第2話:赤い鋏のパレード②



 スッとする、鋭いけれど爽やかな香りがした。ぼんやりしていた意識が、それをきっかけにして一気に浮上する。

 (――、あれ? 病院っぽい?)

 目が覚めて最初にそんなことが頭をよぎったのは、周りが真っ白だったからだ。理咲りさが寝かされているベッドにかかったシーツも、周りをぐるりと囲んで垂れ下がるカーテンも、同じ色で統一されている。全てが簡素ながら、洗いざらした清潔なもので、消毒用のアルコールに混ざって微かに薬草の匂いがしていた。

 (……いや、大学の医務室の方かな。意識が飛んだのなんて、おばーちゃんのお通夜とお葬式で走り回った時以来だなぁ)

 やっぱり寝不足での階段ダッシュはマズかったか。そういや昨夜は課題と、友人に頼まれたものを作っていたのとで、寝るのが大分遅くなったんだった。誰だか存じ上げないが、拾ってくれた人ありがとう……

 ひとまずの反省と感謝を捧げつつ、まだちょっと怠いのでもう少し横になっていよう、と寝返りを打った。ら、


 ――しゃっ。


 ちょうどころん、と方向転換した先でカーテンが開いて、顔を出したひととばっちり目が合う。その瞬間、相手の顔がぱああっと明るくなったのがはっきり分かった。

 「あっ!! 起きてるね、おはよう!! 具合どう!? まだどっか痛い!?」

 「えっ!? あっはい! 多分平気ですッ」

 嬉しくてたまらない、と大きく書いてあるような満面の笑みで訊いてくるのは、おそらく理咲より五つは年下の女の子だった。ふわふわした淡い桜色の髪に、大きなアクアマリンの瞳。ぷくぷくした健康的なほっぺたがほんのり赤くて、愛くるしい顔立ちも相まってお人形さんのようだ。襟ぐりと袖口に、細やかに金糸で刺繍が入った裾の長い上着をまとっている……のだが、一番目が行ったのはそこではなかった。

 (耳! この子耳が尖ってる、しかも動いてる!!)

 そう。左右で結い上げた桜色の髪の下で、ぴこぴこと機嫌よさそうに動いているのは、どう見ても彼女の耳だった。ひゅんと尖った、それこそファンタジー作品に出てくるエルフ族とか、他の妖精族のような。

 (…………あ゛あ~~~、やっぱりアレって夢じゃなかったんだ……!!)

 現代日本、というか現実世界ではあり得ない光景を目にしたおかげで、まだぼうっとしていた頭が完全に覚醒した。これまた思い出して側頭部に手をやると、案の定包帯の感触が……なかった。

 「あ、あれ? ケガしてたんじゃ」

 「ああ、あれね! 結構いっぱい血が出てたから、その場で消毒してすぐ治癒魔法かけたの。あれから丸一日くらい寝てたんだよ、キミ」

 「そんなに!? 治癒……てことは、お医者さんなんですか!」

 「んっふっふ、そうでーす♪ ポーペンティナ・ミュルテ、現役で王室医官・兼騎士団治癒士やってまーす。気楽にポーちゃんて呼んでね~」

 「は、はあい。えーっと、わたしはですね」

 相変わらずご機嫌で耳を震わせながら、にこにこして自己紹介してくれる女の子改めポーペンティナである。起き抜けなのもあって何となくペースに呑まれてしまいつつ、とりあえず自分も名乗ろうとした理咲だったのだが、

 「あ、ちょっとだけ待っててね。ボクも知りたいけど、真っ先に訊いたらきっと拗ねちゃうから。――ほら、来た来た」

 しーっ、のポーズでそう言われて、大人しく従ったときだった。今いる部屋のごく近く、おそらくは廊下を、ものすごい勢いで近づいてくる足音が耳に入ったのは。



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