銀髪の少女と竜の卵
家ともてる
第一章 銀髪の少女マルタ
Episode 1 語るは遠き災禍の夜
―聖界のとある庭園にて―
聖界。
この世を構築する4つの世界、
これは世の中によくある復讐劇というやつだ。あの戦いが終わってから5年は経っただろうか、もう随分と
今の私は戦いを終え、とある森の奥の泉に浮かぶ小島の家に住んでおり、その家はクリーム色の土づくりの壁、橙色の瓦の屋根から煙突が伸びている。
5年前、この家に出会った時に既に家主は不在であったが、つい先刻まで人が住んでいたかのような活気を家が纏っていたのを憶えている。その後、家主が戻ることは無く、結局誰の家かは分からないが、今は私が住んでいるのだ。
さて、二ヶ月ほど前かな。
私が経験した戦いの物語を聴きたいとセーラという少女が私のところに訪ねてきた。
彼女は川の水のように爽やかな青色の髪をしていて、肩甲骨まである髪が揺れるたびに、それこそ川の流れを思わせた。
服装は肩にフリルの付いた白のシャツに紺のスカートを履いており、身長は120か130cmといったところで、歳も10歳くらいだろうと思う。
そんな彼女は週にニ、三度私の家を訪ねては「貴方が英雄マルタ様ですか?ぜひお話を聞かせて下さい!」と言ってくるので毎度、彼女を追い返している。私としては良い記憶の方が少ないので、あまり話したくはないのだ。
しかし、彼女は今週はまだ来ていない。
恐らく、前回私が伝えた「竜の卵を獲ってきたら話しても良い」をきいて諦めたのだろう。
あの竜は聖界が誕生した時から存在するという伝説が残るような奴だ。10歳の少女が簡単に奴の目を欺き、卵を手に入れられるわけが無い。
そんなことを野花が咲く私の庭園で考えていたら、
ドンドン、ガチャッバタン、ドタドタ、
と何者かが表の扉を開け、家の中を通り抜けてこちらに近づいてくる音がした。鍵をかけ忘れてしまったのか!と私は思った。
「マルタ様ー!ちゃんと竜の卵をとってきたわよ!
今日こそは約束通り、マルタ様の英雄譚を聞かせて貰うわ!」
ぐっ...こんな小娘に卵を獲られるとは、あの竜も年には勝てないのだろうか。さて、どうしたものか。
「英雄譚のような輝かしく、華やかなものではない。ただ、魔物への復讐心に駆られた愚かな娘の話だ」
「マルタ様、それを決めるのは私よ」
「...」
花畑の上、目をきらきらさせながら隣に座る少女。私はその眼差しに対してこれ以上、拒否は出来なかった。
「私の気分が乗らなくなったらすぐに止めるからな」
「やった!ありがと!」
こうして、私はセーラという名の少女に私の物語を語り始めたのであった。
――――――――――――――
私は聖界と魔界の境界付近にあるクク村で生まれ、17歳までをその村で過ごした。セーラも知っているとは思うが、聖界と魔界の境界には結界が張られている。ゆえに魔界付近とはいえ平和な土地だったんだ。
ある晴れた日の午後、私は山に薬草を集めに出かけていた。病気で寝込んでいる母に薬効のあるものを食べさせて元気になってもらうためだ。
薬草集めは順調に進み、辺りが暗くなってきた頃。私は村の様子がおかしいことに気づいた。祭りでもないのに村がやけに明るかったのだ。
そして私は気づいた、あれは火だと。
それも村全体を覆うほどの炎になっていると。
「ハッ...!ハッ...!ハッ...!」
嫌な感覚が頭をよぎり、私は走りだした。
山の下り道は一番危険だ。木々の枝が何度も身体を小さく裂いていった。それでももっと速く、もっと速くと私は走り続けたのだ。
「おがあぁさん!!おがぁさーん!!」
私が村に辿り着いた時、全てが燃えていた。今朝まで母親と過ごした家、集会所、私の思い出の全てが。
「み"んなー!!どこにいるの!!」
家や何かが焦げた嫌な匂いが炎の熱とともに辺りを満たしていた。
走る私はグニッとしたモノを踏んだ。死体だ。誰かはわからない、だがとにかく人が燃えていたのだ。
「ゔぅ...お"ぇっ」
胸の奥から何かが込み上げてきて、私は吐いてしまった。辺りをよく見ると人間に混じって魔物らしき死体もあった。
「魔物が村を?全員...?」
その時、キィンと金属が当たる音がしたのだ。
「誰か生きてる!!」
私は走った。
吐きながら、炎の熱で喉を焼きながら。
「誰か!誰かいるの!!」
角を曲がると、一人の騎士が魔人と戦っていた。騎士は短い剣を二つ持った双剣使いだった。
「...騎士?助けに来てくれたんだ!」
騎士が私に気づいて、こう呼びかけてきた。
「逃げろ!森に向かって全力で走れ!」
その瞬間、騎士は魔人から目を離してしまったのだろう。魔人の左腕が騎士の胴体を貫くのが見えた。
「がっ...ぐふっ」
彼も騎士として最低相討ちにしたかったのだと思う。最後の力で自身を貫いた魔人の左腕を切り落としたのだ。
「ハッ...!ハッ...!ハッ...!」
その瞬間、私は走り出した。
追手が来ていないか、何度も振り返った。
とにかく走ったのだ、森の方へ、森の方へ...と。
体力が無くなる頃には丘を越え、村は見えなくなっていた。
「もう...むり...」
目の前には川があり、ごくっとひとすくいの水を飲んで、私はそのまま眠ってしまった。
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ゴトッゴトッゴトッ、ゴンッ
「んっ...」
揺れる地面に頭をぶつけ、私は目を覚ました。目を開けると地面ではなく、木の板の上で寝ているのだと気づいた。
「おっ!目が覚めたかい?銀髪の嬢ちゃん」
馬の
「いやー嬢ちゃんを見つけた時はビックリしたね。何だってあんな川で行き倒れてたんだい?」
「私の村が...魔物に襲われて...」
「えっ?もしかして嬢ちゃん。クク村の娘かい?」
「はい、そうです」
「ってことは3日間も川で倒れてたのか。そりゃ気の毒になぁ。嬢ちゃん!これからグレグランド王国に行くから保護して貰うと良い。騎士の連中が今回の生存者を探していたからな」
グレグランド王国。
聖界最大の国で、騎士の国とも呼ばれていた。グレグランドの騎士達の活躍で魔物の侵攻を抑えていたのだ。
この話を聞き、私の中である感情が芽生えた。
「騎士になれば奴らに復讐出来るかもしれない...」
「え?嬢ちゃん、何か言ったかい?」
「いえ、何も」
「そうかい!なら少し飛ばすぜ。しっかり掴まってな」
揺れる荷台。
私は復讐という感情の種を胸に聖界最大の国、グレグランドを目指した。
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【用語】
■四界
この世は神界、聖界、魔界、人界の4つの世界で構成されている。
■グレグランド王国
選ばれし英雄。騎士王によって統治される聖界最大の騎士の国。
騎士の中でも英雄と呼ばれる、グレグランドの十二騎士は聖界全域を守護する存在で「彼らなくして今の聖界なし」とまで言われる。
【登場人物】
■謎の少女
マルタの昔ばなしを聞く10歳の少女。
竜の卵を手に入れる実力がある(?)
■マルタ
この物語の案内人の女性。
少女が「様」を付けているところから、ある程度高貴な身分ではありそうだが...。
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