Episode 11 闇より出でし永々無窮の王

―聖界のとある森にて―


「そろそろ家に戻らない?私、お腹空いちゃった」


散歩に出てから既に二時間くらいが経っただろうか。日が頭の上を通過しようとしているし、確かに昼食には良い時刻だ。


「もうそんな時刻か。もうすぐ森の出口だから少し森の外をみてみたいな」


私がそう言うとセーラが真剣な表情で私の腕を引いて進行を止めてきた。


「だめよ!森を出るのは絶対にだめ!」


「わ、分かった。分かったから腕を引くのをやめてくれ」


セーラは腕を引くのを止め、鼻歌を歌いながら家に向かって私の前を歩き始めた。何故かご機嫌なセーラに私はこんな提案をしてみる。


「セーラ。今日は野営しようか?」


「え、何それ!楽しそう!」


よし、食いついた!

これで明日の朝、森の外の様子を見る事が出来る。

外の様子を見ることが出来れば私の記憶について何かヒントが得られるかも知れない。


「ではこれから野営地を探そう。セーラ、どこか良い場所を知ってるか?」


「うーん、そうね。先代の騎士王様の聖剣が刺さっていたと言われる『木漏れ日の空間カロマーレ』とかはどう?」


何だってそんな場所を選ぶのか、私には理解できない。

そもそも、なぜ彼女はその聖域の場所を知っているのだろうか。木漏れ日の空間カロマーレの場所は先代の騎士王しか知らないはずだ。

セーラ、彼女は何者だ?


「セーラ、木漏れ日の空間カロマーレは聖域だ。そんなところで野営なんて、精霊に呪われてもおかしくない」


「大丈夫よ、具体的な場所は童話でも示されていないし。あくまでも"私の中の"木漏れ日の空間カロマーレよ」


確かにセーラの言う通りだ。

木漏れ日の空間カロマーレに限らず、聖具誕生の場所については皆が「ここじゃないか?」と予想して楽しむ文化がある。

私は記憶を乱している原因として、心のどこかでセーラを疑っているのか?こんな10歳の少女を。


「ほら、マルタ様。私、セーラの木漏れ日の空間カロマーレに向かうわよ。少し、時間がかかるからまたお話を聞かせて」


「分かった」


こうして私とセーラは木漏れ日の空間カロマーレに向かうのであった。



―――――――――――



さて、どこまで話したかな...。

そうだ、サンサント王国の酒場で兵に捕まったところだった。兵に捕まった私とレイモンドはそのまま精霊王の居る城に連れて行かれたんだ。

精霊王は他の精人達とは異質の雰囲気を纏っていた。何と言うか、表情は薄いが殺気だつ魔物に近い雰囲気だな。


外見も他の精人とは異なっていた。

肌は絹を思わせるほどに白く、髪と瞳はまるでサンサントの洞穴のように深い黒色を呈していた。

上半身は黒のシャツにグレーのベスト、下半身は黒のパンツにブーツ、肩には黒のマントを羽織り、頭に漆黒の王冠を置いていた。

齢は騎士王とそう離れていないように見え、表情が薄い人物だった。


「ようこそ、我が城へ。余はサンサントの大地を貫きし大穴の闇より出でし王、オズワルド・ファフテールだ」


「私はマルタ。マルタ・アフィラーレ・ラスパーダよ」


「俺はレイモンド・ルークだ」


「レイモンド・ルーク...ルーカス・ルークの親族か。ルーク家は代々騎士の家系と聞いていたのだが商人もいたのだな。騎士道のみでは食って行けぬとみえる」


「はっはっは。俺には剣の才が無かったってだけの話で...」


レイモンドが苦笑いで答えた。

少しの間が空いた後、精霊王は無表情のまま口を開いた。


「ではグレグランドの商人よ、簡潔明瞭に答えよ。そなた達は最近、巷を脅かす魔人共か?」


「私達のどこが魔人に見えるっての?精霊王ならそれくらい聞かないで判断しなさいよ」


精霊王の顔の目元がぴくっと動いた。


「貴様、余を『精霊王』と呼んだな。浅学無礼な貴様に教えてやろう、余は精霊と聖女の間に生まれし精人の王、断じて精霊ではない。そもそも精霊には優劣も無ければ王などない」


