第34話 禁断の秘密

 荒木警部はそれを聞いて「なに!」と眉根を寄せた。

(水上翔太は緑川由美の子供だと!)

 それは全く想像もしていないことだった。奥山は「しまった」という表情をして、イスに腰を下ろして顔をそむけた。

「今、何と言った? 誘拐した翔太君は緑川由美の子供なのか!」

 荒木警部は鋭い目で奥山を見据えていた。

「・・・」

「さあ、どうなんだ! それであのDNA親子鑑定書を持っていたのか! 調べればわかるんだぞ!」

 その言葉に奥山は観念したようだった。ついに禁断の秘密を話し出した。

「ああ、そうだ。翔太は、いやあの子は楓太だ。由美の子供だ」

「まさか・・・本当にそうなのか?」

 荒木警部はまだ半信半疑だった。

「本当だ。間違いない」

「どうしてそれを?」

「由美があの子の担任になってすぐに気づいた。ずっと探していた楓太だと。母親の勘というのかもしれない。私も水上家の手伝いをしていたからいろんなことを知ることができた。生後2か月でかかった病院のことも・・・それで私も確信した」

「どうしてそれを誰にも言わなかったんだ?」

「そんなこと、誰も信じないだろう。それにあの子は裕福な家で幸せに暮らしていると由美も私も思っていた。下手に騒ぎだせばあの子が傷つくかもしれないから、このままそっとしておこうと。由美からもきつく口止めされていた。しかし・・・」

 奥山は両手で顔を覆った。

「あの子は水上家で邪険にされている。旦那様からも奥様からも疎まれている・・・それにあんなことを聞いてしまった・・・」

「どんなことを聞いたんだ?」

「あの子を消そうと・・・」

「なんだと!」

 荒木警部が大声を上げた。

「ある時、奥様が旦那様にあのDNA親子鑑定書を突きつけた。『翔太はあなたの子供じゃない。和雄にすべてを譲るように』と。『その鑑定書があればそれが可能だ』と。だが旦那様は『そんなことはしない』とはっきり断ったのです。すると奥様は『これを表に出したくないのね。じゃあ、勝手にこちらで手を打つわ。文句ないわね』と脅すように言われて、旦那様は承諾されたのです」

「そんな話があったのか?」

「ええ。それで私は奥様の行動を監視するようになった。それでわかったのです。奥様が秘書の大塚武志に命じて計画を進めていました。『うみのこ』からあの子を連れ出して営利目的の誘拐に見せて殺してしまおうと・・・」

「そういうことだったのか」

 荒木警部は思い返してみた。「うみのこ」をシージャックした3人は水上翔太を連れ出すように裏バイトで雇われたのだ。その後で殺そうとしたのだろう。

「直前になってわかった。それはもう出航ギリギリのタイミングでした。私は慌てて由美に連絡しました。そこから逃げて永源寺の知り合いのところに身を隠せと。由美はすぐにあの子を連れて「うみのこ」を降りた。その後のことはしばらく由美と連絡が取れなくなっていたのでよくわからない」

「身代金を取ろうとしたことはどうだ?」

「それについては知らない。その話を聞いて驚いたほどだ。誰かがこの状況を利用しようとしたのかもしれない。身代金のことは由美も知らなかった」

 身代金については由美も奥山も関与していないようだった。

「由美と連絡が取れているのか?」

「由美と連絡が取れるようになったのは一昨日からだった。知らない番号から電話をかけてきた。私の指示通り永源寺の宿舎にいた」

「八日市駅にいたのは由美に会うためなのか?」

「はい。2人を迎えに行こうとした。別の場所に逃がすために・・・」

 奥山はため息をついていた。まだすべての謎は解けたわけではない。だが少なくとも緑川由美は翔太を守っていることははっきりした。だが安心してはいられない。水上貴子や大塚武志の手が伸びているかもしれない。

