第二章 銀髪の少女と精霊王

Episode 10 奇跡の国、サンサント王国

―聖界のとある森にて―


私はセーラと森の中を歩きながら、自分の過去を振り返っている。この物語の先に私の記憶が混濁している原因があるはずだ。


「いよいよ旅立ちね!」


セーラが目を輝かしながら言う。


「あぁ。道中は特に大きな事も無かったからサンサント王国に到着した後の話をしよう」


「あらそう。マルタ様がそう仰るなら任せるわ」


まだ日が昇りきっていないからだろうか。

木漏れ日が降り注ぐ森の中はひんやりとした空気で満たされている。


―――――――――――


「マルタちゃん、マルタちゃん」


「―――んんっ…」


私はいつかのように、荷馬車の上で寝ておりレイモンドの声で目を覚ました。


「どうしたの?レイモンドおじさん」


「前を見てみな。サンサント王国が見えたぜ」


荷馬車から身を出してみると四方を山に囲まれた大穴の中心にその国はあった。


「え、洞穴の上に島が浮いている」


「あぁ、サンサント王国は精人の国。あれも『奇跡』のなせるわざってやつさ」


2時間ほどをかけて穴の縁に到着すると、人が10人乗れるほどの小さな浮島がサンサント王国と縁を行ったり来たりしていた。


「なるほどね。どうやって入るのかと思ったらこういうこと!」


「噂ではこれら浮島はサンサントの国王、精霊王が全てコントロールしているらしいぜ」


「一人が起こす奇跡の規模では無いわね。さすが、国王といったところかしら」


そんな話をしていたら浮島の一つが縁に到着した。

私とレイモンドはそれに乗り、サンサント王国に入国することになったのだ。


――――――――――


私は入国してすぐ、国の様子がおかしい事に気がついた。


「ねーレイモンドおじさん。サンサントって外出をあまりしない文化なの?」


「いやーそんなことは無いはずだが。前回来た時は催し物をしたりで活気がある国だったぞ」


そう、ほとんど人が外にいなかったのだ。

私はあまりに不自然なその状況を不思議に思い、人に話を聞くことにした。


「あのーすみません」


「わ!」


路上で声をかけた男性はビクッと身体を跳ねさせて、こちらをみた。まるで何かに怯えているようだった。


「人がすごく少ない気がするんですけど、何かあったんですか?」


「あんたら商人かい?そりぁタイミングが悪かったね。この国は今すごく危険なんだ。だから皆外にでてないのさ」


「危険?」


「あぁ、『魔人』が侵入して市民を襲っている。もう1ヶ月ほどになるかな。国は隠しているが既に100人以上が殺られているらしい」


「魔人...」


「幸い、僕の知り合いに犠牲者はいないからまだマシさ。それじゃ、君たちも気を付けるんだよ」


「はい、ありがとうございます...」


「おい、嬢ちゃん。どうした怖い顔をして」


「別に」


この時の私は魔人という言葉を聞いて故郷の村を、あの災禍の夜を、あの恐怖と復讐心を思い出していた。

情報を得た私達は近くで開店していた酒場で作戦を立てることにした。


「レイモンドおじさん、この国での私達の目的は何?」


「食料の調達、あとは『精霊の加護』を受けることだな」


「そう、でもそれだけじゃ足りない。私たちで魔人を殺すのよ」


「おいおい、急に物騒だな。魔人と戦って何かあったら俺らの旅、マルタちゃんの目的はどうするんだい?」


「話して無かったかしら?私は魔界の軍勢、可能なら魔界を潰すために騎士になるの。ここの魔人だって例外じゃないわ」


「復讐か。悪いことは言わねぇ、止めときな。復讐に生きてどうする?お前は死んじまった家族と友人の分も幸せにならないといけねぇ」


「レイモンドおじさん、それは理想論よ。人間はそんな簡単に割り切れないわ」


そんな話をレイモンドとしていると酒屋に鎧を着た二人組が入ってきて、若い方が私達に話かけてきた。


「こんにちは。見慣れない顔ですが、どちらから?」


「グレグランドだ」


「そうですか、最近は物騒でね。見慣れない顔の方にはお話を聞くことになっているのでご同行をお願いしたいのですが、よろしいですか?」


「イヤよ。話ならここでも出来るでしょ?一杯くらいなら奢るわよ、どう?」


若い兵が困った表情をしているのをみて、老兵が口を開いた。


「お嬢さん。そう、言われると困りますな。ご協力いただけないと力尽くで、ということになってしまいます」


「ふーん、やってみれば良いんじゃない?」


「...」


私がそう言うと店内に緊張が走った。

レイモンドは落ち着いた様子でビールを飲んでおり、さすがルーカスの弟といった様子だった。


「はぁ、それでは仕方ありませんね...」


私とレイモンドが身構えると、老兵は水色のオーラを纏い、静かにこう唱えた。


「罰するが主の責務ならば、罪人つみびとばくする我が使命しめい、ここで果たそう。ギュラリエーテ」


老兵が唱え終えた瞬間、私たちは目に見えぬ何かに身体を縛られてしまった。

いや、縛ると言うより巨大な手に握られているような感覚だった。


「私達をどうするつもりよ!」


「ご安心を、お嬢さん。我々は尋問や拷問はしない。そもそも必要ないのだ」


「どういう意味?」


「我らが王の奇跡の前には嘘や隠しごとは通用しないということです」


「え、まさか」


「はい。これから国王様と会っていただきます」


まさか最初の国で兵に捕まるとは誰も思うまい。

それに捕まった賊に会う国王も聞いたことがない。

そんな異常事態が私の冒険の始まりだ。



――――――――――


【用語】


■サンサント王国

精霊と人の混血者が集まる国。

実際の居住種族は精人と人である。

精霊との混血者が多いため、「奇跡」の使用が生活の一部になっているのが特徴。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

そのエネルギーは未知のもので魔力とは異なり、魔法と誤解されることが多い。

主に聖界、神界で使われる。


1)エアリズーラ

物質を転送する奇跡。生き物には使用不可。

詠唱は、

「主よ。万物、その存在を如何いかなるところにて許したまえ」


2)ギュラリエーテ

対象の動きを封じる奇跡。力加減を誤ると対象を潰してしまう。

詠唱は、

「罰するが主の責務ならば、罪人つみびとばくする我が使命しめい、ここで果たそう」



【登場人物】

■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く10歳の少女。

2ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)

料理はそこそこ上手。


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

年齢不詳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

17歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。

記憶の混濁が起こっているが、いったい...。


■レイモンド・ルーク

23歳の男性。

グレグランドを拠点とする商人。護身術の心得があるそう。

2歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。

青髪のロングで後ろで結っている。

お酒好き。

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