ともしび

口羽龍

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 宇藤原(うとうはら)は中国地方の山奥にある集落だ。室町時代からあるという宇藤原は、かつては村だった。最盛期には数千人が住んでいたというが、過疎化により20年ほど前に村ではなくなり、隣りの増川町に合併になった。それでも過疎化はとどまる事を知らず、人口は10人未満になってしまった。かつての賑わいがまるで嘘のようだ。宇藤原に住んでいるのは老人ばかりで、集落がなくなるのは時間の問題と言われている。


 そんな宇藤原を、1台のミニバンが走っている。この辺りは軽自動車ぐらいしかない。ここをミニバンが走るのは何年ぶりだろう。その中には、5人の男女がいる。山崎昇(やまさきのぼる)、上田花子(うえだはなこ)、神崎猛(かんざきたける)、井川俊太郎(いかわしゅんたろう)、御村唯(みむらただし)だ。彼らはかつてここにあった宇藤原小学校の生徒だ。


 山崎は最後の6年生で、卒業生だ。その年の3月限りで宇藤原小学校は閉校になったという。山崎は卒業して10年目になる。それからは隣町の増川にある中学校に進学し、その後は東京に住んでいる。すでに来年の春からの就職が決まっており、最後の夏休みの真っただ中だ。家族は広島市に移り住んでいて、すでにここに住んでいない。中学校の卒業と共に、山崎は東京に、家族は広島市に移り住んだ。


 上田は山崎の2学年下で、閉校当時は4年生だった。それからは増川小学校に転校になった。それから2年間はスクールバスで通っていた。中学校からは自転車通勤となり、自転車で1時間ぐらいの道のりを通学していたという。中学校を卒業すると、呉市に移り住み、そこの企業に就職したという。最初は不慣れだったが、次第に仕事を覚えていき、上司の信頼を得るようになってきたという。


 神崎は閉校当時は小学校3年生だった。上田同様、閉校後は増川小学校に転校になった。スクールバスで花子と一緒になり、中学校になってもいい関係を築いていた。高校では離れ離れだったが、偶然にも上田と同じ会社に就職し、今では恋人同士だ。


 井川は閉校当時、神崎と同じく小学校3年生だ。父は宇藤原で開業医を開いていて、井川はそんな父に教育を受けたせいか、とても頭がよかった。中学校を卒業後は、大阪の高校に進学し、医療系の大学に進んだ。将来は父のような医者になりたいと思っているようだが、開業医を継ぎたいとは思っていないようだ。


 御村は閉校当時、小学校1年生だった。そのためか、宇藤原小学校の時の思い出はあまりないようだ。閉校後は増川小学校に転校になったが、家庭の事情で名古屋に引っ越したという。それからは小学校も中学校も高校も名古屋の学校で、すっかり名古屋市民っぽくなっている。


 宇藤原の風景はあまり変わっていない。だが、人家がほとんどない。あっても、廃屋ばかりだ。これだけ過疎化が進んだのだというと、寂しくなる。あとどれだけ、この集落はあるんだろうと思えてくる。


「もうすぐ着くね」

「そうだね」


 5人はある場所を目指していた。それは、宇藤原キャンプ場だ。宇藤原小学校の生徒として迎える最後の夏、生徒5人でキャンプ場に行った、思い出の場所だ。宇藤原キャンプ場は、宇藤原川のほとりにあり、夏は鮎釣りでやって来る人が多かったという。だが、来る人は年々減っていき、閑古鳥が鳴くばかりだ。


「まさか、今年の秋で閉鎖になるとは」

「全然人が来ないからね」


 宇藤原キャンプ場は、今年の秋に閉鎖になる事が決まった。20年後、またここに来ようと思っていたのに、それを待たずして閉鎖になるとは。それほど客が入らないのだろう。仕方ないとはいえ、残念過ぎる。


