第1話:赤い鋏のパレード①




 その光景を目にしたとき、大層驚いたのを覚えている。

 召喚陣の中央に現れた女性に、ではない。その背後で何がどうなったのか、出血する側頭部を押さえているもうひとりに、である。

 (……なんと打たれ強く、冷静で賢明な方だろうか)

 突然見知らぬ場所に連れて来られた上に、あの怪我だ。傭兵や騎士のように戦うことが役目であるとか、後方支援を担当する治癒士や医官であれば別だが、一般市民の多くは流血沙汰に慣れていない。しかもうら若い女性だ、恐慌状態に陥るか、その場で気を失っていてもおかしくない。

 だというのに、彼女はそのどちらでもなかった。若干声は震えていたが、止血する布をもらえないかと冷静に申し出たのだ。必要なものが分かるのならば、怪我の治療に関する知識を持っている、ということに他ならない。この国の、少なくとも上流階級の淑女たちに、そうした事柄を自発的に学ぼうとする者はほとんどいない。

 (頭部には血管と神経が集まっている。ごく小さな傷でもひどく痛むし、出血も多い。……それに怯まなかったなら、やはり知識があるのか)

 可能な限りの速度で足を進めながら、ノルベルトは腕の中に目を落とす。咄嗟に差し出した己の外套を傷に宛がって、ほっとしたのだろう。瞳を閉じて静かな呼吸を繰り返している相手は、こうして抱き上げると予想以上に華奢だ。

 これほどか細い女性が、あのように立派な振る舞いをしたのか。そう思うと、不意に胸が震えるような心地がした。

 (陣の中央から現れたことで、殿下方はあちらの女性が聖女と断じた。かの御仁を守るために、必要な措置を速やかに取られるだろう。……ならば、この方は)

 おそらく、いや確実に。召喚を主導した面々は、儀式が成功した事実と麗しい『聖女』の存在に酔いしれ、讃えてむやみに誉めそやす。寄る辺ないもうひとりのことなど念頭にもないだろう。放置されるのならまだしも、物珍しさに目をつけた不逞の輩に攫われでもしたら……

 (――護らねば。それが出来るのは、自分だけだ)

 手前勝手な理屈を捏ねて、異世界からの召喚などという暴挙に出た者らから。そのためにはまず、治療と同時進行で準備をせねばならない。

 丸くなって眠る、今はいとけない子どものような顔をしている相手を、より一層丁寧に抱え直し。最大限揺らさないように、それでいて大急ぎで、医務室への歩みを再開した。




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