Episode 7 課題達成

―聖界のとある場所にて―


「出来たわ!」


話の切が良いタイミングで夕食が完成したようだ。

メニューはサラダ、バケット、メインは鶏肉のシチューだ。


「竜の卵は明日の朝食ね」


セーラはそう言って、料理をテーブルに運び始めた。


「マルタ様、お話を聞かせて下さりありがとうございます。頂きます」


「頂きます」


二人で食材に対して感謝を述べ、食事を始めた。

そこからは他愛もない話で盛り上がった(セーラが)。

竜の巣に行くまでのトラブル、出会った人、竜との戦い。


食器洗いは二人でやった。

セーラは私と一緒に何かをすることがとても楽しいらしい。


全ての片付けが終わり、二人でベットに入った。


「ねーマルタ様。お話の続きを聞かせてよ。寝るまでで良いの」


「...仕方がないな」


そういうとセーラは嬉しそうに目を瞑り、私の肩に頭を乗せて来た。


外はシンと静まっている。

まるでこの世界には私とセーラしかいないみたいだ。暖炉の焚き火の音を聞きながら、私は話を始めた。


―――――――――――


「わぁ、これが精霊の泉...」


そこはとても幻想的な場所だった。

巨樹が立ち並ぶ森林で、そこだけぽっかり穴が空いたように空間が広がっていた。

まるで誰かが管理しているように背丈を同じにした低い草が泉の周りを囲んでいた。

そして、泉の中心には浮島があり、色とりどりの花が咲き乱れていた。


「マルタ様、森林牛がいます」


「あ、ホントだ。道中一回も見なかったのに」


「深林牛は名前の通り、ルーンの森の深奥にしかいません。性格は大人しいのですが、ルーンの森を出ると手が付けられないほど獰猛化するので、家畜化出来ないそうです」


ミーシャの解説を聞いた後、私は搾乳するために深林牛にそろりそろりと近づいた。


「すごく大人しい。ちょっと可愛いわね」


搾乳を終えた私は泉の水をボトルに入れ、ミーシャの元に戻った。


「おめでとうございます、マルタ様。これで全ての食材が揃いました」


「やっと終わったわー。もうクタクタよ」


「そうですね。しかしこの一週間は無駄では無かったと思いますよ?体力も少しついたように見えます」


では帰りましょうと歩き始めたミーシャの後ろを着いていこうとしたその時、声がしたのだ。


「マルタ。アリスをよろしくね」


驚いて振り返ると泉の真ん中、花畑の上に騎士王様そっくりの女性が立っていた。


「ミ、ミーシャ...」


ミーシャの名前を読んで、再び泉を見ると女性は居なくなっていた。


「どうされました?マルタ様」


「...いえ、何でも無いわ」


あれが泉の精霊だったのだろうか、もしくは雰囲気に当てられた私がみた幻影だったのだろうか。いくら考えても当時の私には分からなかった。


こうして私とミーシャは食材を全て手に入れ、グレグランド王国への帰路についたのだ。


――――――――――――


結論から言おう。

今回、私が作ったシチューでミーシャから美味しいは引き出せなかった。

苦労して集めた食材ということでミーシャの情に訴えるつもりだったのだが、甘くは無かったのだ。

あんまりですね、の一言で一蹴された。


ここからの二ヶ月間。私は海、山、洞窟と色々な場所に食材を採りに行き、料理を作り続けた。

最終的にミーシャが美味しいと言ったのは料理で言うと6品目だった。


「ごくっ...」


「....」


「こ、今回はどう?ミーシャ」


「はい。これまでで一番良い出来だと思います」


「お!」


「しかし、まだまだ甘いですね。食材の下処理が十分ではありません」


「えぇ...またダメかぁ」


そう言って私が床に倒れた時、ミーシャは言った。


「そうですね、技術はまだまだ。しかし、美味しいと思います」


「え?今、なんて言った?」


「この料理は美味しいと申しました」


「なんで?技術はまだまだなんでしょ?下処理が足りないって」


「マルタ様。あなたはこの二ヶ月間、あらゆる場所に赴き、苦労しながらも食材を集めてきました。その結果、体力だけでなく技術や知識、人の苦労を学び、人として成長したと思います。それが料理に表れています」


慣れないミーシャからの褒め言葉に動揺したのを今でも憶えている。


「そうやって心に余裕が出来たからこそ、本当の意味で私が美味しいと感じる料理は何か、を考えながら料理を出来たのでしょう。だからこそ今回の料理は美味しかったのです」


「そっか。私、成長出来たのね」


「成長は人に言われないと気づきにくいものですから」


こうして私はルーク卿からの課題を一つクリア出来たのだ。


「ルーク卿には私からお伝えしておきます。マルタ様はゆっくりお休み下さい」


「ありがとうミーシャ」


ミーシャは一礼して厨房から出ていった。

その後、私は城の中の庭園にある家(小屋?)に戻り、この二ヶ月の疲れを思い出したかのように深く眠ったのだ。

そう、今のセーラのように。



――――――――――


【用語】


■ルーンの森

グレグランド王国から北に10kmほどの場所にある森。聖界きっての巨樹の森でさまざまな動植物が生息する。

森の中心部には泉があり、森を守る精霊が棲むと言われている。どうやらその精霊は現騎士王の母らしい。



【登場人物】

■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く10歳の少女。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)

料理はそこそこ上手。


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

年齢不詳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

17歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。

その後、聖界最大の国、グレグランド王国に保護され、王様の許可を貰い騎士を目指す。


未来の身分は不明。しかし、セーラが「様」を付けているところから、ある程度高貴な身分ではありそうだが...。


■ミーシャル・マーリン

セミロングの40歳の女性。

先代の騎士王から使える使用人。

騎士王の身の回りから公務まで、あらゆることをサポートする。料理が得意。奇跡を使える。


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