第38話 対決
由美たちが連れ去られる現場を遠くから目に留めた者がいた。
「あれは緑川由美だ! しまった! 先を越されたか!」
それは佐川刑事だった。彼は奥山のスマホを持つ者を追ってきたのだ。それが翔太君を狙う犯人であると・・・。
名神高速を走っているとき、梅原刑事から知らされたのだ。
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「奥山のスマホを調べようと思ったのですが、どこにもないのです」
「なに!」
佐川刑事は思わず声を上げた。重要な書庫品である。紛失することなどはあり得ない。
「捜査員の誰かが捜査のために持ち出したということは?」
「聞いてみましたが、誰も持っていないということでした」
「そうか・・・」
(どこかに紛失したということは考えにくい。黙って持ち出した者がいるのか? そうなるとそいつが・・・)
佐川刑事は梅原刑事に言った。
「その奥山のスマホの位置を割り出せないか?」
「ええ、電源が入っていたらわかるでしょう」
「じゃあ、わかり次第、連絡をくれ!」
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それで彦根市内、それも玄宮園周辺ということがわかった。彼はその近くでジープを降りて緑川由美を探しに来た。必ず犯人はそのスマホで由美を呼び出していると・・・。
そして今、緑川由美と翔太君を連れていく光景を遠くに見たのだ。しかもそばにいたのは紛れもない、内田刑事だったのだ。
(内田が共犯だったのか!)
だが驚いてばかりもいられない。緑川由美と翔太を載せたワゴン車が走り出した。佐川刑事は急いでジープのところまで戻って乗り込むと、赤色灯を回し、サイレンを鳴らしてその黒いワゴン車を追って行った。
ワゴン車は琵琶湖の方に向かって走っていた。向かい合っている貴子と内田刑事を前にして由美は身を乗り出して訴えた。
「もうやめてください! お願いします!」
「うるさい!」
貴子が由美の頬をパーンとはたいた。
「やめてください。お母さん!」
ずっとおびえていた翔太が初めて声を上げた。貴子は彼をにらみつけた。
「私はおまえの母親じゃないんだよ! この刑事さんから聞いたんだ! おまえの本当の母親は・・・」
貴子がそう言いかけた時、慌てて由美が叫んだ。
「やめてください! それだけは言わないで!」
「ふん! この子に言っていなかったんだね。いいよ。教えてやるよ!」
貴子は残酷な笑みを浮かべた。
「やめて! やめて!」
「おまえの本当の母親はこの女なんだよ!」
貴子はついに言ってしまった。翔太は「えっ!」と驚きのあまり目を見開いていた。
「驚いただろう! この女が母親さ。おまえには黙っていたんだ。ひどい女さ」
それを聞いて由美は顔を背けて涙を流していた。
「ふふん! いい気味だ! じゃあ、わかったところで2人とも琵琶湖の底に沈んでもらうわ!」
「やめて! 私はいいからこの子だけは!」
由美はそう叫んだ。するとまた貴子が由美の頬をはたいた。
「おとなしくしな!」
すると後方からサイレン音が聞こえてきた。内田刑事が後ろ窓を見ると赤色灯を回したジープが追ってきていた。
「湖上署の連中だ。多分、佐川だろう」
「このままでは追い付かれるぜ!」
運転席の紅林がバックミラー越しに言った。
「俺が足止めする。この女を人質に取って・・・。その間にこのガキを連れてボートで逃げろ! 適当なところで湖に放り出せばいいだろう」
由美はそれを聞いて翔太を渡すまいと必死に抱きしめた。
港に着いてワゴン車が停まった。
「さあ! 降りろ!」
内田刑事は由美と翔太を乱暴にワゴン車から降ろした。そして翔太を由美の手から強引に引き離して、運転席から降りてきた紅林に渡した。
「やめて! 連れて行かないで!」
