第三章
第16話
気がつけば季節が微妙に移り変わっていた。
もう暦の上では七月のほうが近くなっていて、一気に気温も上がってきている。梅雨はもう少し先だが、のんびりしているとすぐに雨ばかりの天気になるだろう。
その前に、俺たちは屋上にのぼる計画を成功させなくてはならない。
「ちょっと聞いてよ!」
その日の朝、教室に入ってくるなり川田はめちゃめちゃ怒った顔で俺たちを呼び集めた。
「屋上の鍵が開いたの。というか、壊れているみたい」
俺と川田が鍵の様子を見に行ってから、すでに一週間が経っている。
「マジ!?」
「マジよマジ、大マジよ」
川田はものすごく不機嫌な顔をしている。
「あんなに神経質になって見にいったっていうのにね!」
上杉は目を輝かせながら、怒っている川田に詰め寄っていく。
「これでやっと憧れの屋じょっ……!」
大声で喜びだした上杉を止めるため、俺は彼の口をふさぎにかかる。瞬発力は遥で鍛えられている。上杉をなんとか止めることができ、ほっと胸をなでおろした。
「空気読めって。内緒のことなんだから」
半眼で睨みつけて「わかった?」と同意を求めると、上杉は苦しがりながら俺の腕をバンバン叩いてくる。大きな声を出さないように念押ししてから彼を解放した。
「そうだったな、悪い悪い。つい嬉しくて」
俺があきれていると、川田はほっとした顔をした。
「言ったらばれるモンな。なんか、ガキの頃に秘密基地作って、みんなで遊んでたみたいでついわくわくしちまった」
おかげでこっちは心臓がバクバクだ。
「ねぇ、もう今日行っちゃわない? バスケ部休みでしょう?」
「琴音は部活があるんじゃねぇの?」
川田は「ふふーん」と得意げな様子になる。
「残念ながら本日はお休み。顧問が出張なの」
川田の勝ち誇った笑みを見た上杉が、ポン、と両手のひらを叩いた。
「うっし。今日で決まりだな!」
上杉がまたしても大声(元からだけど)を出そうとしたので俺は慌てた。川田が強烈な張り手を上杉の背中にぶち込んで、強制的に彼を黙らせる。
ばしんという大きな音は痛そうだったが、そうでもしないと上杉は止まらないから丁度良かった。
「そういえば写真部の友達に聞いたんだけど、今の時期は四時半くらいの景色がベストらしいの」
川田は言いながら携帯電話をポケットから取り出す。写真を携帯電話のカメラで写したものを見せてくれた。
ディスプレイに表示された景色を見て、俺は美しさに目を見開いた。息が止まるとは、こういうことなんだと実感する。
水田に映りこんだ夕焼けが、まるで宝石のように輝いている。朱色とも桃色とも言えない絶妙な空の色は、自然の雄大さを表しているようだ。
「こりゃ、すごいや」
「夕日がすごくきれい」
上杉に続いて、珍しく茅野も感想を呟いている。
「もうちょっと時間が経つと、こんな感じになるみたい」
さらに川田がもう一枚の写真を見せてくれる。
黒く縁取られた山。その後ろからは信じられないくらいの神秘を込めた、紅い夕日が沈もうと息づいている。
画面の左端には、夜を含んだ空気が。薄紫色の夜が来ようとしている。
そして、山の上には一番星。
この田舎の村で一番いいと思えるのは、この景色しかない。
写真集に収められていてもおかしくないような、幻想的で神秘的な景色に俺たちはしばらく心を揺さぶられていた。
「いつも見ている景色なのに、誰かのフィルターを通すと違って見えるものね」
嬉しそうに目を細めている川田の一言に、俺は胸中で同意した。
「こんな景色が、屋上で見られるかもしれないのよね。そう考えたら、規則とか後回しでもいいかなって思えてきて」
もともと保守的だった川田も、鍵を壊さなくて済むことになったので前向きに気持ちが変化したようだ。
「すげぇよ。行くしかないな」
期待が俺たちの小さな胸を膨らましていく。
「そうね。四時すぎは教室にほぼ誰も残ってないし、屋上はクラブ棟から離れているから、残っている人にも見つかりにくいはずよ」
どうかな、と川田が俺たちを見回す。
もちろん、答えはYES一択だ。
「いっぺんに行くとばれる可能性があるから、私が先に行くわ。それから十分後に浩平。そして、さらに十分後に亜子とナル。いい?」
上杉も茅野も大きくうなずく。
「誰か一人でも途中で先生にばれそうになったら、メールで知らせる。もし、侵入がばれたら、きっとみんなで職員室送りね」
全員職員室送りだけは避けたい。
万が一親にばれたら、親父は笑って許してくれそうだけど、母からこっぴどく叱られるだろう。俺としてもそれは避けたかった。
「あのね、たぶん大丈夫だよ」
口を開いたのは茅野だ。なにが大丈夫なのかわからず、全員の視線が彼女に集中する。
「さっき職員室に行ったんだけど、今日は職員会議だって言われたから」
なるほど。
そろそろ試験もあるから、先生たちは忙しいのだろう。
「だからきっと、先生には見つからないと思う」
「そう願おうぜ!」
「じゃあ、昼休みにちょっと話し合いましょ」
どうなるのかわからないが、俺たちの目はみんな輝いていた。小学生に戻ったみたいな、胸が躍りだすような感覚だった。
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