第39話 危機迫る

 佐川刑事は拳銃を向けられて動くことができない。内田刑事は撃鉄をゆっくり引き起こした。

「死ね!」

 右手の人差し指が引き金にかかる。佐川刑事はじっとそれを見ているしかなかった。

「パーン!」

 銃声が辺りにこだました。だが内田刑事の拳銃からではなかった。それは佐川刑事の右後方から聞こえていた。彼はすぐに振り返った。

「警部!」

 佐川刑事は声を上げた。少し離れたところに荒木警部が立っていたのだ。拳銃を空に向けて威嚇射撃した後、すぐに内田刑事に銃口を向けて構えていた。

「銃を捨てろ! 内田! でないと撃つぞ!」

 それを見て内田刑事はあわてて拳銃の狙いを荒木警部に変えた。

「くそっ! 死ね!」

「パーン!」

 2発目の銃声が鳴り響いた。すると内田刑事は右腕を押さえて拳銃を落としていた。荒木警部の撃った弾が内田刑事の右肩を貫通したのだ。「カチャン!」と金属音が鳴り、拳銃が足元のコンクリートの上で踊って転がっていった。荒木警部は拳銃を構えたまま、佐川刑事に向けて「行け!」と言わんばかりに顎をしゃくった。

 佐川刑事は突っ込んで行った。内田刑事は血が流れる右肩を左手で押さえながらも、懐に手を入れて自分の拳銃を取り出した。だが内田刑事が撃つ前に佐川刑事はその拳銃をはたき落とした。そして暴れて抵抗する内田刑事を組み伏せた。

「殺人未遂の現行犯で逮捕する!」

 佐川刑事が手錠をかけると、さすがに内田刑事は観念しておとなしくなった。

 そこに拳銃をしまった荒木警部が佐川刑事のそばに駆け寄った。

「危ないところだったな」

「警部。助かりました。内田が犯人と通じていたようです」

 荒木警部は内田刑事の頭をつかんで顔を向けさせた。

「こいつだったのか! 後で締め上げてやるから覚悟しておけ!」

 内田刑事は目をそらせている。荒木警部はその頭を乱暴に放した。

 佐川刑事はその内田刑事を荒木警部に渡して、地面に倒れていた由美を起こした。

「大丈夫ですか? しっかりしてください」

「お願いです! 刑事さん! あの子を助けてください!」

 由美はすぐに佐川刑事にすがって懇願した。

「翔太君はどこに行ったのですか?」

「水上家の奥さんともう一人の男がボートに乗せていきました。湖に沈めると言って。このままでは殺されてしまいます! どうか助けてください!」

「なんだって! すぐに追わなければ!」

 佐川刑事は驚いて立ち上がった。するとおとなしくしていた内田刑事があざけるように言った。

「もう間に合わないぜ。今頃、湖に放り込まれているだろう。せっかく息子に会えたのにな。ははは。お気の毒なことだ!」

「だまれ!」

 荒木警部は内田刑事の胸ぐらをつかんで一喝すると、にらみつけて突き放した。そして佐川刑事に自分の拳銃と手錠を差し出した。

「これを持っていけ! 追うんだ! 佐川!」

「はいっ!」

 佐川刑事は拳銃と手錠を受け取ると走り出した。そして停めてあったジープに乗り込むと「キューン」とタイヤをきしませて急発進させた。そしてそのままスピードを上げて岸壁からそのまま湖に突っ込んで行った。バシャーンと水しぶきが飛んで、ジープは一旦、沈むが、またすぐに浮き上がりウォータージェットで波を切りながら湖面を走り出した。進路を沖に取っている。

(貴子たちが乗ったボートは彦根港から沖合に出るはず。このジープなら追いつけるはずだ!)

 もう晩秋の日暮れが近づいていた。赤い夕日が湖面を照らしている。向かう先はまぶしくて何も見えない。だが佐川刑事の決意は揺るがなかった。

「きっと助けて見せる!」


 ジープは暮れ行く夕陽に向かって湖を走っている。それを見守る荒木警部は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「きっと佐川が助ける。助けるはずだ・・・」

 由美はそれを聞いてゆっくりうなずいた。そして心の中で翔太の無事を祈っていた。


 彦根港にパトカーが続々到着していた。荒木警部の指示で警官たちによって片山警部補はワゴン車から救出された。そこにようやくたどり着いた堀野刑事と藤木刑事、岡本刑事が荒木警部のそばに駆け寄った。

「警部!」

「内田を逮捕した。こいつが犯人と通じていた 連行しろ!」

 荒木警部は内田刑事を堀野刑事に引き渡した。

「残念だ。こんな形でおまえを連行することになるのは・・・」

「・・・」

 内田刑事はふてくされた表情をして黙ったままだった。堀野刑事はため息をつき、同僚だった男を車に乗せていった。それを見送りながら荒木警部が藤木刑事と岡本刑事に言った。

「俺は行く! 緑川由美を保護しておいてくれ」

「警部はどこに?」

「水上貴子と紅林利勝は翔太君を連れてここから湖にボートで逃走した。今、佐川がジープで追っている。俺も陸上から犯人を追う!」

「わかりました。すぐに用意します」

 岡本刑事が1台の覆面パトカーを回してきた。荒木警部が乗り込もうとすると由美がその前に立った。

「お願いです。私も連れていってください!」

「あなたが? だめです。警察署で待っていてください。きっとあなたの子供を取り戻してきますから」

 だが由美は引き下がらない。

「お願いです! 私はあの子を迎えに行きたいのです!」

「やめた方がいい。危険です。あなたの身にも危害が及ぶかもしれません」

「それでもいいのです! お願いします! お願いします!」

 由美はあきらめずに何度も頼み込んだ。荒木警部はじっと彼女を見た。それは自らの危険を顧みずに真剣に子供のことを思う母親の姿だった。その懸命な様子に荒木警部は折れるしかなかった。

「わかりました。いっしょに来てください」

 荒木警部は覆面パトカーの後席のドアを開けた。

「ありがとうございます」

 由美はお礼を言って後席に乗り込んだ。

「大橋署長に連絡して湖国を高島方面に回してもらってくれ。やつらは琵琶湖を横断するつもりだろう。必ず追い詰める!」

 荒木警部は藤木刑事にそう言うと助手席に乗り込んだ。

「貴子たちは多分、別荘のある高島に向かうはずだ。北陸自動車道から行くぞ! 頼むぞ! 岡本!」

「わかりました!」

 覆面パトカーはサイレンを鳴らしながら猛スピードで走り出した。荒木警部は後席の由美の様子を見た。彼女は必死に祈っている。

(きっと元気な姿で対面させる!)

 荒木警部はそう心の中で叫んでいた。 

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