「そんなことはどうでも良いのよ!」


「...良かろう。では裁定を始める」


その言葉と共に精霊王の後ろで、巨大な闇の塊が動き始めた。

その塊は黒い空間、あるいは光、いや煙の化け物のようにも見えた。大きく裂けた口には真っ黒な牙がズラっと並んでいた。


「コレは余の力が具現化したモノだ。ゆえに質は落ちるが奇跡も操れる。生物の魂を喰らうのが好きで、裁定を行う度にこうして出てくるのだ」


「罪人にならなければ問題ないんでしょ?」


「あぁ、もちろんだ。だが先ほどの貴様の態度、発言は不敬にあたるとは思わんか?」


「...」


「急にだんまりか、それも良かろう。では、始めるとしようか」


精霊王が玉座から立ち上がり、詠唱を唱え始めた。

漆黒の煙が精霊王を中心に渦を巻き始めた。


「主の裁定者よ、我が召喚に応じよ。我、一国の王として善悪を定めるその責務、主の眼前にて全うする。主の裁定者よ、余の定めし善悪に準じて疑わしき者どもを裁かれよ。無慈悲の裁定ガロディスカート


その時、私とレイモンドの左右に光の裁定者と闇の裁定者が現れた。


「彼らは神界より召喚した裁定者だ。彼らに嘘偽りは通じぬ。当人の自覚に関わらず、余が定めし善悪のどちらを成しているかを彼らが判断する」


「そんなの納得できない!」


「彼らに善悪の感情はない。ゆえに平等、ゆえに公正なのだ。ただその行いのみで裁定が下る」


「くっ...」


精霊王が左手を頭上に上げるのに合わせて、光の裁定者は剣を、闇の裁定者は鎌を上げた。

数秒が経過し、精霊王の左手が降ろされると同時に私は闇の中に飲み込まれたのだ。


――――――――――


【用語】


■サンサント王国

精霊と人の混血者が集まる国。

実際の居住種族は精人と人である。

精霊との混血者が多いため、「奇跡」の使用が生活の一部になっているのが特徴。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

そのエネルギーは未知のもので魔力とは異なり、魔法と誤解されることが多い。

主に聖界、神界で使われる。


1)エアリズーラ

物質を転送する奇跡。生き物には使用不可。

詠唱は、

「主よ。万物、その存在を如何いかなるところにて許したまえ」


2)ギュラリエーテ

対象の動きを封じる奇跡。力加減を誤ると対象を潰してしまう。

詠唱は、

「罰するが主の責務ならば、罪人つみびとばくする我が使命しめい、ここで果たそう」


3) 無慈悲の裁定ガロディスカート

神界より光の裁定者と闇の裁定者を召喚する奇跡。

使用者の善悪基準を元に対象の善悪を裁定する。

善人なら光の加護を、悪人なら死が与えられる。


詠唱は

「主の裁定者よ、我が召喚に応じよ。我、一国の王として善悪を定めるその責務、主の眼前にて全うする。主の裁定者よ、余の定めし善悪に準じて疑わしき者どもを裁かれよ」




【登場人物】

■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く10歳の少女。

2ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)

料理はそこそこ上手。


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

年齢不詳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

17歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。記憶の混濁が起こっているが、いったい...。


■レイモンド・ルーク

23歳の男性。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得があるそう。

2歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。

青髪のロングで後ろで結っている。

お酒好き。


■オズワルド・ファフテール

500歳の男性(外見は20代前半)。

精人の国、サンサント王国の国王。精霊王とも呼ばれる。

サンサントの洞穴の精霊と聖女との間に生まれた精人でその実力は当代一と言われており、現騎士王とはたまに小競り合いを起こしているとか、いないとか。

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