第12話
上杉に文句を言っていた川田も、やっと怒りが収まったらしい。結局かけっこ競争をしたところで、勝ち負けがないまま終わっていた。
息が整ったこともあり、俺たちはまた歩き出す。しかし、しばらくするとまたすぐに交差点にぶつかった。
「じゃあみんな、また明日ね」
一番抜けの川田は、手を振って細いあぜ道を歩いていく。俺たちはその姿を少し見守った。
「俺が川田を説得するよ」
上杉は半ば本気で、屋上の鍵を壊しにかかろうとしているようだ。
「だとしても、やっぱりまずいんじゃないか?」
保守派ではないが、備品を壊すのはさすがにやりすぎな気がする。
「違う違う。諦めないように川田を説得するんだよ」
上杉は大きな身振りで手を振った。
「最後あいつ、諦めたほうが早いって言ってただろ? まだ始まってねぇのに」
俺が目を見開いていると、横から茅野がひょこっと顔をのぞかせた。
「そうだねっ! なにも始まっていないね!」
「だろ? だからもう少し方法考えてみようぜ!」
喜んでいる茅野に、上杉がニコニコ笑いかけている。
「絶対に屋上にのぼってやるぞ!」
「えいえいおー!」
ぴょんと飛び跳ねる上杉の隣で、茅野も思いっきりジャンプする。それに俺は思わず吹き出していた。
さっきまでの深刻な話し合いがまるで嘘みたいだ。すごいなと思いながら、先を歩いていく茅野と上杉の背中を見つめる。
楽しそうに笑っていた二人が、ゆっくりこちらを振り返った。
茅野が全身を使って手招きしてくる。
「ナル、早く来いよ」
上杉はポケットに両手を突っ込んだ格好で、こっちに笑顔を向けてきた。
「成神くんも、楽しそうだね」
茅野に覗き込まれて、俺は首をかしげた。
「そう?」
「うん!」
茅野がにこりと笑っている間に、上杉はわかれ道を右に入っていく。一拍置いてからこちらを振り返った。
「じゃあな。また明日」
俺は手を上げる。茅野も大きく手を振っていた。そこからは俺と茅野の二人きりだ。俺たちは家が遠い。
たんぼを突っ切る一本道。左右に伸びる細い道。
いつの間にかカラスまで飛んでいて、鳥たちも家に帰る準備をしているように思える。
夕焼けが近い。
空の色合いが変わり始めていて、ファンタジーの世界のような雲が流れる。
あの雲に乗れれば、世界中どこへでも行ける気がした。空は繋がっていて、どこまでも行けるはずなのに、俺の世界はまるで箱庭のように小さい。
「そういえば、成神くんは伝説に出てくる巫女の末裔なんだってね」
今まで黙って歩いていたのだが、沈黙を遮って茅野が話を振ってきた。
「……ああ、まあ」
あまり触れられたくない話題だったので、俺の返事は自然と濁ってしまう。家系について黙っていたのをとがめられたような気がして、俺は肩をすくめた。
「ちっとも気付かなかった」
「俺も、茅野は知ってると思っていた」
そもそも、俺の家のことを知らない人間が、村にいるとは思っていなかった。
「短冊川が埋められちゃったら……悲しいよね?」
恐る恐る訊ねられたのだが、うーんと唸ることしかできない。俺の反応に疑問を持ったのか、茅野が見上げてきた。
「成神くんは悲しくないの?」
「正直、よくわからないな」
川田から聞いた話はびっくりしたけれど、じゃあそれで上杉のように怒りがこみあげてきたかと言えば否だ。
「伝統が失われちゃうかもしれないよ?」
「だとしたら、俺は……解放される」
気づくと、そんなことをぽつりとつぶやいてしまっていた。思わず本心が漏れたに近い。
いつもならそんなことはないのだが、自分でも気づかないうちに、村がなくなる話に動揺しているのかもしれない。
「成神くんは、なにか我慢していることがあるの?」
「そりゃあ、まあ」
あんまり家のことで深く突っ込まれるのは好きじゃない。たとえそれが茅野であっても。
「もしかして、髪の毛を伸ばさなくちゃいけないのとか、我慢してる?」
儀式に使うので俺の髪の毛は少々長めだ。といっても、生まれてからずっと長めなので、いまさら苦だとは思わない。
ただ、茅野にはわかりやすいように返事をするのがいいと思って、俺は頷いた。
「それもある」
「ちょっと長い髪形が流行ってるし、成神くんはとっても似合っているよ!」
茅野は身を乗り出してきた。勇気づけようとしてくれているのか、一生懸命見上げてくる姿に俺はつい口元が緩んでしまった。
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