第11話

 川田はふうと一息つくと、もう少し近づくようにと手招きする。頭をつき合わせるような形になったところで、川田は小さな声で話し始めた。


「三年前。隣町の山の所有者が、私有地の山を売りに出したの。でも、私有地の境界とか権利があいまいになっていたこともあって、この村の山まで間違って売りに出されちゃったらしいの」


 初めて聞く話に、俺たちは息を呑んだ。


 それだけなら特に問題はないように思えたが、川田はちょっと渋い顔になった。


「それで、その山の中を購入したのが、王手リゾート会社だったらしくて……区画整備するみたい」


 川田の口調が、一気に不穏な響きを持った。


「山をゴルフ場にするリゾート計画が進んでるみたい」


 上杉はそれを聞くなり一気に不穏な空気になった。


「は? なんだそれ」


 川田は十面になりつつ「それで」と続ける。


「短冊川を埋めてしまうかもしれなくて……」


 いつもの強気な彼女からは、想像もできないくらい悲痛な声音だ。


「そんなことをしたら、祭りができなくなるだろ!?」


 上杉の確信をついた一言で、重たい沈黙が訪れる。

 極めて普通にしようとしているのか、川田は手をパンとたたくといつもの調子に戻った。


「この話はここだけの秘密にしてね。特に浩平。あんた絶対に両親を問い詰めちゃダメよ」

「……やべぇな。俺、どうしていいかさっぱりわかんねぇ」


 それはなにも、上杉に限ったことではない。川田がわざわざ話をしたのは、彼女自身が一人でそれを抱えきれなかったからだろう。


 上杉も俺も、今聞いたことを「はい、そうですか」とすんなり理解することができなかった。


「ナル、ごめん。こんな話」

「川田が謝ることじゃないよ」


 短冊川に関しては、成神家の存続にかかわってくる話だ。それを、両親が知らないわけがない。


 おそらく村の未成年全員に対し、意図的にこのことは隠されているはずだ。


「話を屋上に戻すけど、公共のものを勝手に壊したり付け替えたりするのはダメ。諦めるのが早いと思うわ」


 川田は勤めて明るい声で、屋上の鍵について言及し始めた。それでも、代案が思いつかないこともあって、重たい沈黙が続く。


 先ほどの話のせいでみんな思考が鈍くなってしまっていた。


「ごめん。私が変なこと言ったから空気悪くしちゃったわね」


 無駄に時計の秒針の音が耳につくなと思っていると、川田はため息とともに自身の頬を手でぱちぱち叩いた。彼女の頭に、上杉の手が乗っかる。


「いや、報せてくれて助かった。それに、琴音一人で抱え込めるような問題じゃねーしな」


 ニカッと上杉が笑うと、川田はむくれつつも「まあそうなんだけど」と肩を落とす。


「ひとまず帰ろうぜ。たぶん、このままじゃらちが明かなそうだからな」


 カバンを掴むと、上杉はさっさと教室から立ち去ろうとする。川田が慌てて身支度を整え始めた。




 学校から伸びているいつもの一本道を歩いていく。


 俺は大きく伸びをしながら欠伸をかみ殺した。周りは畑の真ん中に家があり、道路の左右には見渡す限り田んぼだ。


 田舎の風景は、俺たちにとって日常すぎてつまらない。


 のどかなのはいいけれど、同時に押し寄せるつまらなさは、高校生にとっては悪魔のようなものだ。


 みんなで帰っているというのに、なんだか空気が重たいのは決して気のせいではない。


「おっし、競争だ! あの角っこまで誰が一番早いか勝負だ!」


 気まずさを払拭するように大声を出したのは上杉だ。


「はあ? あんたなに言ってるの?」

「いいから、競争。位置についてー」


 走るのなんて嫌だと言いたそうにしている川田の手を、問答無用で上杉が掴む。


「ちょっと、浩平!?」

「よーいどん!」


 川田を掴んだまま、上杉は走り始めてしまった。加減はしているだろうが、すごい速さで二人が走り去っていく。


 すると、取り残された俺を追い抜いていく影が見えた。


「三着もらっちゃうからね」


 茅野がニヤニヤしながら走っていく。俺は三人の姿をしばらく見つめていた。先に走っていった川田と上杉は、もうすぐ角に到着する。


 三番手には茅野。


 こういう時一気にギアが入らないのだが、茅野が一瞬振り返ったのを見ると脚が動いた。


「めんどくさいな、もう……」


 呟きながら俺も駆けだす。すでに上杉が一番乗りをしており、そのあと到着した川田が上杉をボコボコ叩くのが見える。


 必死に走っている茅野の後ろを追って、追い抜く寸前で俺は彼女の手を取った。


 茅野の驚いた顔が見えたが、そのまま一緒に走って三着同時ゴールする。


「せっかく成神くんに勝てそうだったのに」

「残念だな」


 怒りが収まらない川田がいまだに上杉を叩いているが、上杉はいつもの調子で笑いながら彼女をなだめようとしていた。


「成神くんと上杉くんは、仲がいいんだね」

「まあ、腐れ縁っていうか……」


 茅野は一瞬間をおいてから、ふーんと口を尖らせた。


「いいな」

「そう?」

「うん」


 茅野がなにを考えているのか、俺にはよくわからない。俺と茅野はいつも一緒にいるわけじゃないから、お互いのことはまだまだ知らないことだらけだ。


 茅野には独特の空気感がある。それか、幼馴染の俺たちのほうにあるのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る