第15話
食後、遥に風呂を譲った俺は、親父の書斎に顔を出した。
「どうした蒼環?」
まるで珍獣を見るような目で親父が俺を見てくる。
用事がなければ基本的には自分から書斎を訪ねることがないので、本当に親父は驚いていた。
「あのさ、リゾート開発のことを小耳にはさんだんだけど……」
俺が話し始めたとたん、親父は扉を閉めるように慌て始める。
反応からして、本当にごくごく一部のみが知っているのか、子どもたちに内緒にしているのだと気付いた。
「どこで聞いたんだ?」
「それは秘密」
川田が問い詰められても困るので、即座に黙秘権を行使した。親父は参ったなと言いながらポリポリ髪の毛を掻く。
「ひとまず座りなさい」
俺はおとなしく従った。父は普段とても落ち着いている人で、現在もいつもと変わらない穏やかさだ。
「正直に話すと、その話は本当だ」
やっぱり本当のことだったのか。
川田を疑っていたわけではないが、実際に村の重役である人物から聞くと、さらに信憑性が高まった。
「村のみんなの生活には、さほど影響が出ないように頼んでいるところだよ」
親父なら、そういう交渉をするだろうと予想がつく。
俺は親父をじっと見つめると、親父も俺のことを見つめ返していた。
「観光ホテルの建設は中止してもらうところまで合意に持ち込んだんだ」
親父の言いかたは苦渋に満ちている。
「川は? 短冊川は?」
「今のままにしておくことは難しいと言われていてね。護岸するらしい」
「コンクリで岸を固めるってこと?」
「平たく言えばね」
「それをしたら、鯉たちは?」
親父は困ったなというような表情をしていたが、瞳の奥には悲しみが凝縮されているように感じた。
答えが見つかっていないのか、親父は首を横にゆっくり振った。
「……そう」
俺は息を吐くと、目をつぶる。
鯉たちはきっと、川に流せなくなる。
おそらく、このままだと短冊山の神事はなくなってしまうだろう。
つまりそれは、俺の未来が消えることにもつながる。
「蒼環。今年の祭りはお前が
毎年言われていることだが、今年はいつもよりも重みが違って聞こえた。
「……考えさせて」
これもいつもの俺の答えで、そして毎年断っている。
堅苦しいことは嫌いだ。伝説だと言われても思い入れもない。それよりも、小さい時からの厳しいお作法に飽き飽きしている。
これからはそれをしなくて済むのだとすれば、せいせいすると言いたいくらいだ。それなのに、なぜか胸の内がすっきりしない。
声には出さなかったが、俺の空気感から親父はいろいろを感じ取ったようだ。ゆっくり息を吐きながら、肩を落とした。
「焦らず考えなさい」
「うん、ありがとう」
遥が風呂から出た音が聞こえてきたので、俺は立ち上がると書斎をあとにする。
母と向かい合いながら作法の稽古を小一時間してからやっと、自由時間だ。
風呂から戻って自室の窓を開ける。ひゅん、と涼しい風が入ってきて、温まった身体をちょうどよく冷やしてくれる。
俺は窓から屋根に下りた。昔の家の造りだから、すんなり屋根に下りることができるのだ。
見上げると星がきれいに瞬いている。
右のほうに見える小さな山の上に、大きく光る星が一つ目立っていた。
茅野の家からもあの星が見えるだろうか。そんなことを考えながら、俺はしばらく屋根の上で涼みながら、どうにもできない『なにか』を感じ取っていた。
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