第19話
「断ったけどね。頼まれなくても仲良くなったし……それに亜子って、お金持ちの家の子っぽくないし、どんくさいし人見知りなのよね」
「それは同意する」
「でもなんか、モヤモヤするの。亜子自身が、リゾート開発のなにかと関係があるんじゃないかって」
高校生なのに親元から離れて暮らしていること。それも、こんな片田舎に引っ越してきてまで。しかもお手伝いさんがいるとは驚きだ。
言われてみれば、疑問に思えなくもない。
「本人には聞けなくて、ナルならなんか知ってるんじゃないかって思ったの」
知らないうちに売りに出されてしまった山。
リゾート開発に、ゴルフ場。
そして、その計画と同時にやってきた茅野。
「調べてみるよ。家屋のお祓いの記録が残ってるかもしれないから」
俺の提案に、川田はほっとしたような表情になった。
友人を疑いたくないが、山を切り崩そうとしている人たちと茅野が繋がっているのではないかと疑問に思う気持ちに、川田は大きく揺れていた。
「そういえば今日、廊下で知らないおっさん見たな」
学園主任と一緒に歩いていたことを伝えると、川田は首をかしげた。
「隣町の人かしら? 私もまた、盗み聞きしてみるわ」
「あんまり無茶するなよ。川田の親父さん怖いから」
「知ってるわよ」
この話は、二人の胸の内にとどめておくことにした。
「ところで……亜子が男の子と仲良くなるのって、すんごい珍しいんだけど」
「それって、俺のことだよな?」
ちょっと前、たしか上杉にも同じようなことを言われたのを思い出した。
「ナル以外にこの場に男子生徒いないでしょ。じゃなくて、ほんとに珍しいの。亜子が一人で男の子と話しているの、見たことないもの」
「はあ」
「はあってなによ、はあって。あなたたち、つき合ってるわけじゃないのよね?」
「まさか」
「そのわりには仲が良すぎね。屋上の件も、ナルに先に相談したわけだし」
俺はポリポリ頭を搔いた。
「成り行きで、俺が提案したんだよ」
「それはもっと珍しいわね。天変地異が起きるんじゃない?」
「大きなお世話」
そうこうしているうちに、上杉と茅野が手を振りながらこちらにやってきた。
上杉は総菜もたんまり買い込んだらしく、両手にパックを持っている。並んで座り、やっと揃っての食事が始まった。
「亜子、先生たちには絶対ばれなさそう?」
「今日は全員会議だって」
「それなら、始まった直後に行けば、きっとトイレに席を立つ先生もいないわね」
やはり、今日が絶好のチャンスのようだ。これを逃すと、次はいつ職員会議があるかわからない。
ワクワクする気持ちを抑えていると、茅野が川田をはさんだ向こうから俺の弁当の玉子焼きをじーっと見ていた。
「……食べる?」
俺はこの甘い玉子焼きが苦手だ。遥が甘いものが好きなので、作った時は俺の弁当にも入れられてしまう。
「もらってもいいの?」
「どうぞ。甘いから全部あげる」
俺はどうしてこんなものを食べられるんだ、という顔をしていたはずだ。玉子焼きを茅野の弁当箱の蓋に乗せると、彼女は嬉しそうに食べてニコニコしていた。
「美味しい? 俺、それ嫌いなんだけど」
「美味しいよ! 手作りの味がする」
「母さんに伝えておくよ」
茅野の弁当をちらっと見たのだが、とても小さかった。そんなちょびっとじゃ、俺だったら速攻で腹が空く。
体積の小さい茅野なら、きっとそれでいっぱいになるのだろう。
「そうだ、見回りの校務員さんにも気をつけなくっちゃだわ!」
計画をもう一度頭の中で整理していた川田が、遠くを歩く校務員の背中を見て思い出したように手を叩いた。
「気を付けるのはいいにしてもさ、なんで鍵が壊れてるってわかったんだよ?」
「こっそり行って、ちゃんとドアノブを触ってみたのよ。そしたらノブ自体が壊れてて、南京錠も簡単に開けられたの」
ドアノブの鍵が壊れているから取り付けただろう南京錠までもが、役に立っていなかったという単純なオチだ。
さすが、田舎なだけある。
「用意周到だな、さすが琴音!」
上杉に褒められた川田は一瞬硬直したが、すぐに下を向くとごほんと咳払いをした。
「もう一回確認するわよ。最初に屋上へ行くのは私。次に行く人は手を上げて」
「うっす!」
上杉の拳が俺の脇をかすめた。俺は弁当を落っことすギリギリのところで、上杉の腕をかわすことができてほっとした。
「三番目は?」
視線を向けられた茅野は、おにぎりを食べるのに夢中になっている。どうやら、今の流れをさほど聞いていなかったらしい。
「茅野ぉ!」
上杉が茅野を肘でつつくと、ようやく彼女は顔を上げた。俺たちに見つめられていることに気付き、ハッとしたように目を見開いた。
「亜子、大丈夫? 私と浩平の十分後よ」
茅野はおにぎりを飲みこむと一回大きくうなずいた。行きたいと言った本人がこの調子なので、みんなの気が抜けてしまった。
「まあいっか。亜子が動かなかったら、ナルが連れてきて」
「了解」
「じゃあ放課後に楽しみましょう」
こうして、お昼休みのミーティングは終わった。昼休みの終わりを告げるチャイムと共に、胸が大きく高鳴る。
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