「昔はよかったのに」


 神崎は昔を思い出した。昔はいい場所だったのに。誰もが仲良しで、まるで家族のようだった。だが、人々は減っていき、誰もいなくなった。


「それが時代の流れなのかな?」


 井川もそれを感じていた。父はここで開業医をやっていたが、利用者が減った事により、診療所は閉鎖になり、増川にある診療所に転勤になった。それ以後、宇藤原の住民が医者に行くときは、増川まで行かなくなってしまった。つらいと言う人も少なくないという。


「そうだろうね。とにかく、今日は楽しみましょ?」

「うん」


 ふと、山崎は思った。神崎は今、どうしているんだろう。聞きたいな。


「あれから10年、どうなった?」

「僕は町工場で頑張ってるよ」


 神崎は工場で頑張っているようだ。山崎は感心した。来年、自分も就職する事になる。神崎のように、自分も仕事に慣れ、頑張っていかないと。


「そうなんだ」

「俺は大学生で、すでに就職が決まったんだ。これから卒業論文で大変になるよ」


 山崎は就職が決まったとはいえ、まだまだ油断できない。大学での4年間の集大成として、卒業論文が待っている。これからが重要になってくるだろう。


「今日はいい気分転換になると思うよ」

「そうだね」


 上田は笑みを浮かべている。毎日いろいろ大変だけど、いい気分転換になるはずだ。


「とりあえず、卒業論文頑張ってね」

「うん」


 上田はため息をついた。あの時に交わした約束が、かなわなかったからだ。20年後にまた、ここでキャンプを行おうと思ったのに、そんなキャンプ場が閉鎖になってしまう。


「卒業式で交わした思い出、かなわなくなっちゃったね」

「うん。それだけでなく、宇藤原の集落すらなくなろうとしている」


 山崎は心配していた。もうこの集落がなくなってしまうのは、時間の問題だろう。村ではなくなった宇藤原が、集落ですらなくなってしまう。寂しいけれど、これが現実なんだろうか?


「そして宇藤原は元の自然に戻っていくんだね」


 御村は過疎化について考えた。よく、社会で聞いた用語だが、故郷でもこんな事が起ころうとしている。寂しいけれど、受け止めなければ。


「残念だけど、栄枯盛衰ってこれの事かな?」


 井川は村の衰退について考えた。若い者はみんな、都会へ行ってしまう。そして、山里は過疎化が進んでいく。それはまるで栄枯盛衰のようだ。


「そうかもしれない。だけど、いつまでも残ってほしいね」

「うん」


 いつまでも残ってほしいのは、みんなの願いだ。だが、その想いでは裏腹に、徐々に人口は減っていく。


「閉校になった時は残念で仕方なかったよ」

「うんうん。わかるわかる」


 5人は残念がっていた。過ごしてきた小学校がなくなるのは、寂しい事だ。だけど、生徒数が少ないから、閉校になってしまった。


「あれからみんなは別の小学校に行ってしまった。そしてもうここから通学する小学生はもう何年もいない」

「残念ね」


 宇藤原は過疎化が進み、子供がいなくなってしまった。もう何年も子供がいないという。


「そして若い者はみんな都会へ移ってしまう、そして山里は老人ばかりになってしまう。あと何年、人は残っているのかな? わからないけど、その日は近いかもしれない。故郷がなくなるって、残念でたまらないよ」


 上田は宇藤原の風景を見て、考えた。最盛期にはどれぐらいの人が住んでいたんだろう。彼らが住んでいた頃、この集落がこれだけ衰退すると、誰が予想したんだろう。


「その気持ち、よくわかるよ」


 横にいる神崎は、上田の肩を叩いた。神崎には、上田の気持ちがよくわかるようだ。


「ありがとう」


 と、井川は宇藤原小学校で過ごした日々を思い出した。今でも思い出す。そして、最後の卒業式の日も。


「宇藤原小学校で過ごした日々、今でも覚えてるよ」

「うんうん。僕も覚えてる」


 井川は最後の卒業式の日を思い出した。

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