第24話 変更
次の日、本庄先生と大崎先生は水上邸に入った。時刻は午前11時前だった。2人はすぐにカーテンを締め切ったリビングに通された。ソファに水上雅雄が座り、傍らに森野が立っていた。そしてそこには荒木警部と佐川刑事と岡本刑事、梅原刑事も待っていた。
「本庄先生、大崎先生。ご苦労様です。どうぞお座りになってください」
雅雄に促され、ソファに座った2人の先生に荒木警部が言った。
「12時に矢橋帰帆島公園に行っていただきます」
「わかりました。自分の車で来ました」
大崎先生は車のキーを見せた。庭には大型のSUVタイプの車が停まっている。神水学園から本庄先生を乗せてここに来たのだ。その大崎先生にはひどく緊張している様子が見て取れた。一方、本庄先生の方はひどく不安げだった。これからすることを思えば当然かもしれない。
「届いたメールをお二人のスマホに転送します。それに沿って行動していただきます」
「私たち2人だけですか? 警察の方は?」
本庄先生が心配そうに尋ねた。
「我々は遠くから犯人に気付かれないように尾行します。他の捜査員も周囲に張り込んでいます。犯人のメッセージを受けて、こちらも行動していますから安心してください」
荒木警部はそう言って大きくうなずいた。身代金受け渡しの時に犯人をマークしようと矢橋帰帆島公園には事前に堀野刑事をはじめ多くの捜査員を変装して張りこませている。十分な準備をしているので取り逃がすことはないはずと。
本庄先生はそれで少しは不安が消えて落ち着いたようだった。
「ここに五千万円ずつ、神水学園のリュックに詰めています。それぞれを持って行っていただきます。」
荒木警部は口の開いたリュックを見せた。その中には札束が入っている。
「それぞれのリュックにGPS発信器を入れておきます。仮に奪われてもこれで犯人の位置がわかります。」
荒木警部はその中に発信機を仕込んで、リュックの口を閉じた。
「これで準備はできました。これから出発していただきます。リュックを・・・」
「わかりました」
本庄先生と大崎先生はリュックを受け取った。それはずっしりと重く、本庄先生はふらふらしていた。それを大崎先生が支えた。
「かなり重いわね」
「僕が持ちますから」
「すまないけど頼める」
大崎先生が2つのリュックを両肩に下げた。約10キロはあるのだが、若い彼なら問題ないようだった。
「本庄先生、大崎先生。頼みますよ」
雅雄が声をかけた。その顔は不安さなどなく穏やかな表情だった。代わりに森野がひどく心配げだった。
「よろしくお願いします。翔太様の命がかかっていますから」
「わかりました。任せてください」
大崎先生はそう答えた。
やがて準備は整い、出発の時間となった。荒木警部が本庄先生と大崎先生に声をかけた。
「では出発してください。くれぐれも慎重に行動してください。我々はここまでです。犯人が見ているかもしれませんので我々はいっしょに外には出られませんので・・・」
荒木警部がそう言っているときに、いきなり岡本刑事が声を上げた。
「待ってください! 犯人からメールです!」
その場にいた一同に緊張が走った。犯人が新たなメールを送ってきたのだ。
【場所を変更する。12時に琵琶湖博物館に来い】
「何だと!」
荒木警部が声を上げた。琵琶湖博物館は烏丸半島にある。直前になって犯人は受け渡し場所を変えたのだ。
「やられた! こんなギリギリに・・・。犯人はかなり慎重な奴だ。こちらを警戒している。矢橋帰帆島に張り込ませている捜査員を引き上げさせて、こっちに配置するだけの時間的余裕はない」
荒木警部は腕を組んで考えていた。それを不安に思った本庄先生が聞いてきた。
「私たちはどうしたらいいですか?」
荒木警部は2人に不安を与えてはいけないと思い、できるだけ安心させるように言った。
「大丈夫です。あなた方は我々がしっかりマークします。場所が変更になりましたが問題ありません」
「そうですか。それならもう行きましょう。本庄先生。烏丸半島はすこし遠いですから今からだとギリギリです」
大崎先生が促すように言った。
「そ、そうね。警察の方が見守ってくださるようだから・・・」
本庄先生と大崎先生は水上邸を出て車に乗り込んだ。荒木警部は窓からカーテン越しに外を見た。誰かが監視していないか・・・だが外には誰もいない。
「佐川。湖国に連絡しろ。取引場所が琵琶湖博物館になったから湖国も草津烏丸半島港に移動してくれと・・・」
烏丸半島には草津烏丸半島港がある。ここはゴールデンウイークやお盆の時期に観光船の臨時便がある程度で普段は使われていない。ここに湖国を停泊させて湖側から警戒させようというのだ。
荒木警部はさらに指示を出した。
「・・・車を尾行する片山警部補には伝えたな。それに矢橋帰帆島公園にいる捜査員はすぐにこちらに向かわせろ」
佐川刑事が方々に連絡を入れた。今からでも完全ではないが犯人を包囲する体制は作れるはずだと・・・。
大崎先生の運転で車が水上邸を出て行った。その車の後を、外で待機していた片山警部補と内田刑事、それに藤木刑事の乗った覆面パトカーが付けていった。当面はこの3人で先生の周囲を警戒しなければならない。
荒木警部がまたカーテン越しに辺りを確認した。家を監視している者はいない。
「我々も行くぞ!」
荒木警部は岡本刑事に声をかけて家を出ていった。そして捜査員の指揮を執るため、近く止めてあったワゴン車に乗り込んで烏丸半島に向けて出発していった。
佐川刑事と梅原刑事はこの家に待機することになっていた。犯人が直接、この家に連絡をとってくるかもしれないからだ。
(果たして犯人は本当に取引現場に現れるのか?)
今はここで待つしかないと佐川刑事はソファに深く座った。すると雅雄が立ち上がった。
「では私はこれで・・・。仕事が溜まっておりますので・・・」
彼はそう言うと部屋を出て行った。それを佐川刑事は不可解な目で見ていた。
(誘拐された子供の父親は平然としている。まるで他人事だ・・・)
それにもう一つのドアの向こうに人の気配がある。今までの会話を盗み聞きしているようだ。佐川刑事はゆっくり立ち上がってドアを開けた。するとそこにはこの家で事務の手伝いをしている奥山が立っていた。
「ここで何をしているのですか?」
「いや、その・・・お仕事のことで旦那様に・・・」
すると森野が彼に言った。
「旦那様ならお部屋に行かれましたが」
「そうでしたか。それでは私は・・・」
奥山はドアを閉めた。その奥で慌てて走り去る足音が聞こえた。梅原刑事が首をかしげて言った。
「佐川さん。あの男・・・」
「確かに聞いていた。偶然ということも考えられるが・・・」
佐川刑事は奥山に不審の念を持った。だが確証はない。ここにいてその行動を監視するしかないと思った。
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