第28話 消された2人

 本庄先生は湖上署で藤木刑事と岡本刑事から事情聴取を受けていた。大崎洋が姿を消したからには彼が共犯である可能性が強まったからだ。藤木刑事は身代金の受け渡しの時の彼の行動を詳しく聞いた。

「レイクレンタルボートの待合室で変わったことがありましたか?」

「いえ、ただ・・・」

「何かあったのですね?」

「水を飲み過ぎてトイレに行きたくなって・・・まだ時間があったし、大崎先生にリュックを見てもらってトイレに行ったのです・・・」

 藤木刑事と岡本刑事は顔を見合わせた。その時、あらかじめ待合室に隠してあったダミーの発泡スチロールとすり替えたのだ。2人はそれから本庄先生に様々な質問をしたが、特に怪しい様子はなかった。彼女はただ生徒のために身代金を受け渡しに行っただけで、共犯ではなさそうだった。

 荒木警部は隣の別室でマジックミラー越しにその様子を見ていた。

(巧妙なやり口だ。緊張すれば本庄先生は水を多く飲み、トイレが近くなる。そのことを大崎は知っていた。しかも札束の詰まったリュックは本庄先生には重い。必然的に自分が持つことになる。だから本庄先生がトイレに行っているときにすり替えても気づかれることはない。あとは警察がそのリュックを追っているうちに、すり替えた身代金を奪い取ろうとした・・・)

 だが手違いが起きてボートごと沈んでしまったようだ。

「遺体が上がればそうだと証明できるだろう」

 荒木警部はそうつぶやいた。


 ◇


 琵琶湖から男の遺体がようやく上がった。時刻はもう午前8時になろうとしていた。湖上者の署員たちが徹夜作業で探し出し、その遺体を湖国の格納デッキに運び上げた。その場に荒木警部をはじめ佐川刑事たちも駆けつけた。だがそこで意外な男を見た。

「大崎洋ではない!」

「この男は・・・」

 佐川刑事には見覚えがあった。

「赤木竜二です。緑川由美とともに車で翔太君を連れ去った・・・」

「何だと!」

 荒木警部は驚きの声を上げた。もっとも赤木は有力な容疑者の一人だ。彼が身代金を受け取りに来るのはあながち不思議ではない。

 遺体の他に身代金の入ったバッグ、そしてエンジン付きボートも引き上げられた。佐川刑事はそのボートを調べた。

「やはりな」

「どうかしたのか?」

 荒木警部がのぞき込んだ。

「船底に穴があります。人為的に開けられているようです」

 佐川刑事が答えた。少しずつ浸水するように細工されていた。それで赤木は慌ててしまってバランスを崩して湖に落ち、ボートはそのまま沈んでしまったようだ。

「誰がこんなことを? もしかして大崎の仕業か?」

 荒木警部は腕組みをして考えていた。佐川刑事も一瞬、そう思ったものの、その考えには矛盾があるような気がした。

(仲間割れをしたとしても、ボートに穴を開けて沈めてしまったらせっかくの身代金も手に入らない。これは赤木を湖に沈めて殺そうとしている。それではまるで口封じだ。一体、なぜ・・・)

 謎は深まるばかりだった。佐川刑事は赤木のポケットを確認した。すると2台のスマホが出てきた。

「2台持ちですね。使い分けていたのでしょうか?」

 梅原刑事が言った。だが佐川刑事には2つとも赤木のものとは思えなかった。一つは黒色のケースに入った地味なスマホだが、もう一つはピンクゴールドで可愛らしい紅葉したモミジのストラップが付けられている。女性のもののようだった。

「水没してしまったが生きているかもしれない。調べてくれ」

 佐川刑事は2つのスマホを梅原刑事に渡した。梅原刑事は機械に強い・・・と湖上署では思われていた。

「だめですね。水が入っていて電源が入りません。科捜研に回します」

 スマホを調べた梅原はそう言った。その時、佐川刑事はあることを思い出した。

「そのスマホ! まさか!」

「どうした?」

 荒木警部が尋ねた。

「緑川由美のものです」

「なんだって!」

「確か、本庄先生が緑川由美のスマホはモミジのストラップのついたピンクゴールドだと証言していました」

「確かにそうだった。しかしどうしてそれがここに? なぜ赤木が持っていたんだ?」

「それはよくわかりません。身代金のやり取りにそれが好都合だったのかもしれません。とにかくスマホのデータが復元できたらはっきりすると思います」

 佐川刑事はそう言った。容疑者の一人は死亡したが、重要な手掛かりとなるスマホを手に入れることはできた。これで事件解決に近づくかもしれない。


 ◇


 捜査1課は大崎洋を捜索していた。だがそれは思わぬ形で見つかった。栗東市のある林道に車が乗り捨ててあるのを近所の住人が警察に通報した。やって来た警察官がそのナンバーを確認して照合したところ、なんとそれは大崎洋の車だった。近くに大崎洋が潜伏している可能性があると、堀野刑事はじめ捜査1課の捜査員が辺りを捜索した。そこで近くの林を調べていた捜査員の一人が大声を上げた。

「主任! こっちに来てください!」

 その声で捜査員たちはその林の中に急行した。そこで彼らが見たものは、崖の下に転がる男の遺体だった。うつぶせに倒れていて顔は見えない。

「あそこに下りる。ついて来い!」

 堀野刑事はそう叫んですぐに崖の下に向かった。その後を捜査員が追いかけた。

(大崎なのか! 誰かに突き落とされたのか! 一体、誰が?)

 堀野刑事はそんな疑問を抱きながら崖の下まで下りた。そこから木々をかき分けて倒れている男のもとに行った。

 もう息はしていない。体も冷たくなっており、死後数時間以上経過しているだろう。他の捜査員とともにその遺体を仰向けになるようにゆっくりとひっくり返した。

「やはり大崎か・・・」

 その首にはひものようなものが巻き付いていた。

「主任。大崎洋です。ひもで首を絞められています。これが死因でしょうか?」

「多分な。犯人は林の中で大崎を絞め殺して崖から突き落としたというところか・・・」

 捜査員の一人が所持品を調べた。財布などは残されていたが、スマホはもっていない。何者かに持ち去られているようだった。

(スマホさえ見つかれば犯人のことがわかると思ったのだが・・・)

 犯人もそれを恐れて大崎のスマホを持ち去ったのだろう。

「片山警部補に連絡しろ。鑑識にも・・・」

 堀野刑事は腕を組んでその遺体をじっと見つめていた。解剖の結果を見るまではっきりしないが、彼が見るところ、大崎は昨夜早くに殺されている。昨夜、赤木竜二はボートに細工されて溺死した。それをしたのは大崎洋だと思っていたが、こうなるとその推理は成り立たない。

(緑川由美が殺したのか・・・いや、それは考えにくい)

 ひもを使ったにせよ、女の力で大崎を絞殺するのは難しい。それなら・・・

(別に共犯者がいる)

 という結論になる。いずれにせよ、身代金の受け渡しに関わった2人の男が死亡した。これでここからの手がかりがぷっつり切れたことになる。

(あとは緑川由美を探し出すしかない。一体、彼女と翔太君はどこにいるのか・・・)

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