第四章

第25話

 塩原という記者は、最悪だった。


 アポなしで突然やってきたかと思えば、ずうずうしく家に上がり込んだらしい。


 無理やりなリゾート開発に巻き込まれた村のことを記事にしたいと言っているが、果たして本当にそれを信じていいのか微妙だ。


 彼からはどことなくうさん臭い雰囲気が感じられるし、笑顔なのに目が笑っていないのが気になる。


 本当はもっと、別の目的があるのではないだろうか?


 やることがあるからと、両親がうまく言って帰ってもらうことになったが、どのあとの家族間に漂う空気は微妙だった。


(で、結局これを渡されたままになったんだけど)


 俺は塩原に手渡された屋上の鍵を持って、学校に来ていた。


 返さないとまずいのはわかっているのだが、そんなことをして屋上に侵入したのがバレたらまずい。俺が壊したと濡れ衣を着せられるのも嫌だ。


(でも、塩原にはバレてるんだよな……)


 わざわざ鍵を渡したのは、あの場に俺たちが居たことを知っていたからだ。知っていて、あえてこんな形で渡してきたのだろう。


 とんだ挨拶の仕方だ。


「嫌味なやつだな」


 思わず本音が漏れ出てしまい、鍵をぎゅっと握りしめる。


「くそ。知らないって言っておけばよかったのに」


 なんの鍵なのかわからないと拒否していれば、しらを切り通せたかもしれない。


 だが、受け取ってしまったからには、屋上に侵入した人物であると自ら証明しているようなものだ。


 もしかしたら、ただ単にかまをかけていただけなのかもしれないが、見事に引っかかってしまった自分が悔しい。


 後味の悪さは、一晩寝た後もこびりついて離れなかった。


「おっす! なに辛気臭い顔してんだよ、ナル!」


 むかついていたのを抑えようと目をつぶっていたから、上杉が来たことに気付かなかった。おかげで、思いっきり背中を叩かれてむせてしまう。


「げ、大丈夫かよ!?」

「……上杉、お前なぁ」


 加減をしろ、加減を。


「今日のナルは、ホントにぼうっとしてるな」

「ちょっとな」


 おかげで目が覚めて気持ちが落ち着いた。ちょうど登校してきた川田を見つけると、俺は彼女を引っ張って廊下の奥まで連れていった。


「どしたの?」

「昨日、家に『塩原』が来たんだよ」

「……はいっ!?」


 川田は血相を変えた。学校関係者には到底見えなかった屋上にいた人物のことを、彼女もしっかり覚えていたようだ。


「これ渡されたんだ」

「これって、屋上の鍵じゃないの?」

「俺たちが居たこと、バレてると思う」


 川田はイラついたように腕組みを始めた。


「……ってことは、私たちをかばったってこと? 一体なんのメリットが?」

「記者なんだって。新聞の」


 もらった名刺を彼女に渡すと、川田は隅々までチェックする。


「リゾート開発についての取材かしら?」

「だといいんだけど」


 俺が微妙な言い回しをしたので、川田は顔を上げた。


「それ以上に、なにか探っているような気がするんだよ」

「ナルの直感ってやつ?」

「そう」

「いろいろ取材をお願いされるかもね」

「祭りのことを……短冊祭りのことを聞かれるんじゃないかと思ってて」


 そうでなければ、村の有力人物である川田の家を先に訪ねるだろう。なのに塩原は成神家に来た。


 それはつまり、村の伝統について探ろうとしているとしか思えなかった。


「知りませんって言って、塩原さんに返しちゃいなさいよ」

「二度と会いたくない感じだったけど、そうしたほうがいいな」

「浩平と亜子にも箝口令ね。あの二人、しゃべっちゃいそうだから」

「それは川田がお願い」


 ちょうどよくチャイムが鳴り、俺たちは教室へ急いだ。


 もうすぐ夏休みだというのに。祭りの準備で忙しくなるというのに。

 心がザワザワして、ちっとも落ち着かなかった。




 集まって話す時間が取れず、気づけば放課後になってしまった。


 あいにく今日は部活の日だ。俺と上杉は監督にインターバルでしごかれたせいで、身体の疲労が半端ない。


 練習が終わって眠りかける身体を引きずりながら教室に戻ると、川田と茅野の姿があった。


 疲れて笑う気力もなかったはずなのに、なぜか二人が待っていてくれたのが嬉しくて自然に顔が緩んだ。


「二人ともおかえり」

「おう、疲れたぜ」

「浩平みたいな筋肉バカに、疲れなんてあるわけ?」


 川田の嫌味に対して、上杉は両肩をすくめてみせる。「のんのん。わかってねーな」と言いながら、訳のわからない説明をし始めた。


 疲れているせいか、二人のやり取りはどこか遠くの世界の風景のように見える。


 こうして気の置けない仲間たちと一緒に居られれば、それだけで世界は完璧に思えるのだから不思議だ。

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