 ただ荒木警部は奥山の話に大きな疑問を持っていた。すべての秘密を話してしまって落ち込んでいる奥山に荒木警部は優しく言葉をかけた。

「あなたや由美さんがしていることはよくわかりました。失礼なことを言って済まなかった。でもどうして警察に相談しなかったのですか? 我々なら対処できたはずです」

「それができなかったのです」

 奥山は首を横に振った。

「それはなぜです?」

「奥様と大塚の話を聞いたのです。警察官がこの計画に加わっていると・・・」

 それを聞いて荒木警部は頭をガーンとやられた気分だった。それなら警察に頼れないと思ったのはもっともだった。

「その警察官が誰なのか知っていますか?」

「いいえ。ただ盗み聞きした話からは、その警察官は実行役に指示する役目で深くかかわっているようでした」

 それを聞いて荒木警部は「はあっ」と息を吐いた。あれほど探していた主犯のエヴァは身近にいたのだ。それがもし捜査本部で捜査情報を知りえる警察官なら・・・

「2人の身が危険だ!」

 荒木警部はすぐに部屋を出た。そこに堀野刑事が別室から出てきた。

「緑川由美と翔太君が危ない。永源寺に向かった捜査員からは?」

「藤木刑事と岡本刑事からです。その宿舎にいた男性に話を聞いたようですが、2人はすでにそこを出ています。近くを捜索しているとのことです」

「そうか。だが早く由美と翔太君を保護しなければ命が危ない。片山警部補は?」

「少し前に『現場にすぐ行く』と言ってここを出て行きましたが・・・」

「それなら君から久保課長に頼んでくれ。高島署に協力を依頼して水上貴子と秘書の大塚武志をひっぱってくるようにと。2人は殺人を計画している。それと湖東方面の移動を総動員して2人の捜索だ。俺もすぐに向かう!」

 荒木警部はそう言うと走り出した。


 ◇


 水上邸では雅雄を前にして佐川刑事が自分の立てた仮説を話し出した。

「11年前の11月20日、あなたは翔太君の異変に気付いた。ちょうど奥さんは入院し、森野さんたちもそっちに行ってしまって、あなたが翔太君の面倒を見ていた時だ。あわててあなたは近江病院に連れて行った。だがあなたが見る限り、すでに翔太君の息は止まっていた・・・」

 佐川刑事の話に雅雄は目を閉じて聞いていた。

「翔太君はもはや死んでしまって助からない・・・あなたはそう判断した。やっと授かった一人息子だ。水上家の養子でもあるあなたは翔太君をここで失うわけにはいかなかった。するとそこに軽い風邪か何かで受診した同じくらいの赤ちゃんがいた。母親が受付で呼ばれてちょっと席を外している。着ているものも同じで顔つきも似ている、いやそっくりだった。そこであなたの心に悪意が芽生えた。このまま取り替えてしまおうと・・・。そしてそれをあなたは実行してしまった。取り替えた赤ちゃんを抱えて懇意にしている医師の部屋に駆けこんですぐに診てもらった。そして家に帰って何もなかったように装ったのだ。だが取り替えられたあなたの子供はすぐに救急処置が行われたが助からなかった。乳児突然死症候群として・・・」

 雅雄は何も言わずにじっと聞いていた。

「だから今の翔太君はあなたの息子ではない。親子の愛情など湧かない、水上家を継ぐための道具でしかない。それにあなたは再婚してもう一人、息子が生まれた。今は先代の洋三氏も千翔さんもいない。翔太君がいなくなれば水上家は和雄君が継ぐことができる。だからあなたは・・・」

「ちょっと待ってくれ!」

 そこで雅雄は声を上げた。

「私は翔太を殺そうとしていない!」

「しかしあなたは黙認したのだろう。多分、奥さんの貴子さんに計画を打ち明けられたはずだ。このDNA親子鑑定は奥さんが勝手に行ったものだ。翔太君とあなたとの間に親子関係がないのを知ってあなたに迫ったのだろう。それは同時にあなたの犯罪を示す証拠だ。もし翔太君が消えれば、あなたが11年前に行ったことを隠ぺいできるし、本当の息子に財産を渡すことができる。あなたはそう計算した」

「・・・」

 雅雄はまた黙り込んだ。知らぬ存ぜぬでやり過ごそうとしているのかもしれない。

佐川刑事は雅雄をじっと見据えた。。

「だが我々はあなた方の思うようにはさせない。きっと無事に翔太君を救い出します」

 佐川刑事はそう言って部屋を出た。何としても2人を救い出すと心に誓って・・・。

 するとスマホが鳴った。画面を見ると梅原刑事からだった。

「佐川だ。どうした?」

「大変です。翔太君は命を狙われていることがわかりました。水上貴子とその秘書の大塚武志が関わっています。捜査員が向かっています。湖東地区の移動もすべて捜索に加わると思います」

「そうか。わかった。多分、湖東のどこかだろう。俺もすぐに捜索に向かう!」

「それにもう一つ、どうも警察官が関わっているようです。それは誰だか、判明していません。十分注意してください!」

 佐川刑事はそれを聞いて合点がいった。内部事情を知る共犯者がいると思っていたからだ。だがそれがこともあろうに警察官とは・・・。

(もしかしたら向こうの方が緑川由美の居場所をつかんでいるかもしれない。急がねば・・・)

 佐川刑事は焦りを感じていた。

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