく川田だ。
「どうして私になにも言ってくれなかったのよ! 浩平のバカ!」
触ったら今にも爆発しそうな川田をなだめ、上杉は卓上のスケジュール表を指さす。
「どーだ、ここまで決まったんだぞ」
「なにこれ? あんたたち、宿題はどうするつもりなのよ? こんなんじゃダメに決まってるでしょ!」
川田はものすごい勢いで予定をすべて整理し始める。
彼女が整えた計画では、勉強会の数が格段に増えていた。明らかに上杉がブーイングしたが、川田は完全に無視した。
「どっちにしても……これじゃあ、まるで毎日あんたたちと一緒にいるみたい」
「まーいいじゃんか! それもまた楽しいだろ!」
上杉が川田の肩を抱いてはしゃぐ。川田の顔が赤くなったのを、俺と茅野は見逃さなかった。
小学校の宿題で出る絵日記がもしも今出されたとしたら、俺たちの内容が一緒になることは間違いなかった。
「……亜子」
川田は上杉を引きはがす。やっとイライラが治まったのか、真面目な口調だ。
「あのね、言いにくいことがあっても、迷わずに言ってほしいの」
川田は茅野をまっすぐ見つめる。
「私たちは友達だよ。だから、いろんなことを打ち明けてほしい」
「うん……うん、わかった。ありがとう」
茅野は声にならない声を出すと、川田に抱きついて泣き始めた。
川田ももらい泣きしそうになって、こらえようと必死になっている。
「本当は、まだどうしていいのかわからないし、心がごちゃごちゃしているのよ。でも、開発を許せなくても亜子を責めたりしない。私は、そう決めたの」
川田の決意は固かった。
きっと、川田だって苦しい。村を大事に思っているからこそ、つらさは別格のはずだ。それでも決めたのだ、受け入れることを。
「木を見て森を見ずになってはいけないと思うの」
村の有力人物の娘たる発言だ。俺は、彼らと同級生であることを、心から誇りに思った。
「川田、上杉。今さっき茅野には言ったんだけどさ。俺、今年の斎主するつもりなんだ」
俺が切り出すと、上杉も川田も驚いた顔をした。
「ナルが!? 斎主を?」
「それ本当に決まったの?」
よっぽど珍しかったんだろう。上杉は興奮して顔を真っ赤にし、川田の涙は引っ込んだ。
「そういえば髪を切ったんだね、成神くん」
上杉も川田もハッとする。
成神家の人間が髪を切るのは、斎主として鯉神様にそれを捧げるからだ。村で、そのことを知らない人物はいない。
俺は頷くと姿勢を正して頭を下げた。
「謹んで務めさせていただきます。どうか、良いお参りになりますように」
預かっている鯉神様を、各々の家に帰す時の奏上だ。
上杉家も川田家も庭に池はあるけれど、俺はあえてこの言葉とともにお辞儀する。
みんなの願いが叶いますようにと、心を込めた。
*
そして、あっという間に時間は過ぎていった。
俺たちは勉強するときまで一緒で、公民館の端っこの椅子を占領して、黙々と(上杉はうなっていたけど)勉強もした。
雨が降れば誰かの家に緊急避難をし、わたなべ食堂に家に長居をしたりもした。
しかし、そう予定通りにことが進むはずもない。
いきなり上杉家の農作業を手伝わされ、気がつけばゴミ拾いのボランティアに飛び入り参加というのもあった。
それでも、みんなの笑顔が夏の日差しを浴びてすごく眩しかった。
疲れたねって言いながら、商店の軒先で冷えたラムネを飲む。上杉が張り切っていたセミ採りも楽しかった。
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