Episode 2 若き天姿国色の王

―聖界のとある庭園にて―


色とりどりの野花が咲く庭園で暗い話をしているというのに、セーラは私にもたれながら楽しそうに話を聞いている。


「それでそれで?商人のおじさんとはどうなったの?」


「彼はルークという名だと分かったのだか、道中はあまり会話をしなかったな。心の整理をしたいだろうと配慮してくれたそうだ」


「へー、とても良い人ね」


「あぁ。彼とは長い付き合いになるのだが、それは少し先の話だな」


セーラは少し間をおいてから聞きにくそうに私に尋ねてきた。


「そのーマルタ様はその日から五年前の戦争までずっと復讐を目的にして生きてきたの?」


「...そうだな、そうだった気がする。いや、今もそうかも知れない。仮に魔界が滅んでいないとしたら私はすぐにでも森を出て、剣を握るだろうな」


「やっぱり、そうなのね。私に出来るのはもうこれしか...」


「ん?」


「いや、なんでもないわ!それより話の続きを聞かせて」


「それよりってセーラが私に聞いてきたのではないか」


「へへっ」


セーラの自由奔放ぶりに振り回されながら私は物語の続きを語り始めた。


――――――――――――――


ゴトッゴトッゴトッ...


ルークという名の商人に拾われてから二日が経った頃。そうそう、聖界最大の平原、ルーン平原手前の丘を登っているところだ。


「嬢ちゃん、あれがグレグランド王国だぜ」


「わー!凄い!」


「そうだろ?何せ聖界最大の国だからな」


丘の頂上を越え、私は目の前の景色に息をのんだ。

周りを丘に囲まれた広大なルーン平原の真ん中にその国はあり、灰色の壁に囲まれていた。

国の中央には白と青色で彩られた美しい城が悠然と建っていて、私はそれに感動を覚えたのだ。



この大国なら騎士になり、そして村を襲った魔物に復讐することができる。当時の私はそう確信した。


「国がでかいからわかりにくいが後2キロメートルってとこかな。もう少しだぜ、嬢ちゃん」


「ルークおじさん」


「ん?どうした?」


「私を助けてくれてありがと」


「何を今更、良いってことよ!」


この時に何でか、私はルークに感謝をしたくなったのだ。


______________


30分ほどが経ち、私達は国の入口に到着した。


「そしたら、門番に話してくるからちょいっと待っていてくれ」


そう言ってルークは馬から飛び降り、歩いて行った。


彼は鎧を身に纏った門兵にこちらを指差しながら、おそらく、私の境遇について説明してくれた。


それから数分後だろうか、ルークと門兵が歩いてきた。


「嬢ちゃん、この方達が保護してくれるってよ。よかったな」


「あなたを保護します。私に着いてきて下さい」


私は荷台から降り、門兵の後ろを着いて歩いた。

少し歩いたところで、背中からルークの声が聞こえてきた。


「嬢ちゃーん!元気でなー!きっと良いことがあるぜー!」


その言葉に私は胸がいっぱいになり、大声で別れの言葉を言ったのだ。


「ルークおじさーん!ありがとうー!」


____________


ルークと別れて1時間、

兵に連れられ、城に来た私はソワソワしていた。

一面が高貴な装飾できらきらした部屋。

天井は高く、まるで空がそこにあるかのように水色のペイントが施されていた。

田舎村出身だった私には慣れない景色だ。


出された飲み物とお菓子はなんだろう?恐らく紅茶とケーキなのだが、今まで経験したことが無いくらい美味しい。

そんなふうに辺りを見渡していると、扉が開き、使用人と思われる女性が入ってきた。


「どうぞこちらへ。騎士王様がお待ちです」


私は紅茶をぶふっと吹きそうになってしまった。

当たり前だ。騎士王と私が直接話すなんて、一生に一度あるか無いかの機会に違いなかろう。


私は動揺を隠せないまま、女性の後を歩いた。

