第33話 親子鑑定
佐川刑事は朝から水上邸を再び訪れた。そこには大津署の捜査員が2人張り付いていた。佐川刑事は彼らに会釈をして、出てきた森野に言った。
「水上雅雄さんに話があります。取り次いでいただきたい。大事な件だとお伝えください」
「え、ええ。お待ちください・・・」
前にあった時とは違う佐川刑事の厳しい表情に森野は戸惑いながらも、それを伝えようと雅雄の部屋に行った。
「旦那様。警察の方がお話があると・・・」
「奥山の件ならすべてお話しした。これ以上、話すことはない。今日のところはお帰りいただいてくれ! 仕事が溜まっているから」
不機嫌な雅雄の声が聞こえてきた。その旨を伝えようとするとすでに佐川刑事はそのそばまで来ていた。
「大事な話です。あなたにぜひ聞きたいことがあります」
「もうすべてお話ししたはずです」
「いえ、聞いていないことがあります。失礼します」
佐川刑事は森野を押しのけて部屋に入った。
「君は一体・・・」
「どうか、2人きりでお話しさせてください」
佐川刑事の厳しい顔を見て、雅雄は追い返すのをあきらめた。
「わかった。5分だけだ! 森野。ちょっと席を外してくれ」
雅雄がそう言うと森野はドアを閉めて外に出た。佐川刑事は「ふうっ」と息を吐いてから話し始めた。
「翔太君のことです。ここでは誰も聞いていません。正直に話してください」
「わかりました」
佐川刑事はあのDNA鑑定書のコピーを取り出して見せた。
「これはDNA親子鑑定書です。これによると翔太君はあなたの子供ではない」
それは雅雄と翔太との間に親子関係がないことを示していた。それをみて雅雄の手はかすかに震えていた。明らかに動揺している・・・そう見た佐川刑事は単刀直入に問うた。
「一体、翔太君は誰の子供ですか?」
雅雄は黙ったまま、じっと佐川刑事を見据えた。
「さあ、答えてください!」
佐川は強く促した。するとドアがバタンと激しい音を立てて開いた。そこには目をつりあげて怒っている森野がいた。彼は気になってドアの外で盗み聞きをしていたのだ。
「何ということをおっしゃるのです! 翔太様は千翔様が産んだ子供に間違いはありません。それともあなたは千翔様が不貞行為をしたとでもいうのですか!」
その剣幕は相当なものだった。自分が献身的に使えてきたあの聖女のような千翔様がそんな愚かなことをするはずはない・・・森野は確信していた。佐川刑事はそんな彼を見ようともせず、雅雄にまた問いかけた。
「もう一度聞きます。あなたは翔太君が誰なのかを知っていますね。あなたも病院で密かに調べたはずだ」
それを聞いて雅雄は目を閉じた。すべてが露見したと・・・。そしてそっと目を開けて森野に言った。
「森野。すまないが2人だけにしてくれ。立ち聞きせずに1階に下りてくれ」
雅雄は沈痛な顔をしていた。森野は年甲斐もなく興奮してしまったと反省していた。
「申し訳ありませんでした・・・」
森野はドアを閉めた。佐川刑事は今度は森野の足音が遠ざかっていくのを確認してから雅雄に言った。
「さあ、答えてください。私は近江病院で調べてきました」
「そうですか・・・」
雅雄はそう言っただけで後を話そうとしない。
「わかりました。それでは私の仮説を聞いてください」
佐川刑事はそう言って話し始めた。
◇
その日も朝から荒木警部が奥山を取り調べていた。
「この書類は? 水上家から持ち出したものか? 翔太君について詳しく調べていたな。何のためだ?」
部屋から押収した翔太に関する書類を突きつけた。だが奥山は答えようとしない。顔を横にそむけている。何が何でも黙秘を通そうという構えだった。
「それほど緑川由美を守りたいのか? もう無駄だ。捜査員が追い詰めるだろう」
荒木警部の言葉を奥山は聞こうともしない。荒木警部は「ふうっ」と息を吐くと奥山から目線を外して立ち上がった。このままでは口を割りそうにない・・・荒木警部は攻め方を変えることにした。
「お前も気の毒な男だ。たった一人の姪に振り回されて」
「・・・」
「緑川由美は子供を誘拐して身代金を奪おうとした。強欲な女だ」
荒木警部はじっと奥山を見据えて、わざとそう言う言い方をした。すると奥山は拳を握って少し震えていた。
「この事件で仲間が2人死んだのだぞ。おまえがやったのか? それとも由美か? もしそうなら凶悪な女だな!」
奥山の拳の震えは強くなってきた。怒りを何とか抑えているようだ。荒木警部はさらに言葉を続けた。
「しかも連れ去った子供は担任している生徒というじゃないか。教え子を誘拐するなんて人間失格だな」
その言葉にさすがの奥山も我慢ができなくなった。
「由美はそんな子じゃない!」
「じゃあ、どういう奴なんだ! 緑川由美は子供を誘拐した犯罪者だ! 最低な奴だ!」
荒木警部は顔を近づけ、さらにあおるように声を上げた。
「由美は・・・由美は・・・」
奥山は必死にこらえていた。あれだけは言うまいと・・・。だが心の中の声は漏れてしまった。
「由美は必死なんです! ただあの子を守るために・・・」
「何を言っている! 他人の子供を無理やり連れ去ってそんなことがよく言えるな! 由美はな、極悪非道なことをしたんだぞ!」
容赦なく荒木警部は攻め立てた。その言葉に奥山はついに我慢ができなくなった。立ち上がって拳でバーンと机を叩き、荒木警部に食って掛かった。
「自分が産んだ子を連れていったら誘拐ですか! 守ろうとしたら罪になるのですか!」
奥山は思わず大声でそう叫んでいた。
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