第26話

 それから俺たちは準備を終えて家路についた。

 塩原が訪問してきたことを伝えると、上杉はものすごく嫌そうな顔をした。


「……それだけ聞くと不気味だな」

「そうなのよね。でも、ナルの予感だと、短冊祭りのことを聞かれるんじゃないかって……ね、ナル?」

「そんな気がするだけだよ」


 短冊祭りは、口外禁止だ。


 悪いことをたくらむ輩がいるのと、今の時代、インターネットによってすぐに拡散してしまう。


 それは村の文化が破壊されることと、ほぼほぼイコールに近い。


「ひとまず屋上にいたことは、しらを切り通すのでいいと思うの。証拠もないしね」

「だな。おかしなことに首ツッコむのも嫌だし、そもそも、部外者にプライベートなこと話したくねぇし」


 珍しく上杉がまともな意見を言い、全員納得した上で頷いた。

 川田の家が近づいてきたため、ちょうどそこで俺たちは全員立ち止まる。


「なにかあったら連絡しあいましょう。叱られるのも覚悟の上でね」

「おう!」


 上杉の妙に気合の入った掛け声によって、重苦しい雰囲気が消える。川田とバイバイし、上杉と別れ、茅野との別れ道に到着した。


「茅野は、塩原さんのことどう思う?」

「どうって?」

「もしかして、茅野の家にも来た?」


 訊ねると、茅野の瞳が一瞬揺れた気がした。


「ううん。来てないよ」

「そっか。だよな、茅野は引っ越してきたわけだし……でも、気をつけて」


 もともと村の住人でなくとも、塩原がやってくる可能性がある。


「この村は入居者を規制しているんだ。どうやって茅野が引っ越しできたのか聞かれるかもだから注意して」


 そこまで言ってから、そういえば川田に茅野の家のことを調べるように言われていたことを思い出す。家の人たちがいない時に、蔵をあさってみるか。


「うん……」

「大丈夫?」


 茅野の表情が不安そうになったので、脅かしすぎてしまったかと心配になった。


 そういえば、両親が忙しくてお手伝いさんが来ているって川田が言ってたな。


 茅野がお手伝いさんに信用を寄せているならいいが、そうでないのなら彼女を守ってくれる保護者は不在ということになる。塩原に突撃訪問をされたら、いったい誰が彼女を守るのだろうか。


「もしなにかあったら、すぐ電話して。俺の家が一番近いから来てもいい」

「いいの?」

「もちろん。むしろ、なんで電話したらダメなの?」

「私、成神くんの幼馴染じゃないから……」


 俺は茅野の頭にポン、と手を置いた。


「幼馴染以外は電話しちゃいけないなんてないよ。メールでもなんでもして。俺もするよ」


 茅野の表情がみるみる明るくなっていく。


「もしかして茅野、俺たちが幼馴染だから疎外感持ってた?」

「……ちょっとだけ」


 俺は茅野の頭をポンポンともう一度撫でた。


「そういう差別しないから。友達だろ?」

「ありがとう」


 茅野は少し安心したのか、微笑むと手を振りながらわかれ道を進んでいった。


 彼女の後姿をいつものように見送り、家まで歩いている途中のことだ。


 車のクラクションが鳴らされて、俺は道路の端によけた。


 知り合いかと思って振り返ったのだが、運転席の人物を確認するなり俺は気持ちが沈む。


「こんにちは、蒼環くん!」


 窓から顔を出したのは、新聞記者の塩原だ。

 二度と会いたくないと思っていたのに、と俺は内心で舌打ちする。


「こんにちは」

「ところで、昨日渡した屋上の鍵、学校に返してないでしょう?」


 俺はわざと驚いたような顔をしてみせた。


「これって、屋上の鍵だったんですね。知りませんでした」


 ポケットに入れっぱなしにしてあったそれを取り出すと、窓から出ている塩原のひじの上に置いた。


「最近の若者はつれないねぇ」


 なれなれしくし合う理由もない。では、と頭を下げて通り過ぎようとすると、塩原は車を道の脇に停めて、ハザードをたいた。


 よっこいしょと言いながら車から降りてくると、俺の元に歩み寄ってくる。


 脅されるのかと思っていたが、塩原はそんな様子もなくただニコッと笑った。


「ちょっとだけ話がしたいんだ。そんなに邪険にしないでくれ」

「話ってなんですか?」

「――短冊祭りについて」

「お断りします」

「ということは、本当に存在しているんだね、短冊祭り」


 どうやら塩原は、人の上げ足を取るのが得意なようだ。


「ありますよ。どこの地域だって、夏祭りがあるでしょう?」

「へぇ、そうくるとは思わなかったよ。大人たちはそんなものはないの一点張りだからさ」


 しつこく付きまとってきそうなので、身構えつつも「五分だけなら」と伝えた。


 塩原が胸ポケットからレコーダーを取り出したので、録音することは許可しなかった。


「ほかにも録音している機械があるなら、一切しゃべりませんよ」

「勘がいいな、君は」


 予備のレコーダーのスイッチを切りながら、塩原は肩をすくめてみせた。

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