しばらく歩いた後、一際大きい両開きの扉の前でその女性は止まった。


「この扉の向こうに騎士王様がいらっしゃいます」


そう言って扉をノックすると、扉はゆっくりと開き、光が溢れ始めた。


___________



玉座の間はとてもシンプルな構造だった。

部屋の中心に階段があり、その先に玉座がある。

中にいるのは鎧にマントを羽織った騎士王と田舎者な身なりをした私の二人だけだった。


床には国を取り囲む平原を再現するように背丈の低い草花が植えられていて、天井はドーム状のステンドグラス張りになっており、常に柔らかい光が部屋を照らしていた。


「そなたがクク村の生存者か?」


「はい、騎士王様。マルタ・アフィラーレ・ラスパーダと申します」


「ラスパーダ...そうか。そなたが」


私の名前に心当たりがあるような反応を騎士王はした。


「この度の悲劇、誠に残念であった。今後、二度と同じ悲劇を起こさぬよう魔物の情報が欲しいのだ。何か見たり、聴いたりはしてはおらぬか?」


「私が見たのは魔人と戦う一人の騎士様のみでございます。短剣を二つ持った双剣使いの騎士様です。彼は私を逃がそうと魔人に腹を突かれました。しかし、最後の力で魔人の左腕を切り落としたのでございます」


「なに?魔人に腹を突かれ、左腕を切り落とした...」


「は、はい。私にはそう見えました」


私を助けてくれた騎士の最期を話すと、騎士王様は何かを考えるように下を向いた。


「分かった。感謝する、勇敢な少女マルタよ。今後の身の振り方についてはゆっくり考えると良い」


「待って下さいっ!」


声が大きくなってしまい、私は慌てて口を押さえた。


「他に何か?」


騎士王は落ち着いた声で問いを投げかけてきた。


「わ、私...騎士になりたいんです」


震える声で伝えたが、緊張で騎士王の顔が見れなかった。女が騎士なんで思い上がりかもしれないとも思った。


「そなたが騎士だと?」


「は、はい。騎士になって村を襲った魔物を...」


そう言うと騎士王が立ち上がり、階段を降り始めた。腰には聖剣を下げていた。

どうしよう、私は斬り捨てられるのかもしれない。

そう考えると顔を上げられなかったのを憶えている。


顔を下げ、膝を地面につく私の前に騎士王がきた。

斬られる!と思った次の瞬間、騎士王は私の右肩に左手を置いた。


「面を上げよ、マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ。しかと前を見据え、歩み続けるのだ。さすればそなたの運命も切り拓かれよう」


顔をあげ、騎士王の顔を見た。

玉座では逆光になっていて顔が分からなかったが、金髪の若く美しい女性だった。そしてとても優しい微笑みを私に向けていたのを憶えている。


「騎士になるためには二つの方法がある。一つは戦果を上げること、もう一つは竜の卵を手に入れることだ」


私はごくっと唾を飲んだ。


「そなたは竜の卵を手に入れるのが良い。難易度とは別に、竜の卵にはそなたが騎士になるための身体作りに必要な要素が全て含まれている。きっと役にたつ」


騎士王はそう言ってマントをひるがえし、玉座に戻った。


「マルタよ。まずは身体を休め、準備を整えよ。

そして竜の卵を持ち帰るのだ」


そう言い終わると使用人が入ってきた。


「マルタ様、どうぞこちらへ」


私の次の謁見者が入れ替わり入っていく。


「騎士王様、人界の長との会合ですが...」


扉が閉じ、騎士王の姿が見えなくなった時、私は一つの達成感を持っていた。

私は騎士を目指すことを許されたのだ。


___________


【人物】

■騎士王

22歳の女性。

聖界最大の国、グレグランドの10代目国王。

グレグランド王国は騎士の国でもあり、国王のことを騎士王と呼ぶ。





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