第35話:夏は短し戦(バト)れよ乙女⑨
どっごおおおおん!!!
「よっしゃ潰した! プリム、思いっきり槍投げなさい、魔法乗せたげるわ!!」
「お願いしまーす!! どっせええええええい!!!」
ふんわりカールしたミルクティー色の髪、表情がくるくる変わる愛らしい顔立ち。どこか小動物っぽい可憐な雰囲気ながら、短槍の達人として一目置かれている若手騎士の掛け声は、それはもう雄々しかった。火傷を治してくれた賢者様のお役に立つぞ! と、気合を入れまくっていたのだから当然だ。
矢のように投げ放たれた得物目掛けて、中二階のラウラが立て続けに雷呪文を掛ける。それを纏って一条の光と化した槍が、片腕片脚を潰された守護者の眉間を見事に貫いた。視界が真っ白になるほどの雷撃に灼かれて、ぐらりと傾いだ巨体が煙と化していく。足元で対峙していた騎士たちから、わっと歓声が上がった。
「よし、こっちは片付いたわね。旦那は――って、心配するまでもないか」
とっくの昔に二体目を下していたらしく、復活してこないよう念入りに粉砕しているノルベルトの姿がある。先ほど殿下のナイフで難を逃れたグループも、その辺りの破片を小突いて後始末に励んでいた。直接の攻撃手段はほぼないはずの理咲まで、律儀にふみふみ、と頑張っているのが微笑ましい。
「あ、今の蹴りはなかなか良かったわね。小鳥ちゃん、ポーちゃんみたいに後方支援組で騎士団に入ったらどうかしら? ねえバルト」
「それは俺からは何とも言えんが……、待て。お嬢、あの聖女モドキはどこに行った?」
「え、さっき半分霜降り状態で転がって――って、いない!?」
突然緊張した護衛の声に、急いで視線を戻す。隊長殿渾身の一撃だ、死にはせずとももはや動けないだろうと、すっかり高を括っていたのだ。
痛恨のミスは一番まずい所に飛び火していた。他の皆の手伝いだけでもしたいのか、無心で足踏みを続けている理咲の背後。意外としっかりした足取りで、何か光るもの片手に忍び寄る、ぼろぼろの風体となった星蘭がいた。危ない!
「小鳥ちゃ――!!」
「――必・殺!! 医療廃棄物乱舞~~~!!!」
べっしゃああああああッ。
「っぎゃああああああああ!?!」
「えっなに、星蘭!? と、ポーちゃん!!」
あわや、というその瞬間。星蘭の真上から、実にイヤな音と共にドドメ色の液体が降り注いだ。さらにその上から、見覚えのある黄色い果皮がぽいぽいと投げ落とされる。
絶叫して転げ回るのから大急ぎで身を引いて、見上げた理咲の目に、中二階の通路でバケツ状の入れ物を引っくり返したポーペンティナが映った。何だかとっても満足げだ。
「リサちゃんだいじょーぶ!? 念のために持って来といて良かった~~」
「とりあえず何ともないよ、ありがとう! ……ええっと、ちなみに廃棄物の内訳はどんな感じ……?」
「うん、アロエの芯と煎じ汁!! プラス、さっき使った果物の皮ね!! リサちゃんに習って作ってみたんだけど、消費期限うっかり過ぎて糸引いちゃってたんだよねぇ。捨てる前に何か使えないかなーと思って♪」
「……う、うわあ~~~」
「いぃ~~~やぁ~~~~、目が、目がぁぁぁぁぁぁ」
それはもう、一点の曇りもなき晴れやかな笑顔で言い切って下さる医官殿だ。
おばあちゃん直伝のアロエ汁、虫刺されとか切り傷すり傷とかにはバツグンに効くのだが、如何せん若干青臭い。それが傷んだものを頭から浴びたら、どれほど生臭かったやら。
ついでに柑橘類の皮から分泌される油分は、怖ろしく目に沁みる。現に星蘭、両目を押さえて身悶えしているし。君はどこかの大佐か。
「リサ殿、お怪我は!? お傍にいながら面目ない……っ、すぐに取り押さえますゆえ!!」
「あ、待って待って! ノルベルトさん、ちょっとだけ後ろで見ててほしいんですけど」
「は!? ……え、ええ、自分がついているのであれば。ですが、あれは刃物を持っておりますし」
「いえ、話し合いで解決とか無理なのは分かってますよ? ここまで来たら徹底的にやっとかないと、一生懲りないですから。このひと」
きっぱり言い切った理咲に、相手が目を丸くする。そりゃあそうだ、自分の体格の半分くらいしかない、しかも女の子がこんなことを言うとは思わないだろう。
安心できるように、にっこり笑ってみせてから振り返る。往生際悪く立ち上がった星蘭が、こちらに突っ込んでくるところだった。どこに隠し持っていたのやら、わりと大振りなナイフを持って泣き喚いている。
「もう、もうもうもう、なんなのよ!! なんであんたばっかり褒められて大事にされるのよぉ!! よぼよぼのきったないババアに育てられたくせに!!!
あたしの方が絶対可愛いのに、あたしの方があ~~~~っっ」
「――や・か・ま・しいッ!!!!」
ばきっ。――どぎゃあっ!!!!!
「ぶべら……っっ!?!?」
ナイフをかわしざまに腕を引っ掴み、外側に向かって思いっきり捻る。関節が外れた音を合図に、相手を背負うイメージで懐に入り込んで、容赦なくその場に腰を落とした。
肩の関節の可動域に引っ張られて、豪快に一回転した星蘭が、脳天から床に叩き落とされる。ヒキガエルが潰れたみたいな声と共に白目をむいて、今度こそ完全に気絶した。
「黙れ、って言うたじゃろうが! いい加減に
「わ~~~っリサちゃんすごーい!!!」
「カッコいいです賢者様~~~!!!」
「よっしゃよくやったぁ!! 大金星!! 文句なしの完封だったわー!!!」
「ちょっ、みんな待って!? 嬉しいけどわたし潰れちゃ……むぎゅう」
方言まで出たしさぞやドン引きされるだろうなぁ、という予想を覆し、我先にと飛び降りたり駆け寄ったりして抱きしめてくる女性陣。いや、嫌われてなくて安心したし嬉しいのは本当なのだが。
早く満足して離れてくれないかなぁとぼんやり思っていた視線が、待機してくれていたノルベルトとかち合う。今度こそ呆れられるかと思ったら、ふっと笑って口元が動いた。お疲れ様です、と。
方便や演技ではあり得ない柔らかな表情に、理咲が心底ほっとしたのはここだけの話だ。
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