第32話 黙秘

 街中をパトカーが走り回っていた。荒木警部からの指示で奥山平治を緊急手配していた。どこに行ったのかはわからなかったが、偶然、奥山を発見することができた。

 奥山は近江鉄道の八日市駅にいた。彼はそこからバスに乗ろうとしていたが、走ってくるパトカーを見てあわてて逃げ出した。それを不審に思った警察官が彼に追いつき、職務質問をして奥山だとわかったのだ。

 奥山は大津署に連行された。持っていたスマホから彼が緑川由美に連絡をとっていたことがわかった。共犯の男に違いないと早速、荒木警部自ら取り調べに当たった。

「どこへ行こうとしていたんだ?」

「・・・・」

「緑川由美に情報を送っていただろう」

「・・・」

 何を聞いても奥山は口をぎゅっと結んでじっと黙ったままだった。荒木警部は少し間を開けようと、後を横にいた片山警部補に任せて取調室から出た。そして隣の別室に入った。そこには堀野刑事がマジックミラー越しに奥山を見ていた。

「黙秘だな」

「そうですね。このままでは埒が明きません」

 堀野刑事がうなずいた。

「しかし奥山が緑川由美の叔父だったとは・・・意外なつながりだったな」

 調べたところ奥山は由美の叔父だった。だが奥山は幼い頃、養子に出されていたので、詳しく調べるまではわからなかった。

「ええ、それで緑川由美とのつながりははっきりしました」

「やつはどこに行こうとしていたかだ。きっと緑川由美と接触するつもりだったはずだ」

 堀野刑事は近くにある地図を見た。指で八日市駅周囲をなぞっていてある場所に目がいった。

「八日市駅からは永源寺にバスが出ています。そこは紅葉の名所のひとつです」

「そうだな。一応、明日朝に捜査員を永源寺に向かわせるか・・・。何か見つかるかもしれない。君はすぐに令状を取って奥山の部屋の家宅捜索を頼む。俺はもう少し奥山を攻めてみる」

 荒木警部はそう言った。


 ◇


 堀野刑事たち捜査1課の捜査員により、奥山平治の部屋の家宅捜索が始まった。物があまりない質素な部屋・・・捜査員たちはあちこちひっかきまわした。だが奥山が誘拐に加担した証拠らしいものは何も出てこない。

 そこにひょっこり佐川刑事が顔を出した。

「佐川か! どこ行っていたんだ? お前がいない間にいろんなことが起こったんだぞ」

「それは捜査本部で聞いた。だからここに来た。何か見つかるかと思ってな」

 佐川刑事は奥山の部屋にある書類を調べ始めた。

「そういえば奥山平治が緑川由美の叔父だったんだな」

「そうだ。奥山は幼いころ、養子に出されていてわからなかったが、戸籍から探り当てられた。まさかとは思ったよ。これでつながりがはっきりした。事件の概要が見えてきた」

「そうか? どんなふうに?」

「緑川由美が営利目的で誘拐を計画。叔父の奥山や元夫の赤木、そして親しい関係にあった大崎を仲間に引き入れた。当初は裏バイトで実行しようとしたが、そいつらが遅れてきたから自分で連れ出した。後は奥山の情報をもとに大崎と赤木が身代金を受け取ろうとしたが、警察にばれそうになって奥山に消させた・・・というところか」

 堀野刑事はそう話したものの、様々な点でしっくりいかないことにも気づいていた。

「それには無理があるだろう。奥山のアリバイを調べればその推理は覆るかもしれないぞ」

「それならお前はどう思っているんだ?」

 堀野刑事は佐川刑事に尋ねた。

「まだ我々が知らないことがある。だからそれを埋めに来たんだ」

 佐川はそう言いながら書類をまた調べていた。そこには奥山が翔太に関して調べたことやそれに関する書類があった。奥山は几帳面な性格だから書類もきちっとまとめて保存されている。

「やはりそうか」

 佐川刑事は一枚の書類を見てそうつぶやいた。

「何か見つかったのか?」

「ああ、これを見てくれ!」

 佐川刑事は1枚の書類を渡した。それはある書類をコピーしたものだった。

「私的機関によるDNA親子鑑定の調査結果だ」

 それを見て堀野刑事は我が目を疑った。

「水上雅雄と水上翔太は親子ではないのか!」

 佐川刑事は確信を持った顔で大きくうなずいた。


 ◇


 永源寺は東近江市にある臨済宗永源寺派の大本山であり、もみじの里としても親しまれている。紅葉の名所として名高く、愛知川の清流を朱に染め、周りの山と相まって鮮やかに彩る秋の景色は湖国随一といわれている。

 藤木刑事と岡本刑事は渋滞した道を通って永源寺にたどり着くと、早朝にもかかわらず、そこは観光客であふれかえっていた。そしてその山門近くに犯人から送られてきた画像と同じ場所があった。

「ここに緑川由美と翔太君が来たのは確かだ」

「すると緑川由美は日吉大社を出た後、JR湖西線とJR琵琶湖線、近江鉄道、バスを乗り継いでここに来たということになります」

 そんな距離を移動してここに来たのは奥山の指示だったのか・・・。今はとにかく2人を探さねばならない。藤木刑事と岡本刑事はその周辺で緑川由美と翔太の写真をもって聞き込みに回った。するとしばらくしてようやく目撃者に行き当たった。

「見ましたよ。確か、この親子」

「えっ! 見たのですか? どこで見ました?」

「ええと、向こうの方かしら」

 それは寺に勤める人たちの宿舎の方だった。

「ありがとうございます」

 藤木刑事と岡本刑事はお礼を言って宿舎の方に行った。はたして緑川由美はそこにいるのか・・・。

 呼び鈴を押すと年配の男性が出てきた。藤木刑事は警察手帳を出した。

「湖上署の藤木です。この方たちを知りませんか?」

 2人の写真を見せた。

「ああ、奥山さんの親戚かね? 確かにいたよ」

 藤木刑事と岡本刑事は顔を見合わせた。緑川由美と翔太君はここにいたのだ。

「2人は今、どこに?」

「ああ、急に用ができたと言って出て行ったよ」

「いつ頃ですか?」

「朝だったよ。7時くらいかな」

 由美は奥山からの連絡が途絶えて逃げたのかもしれない。

「その2人はどうしてここに?」

「知り合いの奥山さんから頼まれたんだよ。なんでもDVの夫から逃げているとか、訳ありのようだから宿舎の部屋を貸していたのだが・・・。ところで奥山さんは? 確か、昨日、迎えに来るという話だったんだが・・・」

 この宿舎の男性は何も知らないようだった。誘拐事件は公開されていないので一般人が知ることができないからだが・・・。

 藤木刑事と岡本刑事は車に戻った。そこで地図を広げた。

「緑川由美は翔太君を連れてどこに行ったのか?」

「この山道を歩いて行ったとは考えにくいが・・・」

「バスならまた八日市駅方面に戻るしかない」

「とにかく本部に連絡しよう。我々はこの周辺を探すしかない」

 2人は車に乗り込んだ。そして紅葉した落ち葉をまき上げながら道を走りだした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る