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それは9年半前の事だった。この日は宇藤原小学校の卒業式だ。だが、今年の卒業式は特別なものだ。卒業式のある3月限りでの閉校が決まっていて、誰もが特別な想いで卒業式を見ていた。卒業生はたったの1人、山崎昇だけだ。かつてはもっといたが、今では山崎1人だけだ。体育館は卒業式を行うにはあまりにも大きすぎる。真ん中の在校生の椅子が少ない。それを見るたびに、寂しさを感じたという。
卒業式を終え、卒業生と在校生はグラウンドにいた。まだ桜は咲いていないが、心の中には桜が咲いている。桜が咲く頃には、すでに閉校式を迎えているだろう。そして、校舎はただの建物になってしまうだろう。
「卒業、おめでとう!」
「ありがとうございます!」
担任の江本は喜んでいる。だが、山崎はさえない表情だ。もうすぐこの小学校は閉校になってしまうからだ。母校がなくなってしまうのは、とても寂しい事だ。だけど、受け入れないと。
「よかったな」
「うん・・・」
山崎は涙を流している。みんなとの別れも寂しいし、この小学校との別れも寂しい。
「その気持ち、わかるよ。宇藤原小学校はもう今月でなくなっちゃうからな。そして山崎、お前が最後の卒業生だな。お前が最後の卒業生だという事に誇りを持って、中学校でも頑張ってくれよ」
「うん!」
井川は校舎を見ている。通ってきた小学校がなくなってしまう。そう思うと、とても寂しい気持ちになる。過疎化は宇藤原に悪影響を及ぼす。それは実家の診療所にも影響が出ている。受診者が少なくなり、お金が入らなくなる。父は閉鎖、転勤を考えているほどだ。だが、この地域の人々のために頑張らなければならないという思いが、父を突き動かしていた。
「もうこの学校、なくなっちゃうんだね」
「しょうがないんだ。生徒が少ないからね」
上田も寂しそうだ。宇藤原小学校が好きなのに、今月で閉校になってしまう。それは、来るべき場所がなくなってしまうようで、あまりにも残念だ。
「そうだね。寂しいね」
「うん」
御村は考えた。宇藤原小学校での1年間は短かった。だけどそれは、かけがえのない1年間だった。その間に、様々な事をした。それはどれも、忘れられないものばかりだ。それは、きっと一生の財産になるだろう。
「修了式は、閉校式でもあるんだね。校長先生、寂しいよ」
「わかるわかる」
泣きそうになった御村を、校長の島田は慰めた。自分だって寂しい。だけど、受け入れないと。
「今月でこの村ともお別れだ」
「校長先生・・・」
と、神崎は上田の肩を叩いた。花子は驚いた。どうしたんだろう。
「離れても、いつまでも思い出では一緒だ」
「そうだね。寂しくないね」
上田は少し勇気が出た。来月から増川小学校に転校だけど、これからも友達でいようね。
「もっと多くの生徒がいたのに、今ではこんなに少なくなった」
卒業生の1人、鈴木は残念がっている。あの頃はもっと多くの生徒がいた。だけど、これだけになってしまった。そして、閉校になってしまう。
「仕方ないのかな?」
「うーん・・・」
と、島田は空を見上げた。東京の人々も、同じ空を見ているんだろうか? 過疎化の進む集落の事を考えているんだろうか?
「若い者はみんな都会へ行く。そしてこの村は老人ばかりになっていく」
「こんな田舎はそうなるのかな?」
鈴木は寂しくなった。宇藤原はますます過疎化が進んで、そしてなくなってしまうんだろうか? 何とか食い止められないものか。
「残念だけど、そうかもしれない。だから小学校はなくなるんだね」
「だけど、ここで過ごした思い出は、いつまでも心の中に残ってるさ」
そう思うと、少し元気になった。宇藤原小学校はなくなるけれど、心の中ではいつまでもあり続けるだろう。
「そうだといいけど」
ふと、御村は思った。増川はトンネルの向こうだ。そこまではどうやって行くんだろうか? 徒歩では大変だ。行けるのかどうか心配だ。
「来月から、増川小学校だね。どうやって行くの?」
「スクールバスだよ」
「へぇ」
増川小学校にはスクールバスがある。来月からはスクールバスで通う事になる。
「道のりが長いし、長いトンネルの先にあるから、スクールバスを使うんだよ」
「そうなんだ」
御村はほっとした。スクールバスで通うのもいいな。どんなスクールバスに乗るんだろう。
「どんな子たちが待っているんだろう」
どんな子がいるんだろう。花子は楽しみになった。きっと新しい出会いが待っているだろう。増川小学校でも、友達ができるといいな。
「楽しみ?」
「うん」
井川は寂しくなった。もう宇藤原小学校には帰れない。校舎は再活用の話があったが、頓挫してしまった。校舎は解体されるそうだ。思い出の詰まった校舎は、間もなく解体されてしまう。思い出の場所がなくなってしまうと思うと、寂しくなる。
「だけど、もう宇藤原小学校には帰れないんだね」
「そうだね」
と、江本は井川の肩を叩いた。これからは増川小学校で頑張ってね。
「残念だけど、来月からは別の小学校で頑張ろうね」
「うん」
いつの間にか、ここの住民が集まっていた。彼らは宇藤原小学校の卒業生で、今月で閉校になってしまう母校をじっと見ていた。中には、涙する人もいたという。
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