由美は叫びながら翔太を取り戻そうとした。だが内田刑事が後ろから羽交い絞めにして抑えた。一方、翔太も逃げようとして
「やめろ! やめろ!」
と声を上げて暴れていた。だが紅林が翔太を力まかせに押さえつけた。
「うるせえ! このガキ!」
紅林は翔太をロープで縛りつけ、係留してあった高速ボートに放り込んだ。そしてワゴン車を降りた貴子とともにそのボートに乗り込んだ。
「じゃあ、後を頼むぜ!」
紅林はそう言い残して係留索をほどき、エンジンをかけて高速ボートを沖へ走らせて行った。由美は絶望に満ちた目でそれを見送るしかなかった。
「おまえはこっちだ!」
内田刑事は乱暴に由美を引っ張っていった。するとその前にジープが停まった。
佐川刑事はすぐに降り立った。その目の前にはおびえている由美を抱えた内田刑事が立ちはだかっていた。ここは通さないとばかりに・・・。
「やはり、佐川だったか」
「おまえだったのか! 手を貸していた警察官は!」
佐川刑事は内田刑事を見据えながら声を上げた。
「ああ、そうだ!」
「どうしてこんなことを!」
「俺は
「それで紅林に協力したのか!」
「今回のことも奴から水上翔太の始末を頼まれた。俺なら疑われないだろうと・・・。俺は闇バイトを使ってうまく処理しようと俺が計画して指示した。だが妨害が入り、こんなことになった」
「じゃあ、お前がエヴァか! 赤木と大崎もお前が殺したんだな!」
「ああ、そうだ。身代金を奪うという勝手なことをし出したのでね。俺はレイクレンタルボートの待合室をのぞいて大崎が身代金を詰め替える現場を見ていた。それで大崎が身代金を奪おうとした共犯だと分かった。だからアパートに戻ろうとした大崎を山の中に引っ張っていき、計画をすべて聞き出してから締め殺したのだ。その後は赤木の乗ってきたボートに細工をして途中で沈むようにした。完璧だろう!」
「お前という奴は・・・」
「ばれなきゃ、問題ないだろう?」
内田刑事は不気味な笑顔を浮かべていた。
「もうやめろ! すべて露見したんだ!」
佐川刑事の言葉に内田刑事は大きく首を横に振り、腰から拳銃を取り出した。
「それはどうかな。お前たちを始末して片山に罪を着せる。これは片山から奪った拳銃だ。これで始末すればすべて片山の仕業になる」
「そんなことをしても水上貴子たちが企んだことはすべてわかっている。彼女が逮捕されればお前の関与もすぐわかる」
「ふふふ。それがどうした? ここですべてを片付けた後、落ち合う先の高島に行って貴子も紅林も殺す。翔太を殺した犯人を捕まえようとして抵抗されたので仕方なく射殺したということにしてな」
「おまえ! そんなことを!」
「ああ、そうだ。おれは犯人をすべて射殺して事件を解決した刑事というわけだ。大手柄だぞ!」
「そんなことはさせない!」
佐川刑事は前に出ようとした。
「来るな!」
内田刑事は手に持った拳銃を由美の頭に当てた。由美は恐怖で言葉も出ず、目を見開いていた。
「やめろ!」
佐川刑事は足を止め、右手を懐に入れた。だがそこで動きが止まった。
(しまった! 拳銃を持ってこなかった!)
額から冷や汗が流れた。由美たちを探しているだけだったのでこんな状況になるとは思わず、拳銃を所持していなかった。その様子は内田刑事に伝わった。
「どうした? 『しまった』という顔をしているぞ。ははーん。おまえ、拳銃を持っていないな」
佐川刑事は見抜かれているが、その空の右手を出すわけにもいかなかった。
「こんな時に拳銃を持っていないとは刑事失格だな。ここでおまえを撃ち殺してやる!」
内田刑事は由美を突き飛ばした。彼女はその場に倒れた。
「あっ!」
声を上げた佐川刑事は思わず右手を懐から出してしまった。もちろんその右手には拳銃はない。内田刑事はニヤリと笑って佐川刑事の頭を撃ち抜こうと拳銃をゆっくり構えた。
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