10.『尋問』
「ぐッ……⁉」
どすっ、と衝撃と伴って身体の中から音が響く。
「れ、レクシスさん⁉」
少し離れたところから聞こえるキノミの悲鳴。──灼熱が広がっていく。白む視界をいっぱい見開くと、右肩口に矢が深々と突き刺さっていた。
キノミを突き飛ばしたレクシスに矢が突き刺さったのだ。
「レクシス……? 貴様ッ、よくもレクシスをッ!」
激高したパトリツィアが瞬時に手刀を振るう。
矢を放った襲撃者の両手首が瞬く間に切断された。
悲鳴を上げて、血を流しながら転がる襲撃者にパトリツィアは歩み寄る。まるで路傍の石を見るかのような興味の欠片も抱いていない冷たい眼差しだった。
手を振り上げ、襲撃者の頭蓋を砕こうとしたパトリツィアの肩に手が置かれる。
「待て、待て……まあ、落ち着けって」
右腕を力無くぶら下げたレクシスは脂汗を流しながら弱々しく笑みを作った。
「レクシス、大丈夫なのですか⁉」
駆け寄ってくる彼女を手で留める。
「僕は医者だぞ……? 自分の身体は良く分かってるさ。……それよりも、せっかく生き残ってくれたんだ。他の連中は全滅だし、どうせなら情報を吐かせないとな……」
細い縄をパトリツィアに投げる。
「彼の血を止めおいてくれない? やり方は前に言った通りにやればいいからさ……」
パトリツィアは困惑した様子で縄を見つめると諦めたかのように襲撃者の元へ歩み寄る。
「な……ひっ……」
手首を斬り落とされてもなお、襲撃者はパトリツィアから離れようとする。まるで水に溺れた虫のような動きだった。背中を足で踏みつけて手首に縄を巻く。そして引っ張ると鋭い悲鳴があがる。が、血は大方止まった。
「さて……と、質問に答えてもらおうかな……」
痛みに目を剥く襲撃者の前に膝をつく。
「な、なんの質問だ⁉」
「どうして、僕たちを襲ったんだ? 答えてくれると嬉しいな」
「そんなことより、血が……痛い、痛い……!」
レクシスは地面に伏した襲撃者の頭を持ち上げる。そして、視線を合わせる。
「僕は医者なんだ。質問に答えれば命は助けてやるよ」
「イシャ……? た、助けてくれるのか?」
「もう一度聞こうか。なぜ、教会と領主の証の彫られた馬車を襲ったんだ? よっぽどの馬鹿でもない限り、後先を考えれば襲えないはずだ」
ツィタル正教の印と教会の兵が乗り込んだ馬車だ。
組織を作っている連中ならば、たとえ野良の盗賊団でさえ襲うことを躊躇する相手。
それは信仰心やらの問題ではなく、教会の悪なる者へ対しての報復は苛烈を極めるという噂からだ。まともな相手ならば教会の印を見るだけで恐れる。
「それは……」
「なんだ? 面白い話でもあるなら聞かせてよ」
「お、俺からはとても……」
口ごもる相手に対して、小さな驚きが浮かぶ。
ここまでやって、まだ口を割らないのか。
野良の盗賊団ではない、更に大きな組織が裏で糸を引いているということだろうか。
きな臭くなってきた。これは普通の襲撃ではない。
「どういうことだ? 僕が目的じゃないのか?」
「答えなさい。答えねば背骨を踏み折ります」
パトリツィアが背中を押さえつける脚に力を込める。
「ひっ……⁉」
「答えてくれる? このお姉さんマジで怖いからさ、あっさりやっちゃうよ?」
大きな迷いが襲撃者の脳裏を駆け巡ったのだろう。心の中の天秤が決するのを、レクシスは肩に突き刺さる灼熱の痛みを顔に出さないように耐えながら、待つ。
やがて、襲撃者は小さな声で呟くように。
「お前たちは何なんだ……俺は……ただ、命令でそのガキを殺せと……」
「ガキ……キノミのこと? ……命令、か」
振り返ると、影から恐る恐るこちらを見ていたキノミの肩がぴくりと揺れた。
顔からは恐怖が読み取れる。
「僕が乗っていたのは偶然で、目的はキノミを殺すこと……?」
「た、頼む……血が溢れてくる……止まらないんだ、もっとしっかりと止めてくれ……!」
意味が分からない。レクシスが狙われるのならば話が分かりやすかった。ツィタル正教の勢力圏である南部で、レクシスの人を癒やすすべ──医術は反目を招きやすい。
教会の治癒師を侮辱するようなことも何度も繰り返してきた。
当たり前だ。やつらは、人の命の扱いとやらがなっていない。気持ちの悪いゴタゴタを死ぬ理由とやらに結びつけて、勝手に踊っているだけだ。
命に率直な獣の方が見ていて心地がいい。
……と、そんなことを公言して憚らないレクシスは、当然のように教会から嫌われている。教会から召喚を受けて、問答無用の宗教裁判で火炙りにされることも覚悟していた。
だが、襲撃者たちに命令を下した人物は教会らに呼び出しを受けたレクシスに見向きもせずに教会の兵を襲って、あまつさえ教会治癒師の見習いであるはずのキノミの命を奪おうと画策していたのだ。
この南部でそんなことをすればどうなることか、火を見るよりも明らかなのに。
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