第18話
(誰だったんだろ?)
村の人ならばたいがい見たことが多いため、なんとなくわかる。だが、先ほどの人物はまったく記憶になかった。
もしかしたら、開発のことで来ている外部の人かもしれない。
それを思うと、なんだか胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。
「誰だったんだろうね、さっきの人」
俺のことを叩くのをやめた茅野が、廊下の奥を見つめながら呟く。
「さあね」
「なんだか、成神くんのことをじっと見てたみたいに思ったけど」
「まさか」
きっと、身長が大きいなと思ったんだろう。
「休み時間がなくなっちゃうぞ、早く食べよう」
「先に行っててくれる? 生物研究部の顧問の先生のところに行って、放課後のこと訊いてくるね」
なるほど。放課後の先生たちの予定をチェックするというわけか。
「生物研究部ってなにしてるわけ?」
「川とか田んぼに行って、生き物の生態を調査したり図書室で調べたりしてるの。一人は幽霊部員で、一人は受験があるから来なくて、先生と私しかいない感じ」
「……なんだ、それ?」
「田んぼの水取ってきて、顕微鏡で見るの」
そういうのに興味がなさそうだったのに、茅野の意外な一面を見た気がした。
「とりあえず、先行って待ってる」
茅野と別れると、最終的な打ち合わせをするために裏庭の駐輪場に向かった。
秘密の共有というのは、仲間意識というのを格段に上げている気がする。この計画は楽しいし、成功するだろう。
だが、失敗したらリスクになるはずだ。
注意だけで済めばいいけれど、謹慎にでもなったら困る。内申書になにか書かれるのも最悪だ。
特に川田は成績優秀で、大学もいいところを目指していると聞く。
内申書に謹慎の二文字があるかないかで、彼女の未来を左右するのは良くない。友達を傷つけたくない。その気持ちは、俺の胸の中にずっとある。
でも、現実に俺たちはまだ子どもで、大人の管理下から抜けていないのはたしかだ。
そしてそれが、ものすごくもどかしい。
裏庭に行くと、そこにいたのは川田だけだ。
「あれ? 上杉は?」
「購買にパンを買いに行ったわ。お弁当だけじゃ足りないんですって」
「今日は総菜も売ってる日だから、混むんじゃないか?」
「仕方ないわね。先に食べてましょ」
茅野が職員室に行ったのはすでに知っているらしく、川田はコンクリートの段差にハンカチを置くと座った。
「そういえば、亜子のことなんだけど……」
俺が弁当の照り焼きと白いご飯を口に入れたところで、川田が少々深刻な声音で話し始めた。
「あの子が越してきたのって、二年前なの」
「そうみたいだね」
「基本的に、この村ってほかの人を受け入れないでしょう?」
この村は謎めいた神事のこともあって、たしかにほかの場所から他人が越してくることを制限している。
遊びに来ることはできても、移住は受け入れていない。この村のことを知っている近隣住民か、村にルーツを持つ者でない限りは。
「なんの伝手もない亜子が、どうして住むことができたのかって、気にならない?」
「あー……言われてみれば」
たしかに茅野は、村の伝統行事さえ知らなかった。そして、俺が成神の巫女の末裔であることも。
村人ならば絶対的に知っていることなのに。
それはつまり、茅野がこの村に縁もゆかりもない状態で移住してきていることを示している。
「なんで亜子は村に住めたのかな? ナルはなにか聞いてない?」
「いや、なにも」
「引っ越しの時に、家の厄除けやってると思ったんだけど」
「親父なら知ってるだろうけど、俺はそういうのノータッチ」
「ナルってあんまり興味ないもんね」
村のしきたりに一番近い立場なのに、俺の心はこの村の誰よりもそこから遠ざかっている。
川田が残念そうにため息を吐いた。
「実は父さんが話しているのを盗み聞きしたんだけど、山が売りに出されていることに気付いたのが約三年前。ゴルフ場と発電施設を建設することが決まったのが二年前」
たしかに俺の親父の反応からしても、つい数日前から計画されていたというわけではなさそうだった。
「亜子が来た時期と重なるのよね」
それはそうかもしれないが、それとリゾート開発との関連性が思い浮かばない。
「あの子、親御さんが忙しいらしくて、お手伝いさんが週に何回か来てるみたい」
「なにそれ、セレブ?」
茅野を思い出してみたが、とてもそういう風には思えない。
「本人は否定しているけど、私、亜子の親に会ったことがあって……仲良くしてねってお金を渡されそうになったのよ」
さすがに俺は引いた。それは、当時の川田も同じだったらしい。
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