Episode 9 旅立ちの日

―聖界のとある森にて―


朝食を終えた私とセーラは私の家を取り囲む森に散歩に出かけることになった。ここ最近、出かけていなかったから気分転換にもなり、丁度良い。


左右に巨樹がそびえ立つ道を二人で歩きながら、言葉を交わす。そう、まるで何かを確かめるように。


「ねーマルタ様。その腰に下げている剣は散歩に必要なものなの?」


「万が一のためにだ。この森にも獣はいる。最近は魔界からの侵攻が活発化しているから魔物が隠れている可能性もある」


「―――大丈夫よ。マルタ様がこの森に住んで約五年、魔物なんて見ていないでしょ?」


「五年?何を言っているんだ、セーラ。私はつい先日、この森に来たばかり...」


あれ、何かがおかしい気がした。

私はこの森に5年も滞在したりはしていない。

仮に一定の期間滞在していたとして"住んでいる"と言われるほどでは無いはずだ。


―――セーラはいつから私の家に来始めた?

確か、二ヶ月ほど前だったはず。しかし、先日まで魔界の軍勢と戦い、その傷を癒すためにこの森に...。


「――様、マルタ様?」


「セ、セーラ」


「大丈夫?ひどい顔色よ?帰る?」


セーラが心配そうに私を見ている。

落ち着かないと、記憶のことは後でゆっくり考えよう。


「大丈夫だ、セーラ。そうだ、昔ばなしの続きを聞かせてあげよう」


「う、うん。マルタ様が大丈夫なら」


巨樹が立ち並ぶ森の一本道。

鳥獣の気配はない、もちろん魔物の気配も。

しかし、私は常につるぎに手をかけ続けている。

これはいったい何の記憶なのだろう。


過去を辿ってみよう。

私はそう思い、昔ばなしの続きを語り始めた。


―――――――――――


私は鶏の鳴き声に合わせて起床し、その日を迎えた。ルーカスとマーシャとは国の壁門で待ち合わせていた。

朝食を済ませた私は荷物の確認を始めた。


「水袋、干し肉、羽根ペン、ノート、インク、巻布、ナイフ、ブラシ、ランタン、衣服…っと。よし!大丈夫かな」


最低限の荷物をリュックサックに詰め、私は家をでた。修練を積み、体力をつけた私でも壁門までは走って30分ほどかかった。


「おっ、やっと来たな。マルタ」


「10分の遅刻ですよ。マルタ様」


ルーカスとマーシャが門の処で待っていた。


「ごめん、ごめん!荷物確認に時間がかかって」


「ったく」


「だから謝っているでしょ?それより何なの?私に渡したい物って」


私は前日にルーカスから、当日に渡したい物があると言われていたのだ。


「おう!渡したい物ってのはこれさ」


そう言ったルーカスがほいっと何か長いのを布で包んだものを投げ渡してきた。


「おっと...!投げないでよね!落としたらどうするのよ」


「まー良いから開けてみな」


「もう、分かったわよ」


丁寧に布に包まれたそれを開けると、そこからは美しいつるぎが出てきたのだ。


握りは深い青色。

銀色のつばには握りの青色を使い、水面と月を表すラインが描かれていた。

刃は真ん中に青を地色とした軸があり、それを囲むように銀色の刃がついていた。

鞘は青色を地に銀色のラインでグレグランドのシンボル、剣の王冠が描かれていた。


「綺麗な剣...」


「だろ?その剣は特別製でな。俺が材料を採ってきて刀匠に製作を依頼したんだ。鞘のシンボルはマーシャが描いたんだぜ」


「ルーク卿、余計なことは伝えなくてよろしいかと」


「照れんなよ、マーシャ」


「照れてはおりません」


今思いだすと、マーシャは少し恥ずかしそうにしていた気がする。


「ありがとう!ルーカスさん、マーシャ」


「弟子が旅立つってのに、何もないのは少し寂しいじゃねぇか」


「え、私はルーカスさんの弟子だったの?」


「おいおい」


「冗談よ、ありがと。それじゃあ―――出発するね」


「マルタ、ちょいと待ちな。この旅にはお供がいるんだ」


「お供?」


そうルーカスが言うと門に一台の荷馬車が向かってきた。そこには見慣れた顔が乗っていた。


「おーい!嬢ちゃーん!」


「ルーク...さん?」


「あぁ、俺の弟のレイモンドだ。マルタのことをずっと気にかけていてな。今回の話しをしたら一緒に行くって言い出して聞かなかったんだ」


ルーカスの弟のレイモンド・ルークと合流した私はついに出発の時を迎えた。


「じゃあ行ってくるね、ルーカスさん、マーシャ。帰ったら一緒に竜の卵を食べましょ」


「マルタ様、道中お気をつけて」


「おう!行ってきな。命だけは落とすなよ。挑戦は何回でも出来るんだ」


レイモンドとルーカスが顔を合わし、軽く頷いた後に荷馬車は出発した。


ルーカスとマーシャは私達が見えなくなるまで、門の前に立っていた。マーシャはハンカチを顔に当てているように見えたから、泣いていたのかも知れない。


「さて、嬢ちゃん。最初はどこに向かおうか?」


「マルタ、私の名前はマルタよ。レイモンドおじさん」


「悪い悪い、マルタちゃん。嬢ちゃんと呼ぶには逞しい雰囲気になっているしな」


「この半年は修行ばかりだったからね。で、行き先だけど、竜の巣はグレグランドの西にある山の頂上にあるらしいわ」


「なるほど。だったら精人の国、サンサント王国に行くのが良いかもな」


「精人の国?」


「あぁ、精霊と人の混血が作った国だ。人口は5万人ほどの小さな国だな。『精霊の加護』を受けることが出来るから、やっとくのがオススメだぜ」


「へー!少し、興味があるわ。そこに行ってみましょう!」


「了解」


こうして私とレイモンドは竜の卵を求める旅を始めたのだ。


――――――――――


【用語】


■サンサント王国

精霊と人の混血者が集まる国。

実際の居住種族は精人と人である。

精霊との混血者が多いため、「奇跡」の使用が生活の一部になっているのが特徴。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

そのエネルギーは未知のもので魔力とは異なり、魔法と誤解されることが多い。

主に聖界、神界で使われる。




【登場人物】

■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く10歳の少女。

2ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)

料理はそこそこ上手。


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

年齢不詳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

17歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。

記憶の混濁が起こっているが、いったい...。


■ルーカス・ルーク

25歳の男性。

先導の称号を持つグレグランドの十二騎士の一人。

2歳下の弟、レイモンド・ルークがいる。

青髪のロングで後ろで結っている。

槍術を得意とする騎士。

口調から誤解されやすいが、根は真面目で義理人情を大切にするタイプ。


■ミーシャル・マーリン

セミロングの40歳の女性。

先代の騎士王から使える使用人。

騎士王の身の回りから公務まで、あらゆることをサポートする。料理が得意。奇跡を使える。



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