第22話 要求メール

 佐川刑事は梅原刑事とともに大津署に置かれた捜査本部に行ってみた。当初は県警捜査1課の第2班と大津署が動いていたが、今は湖上署も加わっての捜査となった。

 今は大きく2つのグループに分かれている。一つは身代金の受け渡しに対応するグループ、もう一つは得られた手がかりから人質や犯人を捜索するグループである。ここには後者のグループの捜査員が集められていた。

 佐川刑事たちが捜査本部の会議室に入ると、そこに多くの捜査員が集まっていた。その中心には顔なじみの堀野刑事がいた。彼は部下の捜査員に指示を与えていたが、佐川刑事を見て、

「おう! 佐川! よく来た! ちょっと来てくれ!」

 と右手を大きく振って声をかけた。そう呼ばれて佐川刑事は梅原刑事とともに彼の近くに行った。

「お前が力を貸してくれると聞いて心強いよ」

「それよりどうなったんだ? 荒木警部が電話で聞いた内容しか知らないんだ」

「そうだったな。それは・・・」

 堀野刑事は話し始めた。犯人からのメール、添付されてきた翔太君の画像、発信元の緑川由美のスマホの基地局の場所・・・

「単純に考えれば営利目的の誘拐事件ということになるが・・・」

「お前の考えは違うんだろう。俺もそう単純ではないような気がする」

「それにもう一つ分かったことがある。緑川由美と翔太君を車に乗せた男だ。赤木竜二という男だった。山科で紺色のカローラのセダンのレンタカーを借りている。車のナンバーも判明している。そのうち網にかかるだろう」

「赤木竜二の身元は洗ったのか?」

「今、行っている。そのうち何かわかるだろう。また闇バイトかもしれないが・・・」

「そうだな」

 すると捜査員の一人が慌てて戻ってきた。

「赤木竜二を調べてきました。大阪に在住しています。家族はありません。定職はなく生活はかなり荒れていたそうです。また金融業者に借金があるようです」

「そうか。金目当てに闇バイトに手を出したんだな」

 堀野刑事は大きくうなずいた。

「共犯者につながる手がかりはあったか?」

「それが、重要なことがわかりました」

「何だ?」

「赤木竜二は9年前に離婚しています。相手は緑川由美。神水学園の教師です」

「なんだって!」

 堀野刑事は思わず声を上げた。佐川刑事の目も一瞬、光った。

「ではあの緑川由美と元夫婦なのだな。だとすると2人で共謀して誘拐をしたのか!」

 堀野刑事は、緑川由美は水上翔太とともに拉致されていると思っていた。だがそうなると話は違う。緑川由美が犯人であると・・・。だが佐川刑事は腑に落ちなかった。

「それは違うような気がする。多くの人の目がある前で翔太君を連れ行ったり、自分のスマホから脅迫メールを送ったりするだろうか。犯人なら身元がばれないようにするだろう」

「いや、一緒に誘拐されている風に見せるためだったのだろう」

 確かに今までは緑川由美を疑わなかった。担任の教師がまさか・・・という気持ちが強かったからだ。だが緑川由美が犯人なら辻褄が合う・・・堀野刑事はそう考えた。そのことは佐川刑事も考えた。だが緑川由美は水上翔太をかばうように船を降りた。その姿を見ている彼には、彼女が誘拐犯だったということに違和感を覚えていた。

「あとは足取りを追うだけだ。そのレンタカーを探し出し、その周囲を捜索する」

「堀野。すまないが、もう少し、赤木竜二や緑川由美、そして水上家周辺を調べさせてくれないか。この事件は何か深い事情が隠されている気がするんだ」

「ああ、いいよ。お前のことだ。何か引っかかることがあるんだろう」

「ああ。何かわかったら報告する。」

 佐川刑事はそう言って会議室を出て行った。その後ろを梅原刑事が追ってきた。

「佐川さん。いいんですか?」

「ああ。堀野の言う通りなら犯人はすぐに捕まるだろう。だがそうでなければ取り返しのつかないことになる気がする」

「それはどういうことなんですか?」

「俺にもまだ確証はない。だがこの事件には何か隠されたことがあるような気がするんだ。調べて行けば何かわかるかもしれない」

 佐川刑事はそう言って車の方に向かった。


 ◇


 神水学園から車でしばらく行ったところに矢橋帰帆島がある。そこは琵琶湖を埋め立ててできた人工島である。3本の橋でつながれ、大きな広場や遊具を備えた公園があり、キャンプ場やプール、テニスコートなどの施設がそろっている。また自然豊かな公園でもあり、この時期にはメタセコイヤ並木がレンガ色に色づく。

 湖国をその湖岸に停泊させて、誘拐犯人に対処するために湖上署に捜査分室が置かれた。指揮は湖上署の荒木警部が執り、そこに県警捜査1課から片山警部補をはじめ数名の捜査員が派遣されてきた。


 その夕方、犯人からのメールが学園あてにまた届いた。そのメールはすぐに捜査分室に転送された。

「警部。犯人からのメールが届きました。画像も添付されています」

「来たか! 内容は?」

「読み上げます。『明日12時に1億円を2つに分けて5千万ずつ、神水学園の生徒用リュック2つに詰めて矢橋帰帆島公園のメタセコイヤ並木に持ってくること。運ぶのは教師の本庄と大崎の2人。後は追ってメールで指示する。2人のメールに転送できるようにせよ。警察が関与しているのがわかったらすぐに中止する』以上です。画像はモニタに映します」

 藤木刑事が機器を操作すると、モニタに水上翔太と思われる子供の全身の姿が映し出された。その表情はこわばって緊張の色が取って見える。その背後にはやはり紅葉した木々が映っている。荒木警部や他の捜査員もそのモニタ画面のそばに来てメールの内容と画像を確認した。片山警部補がその画像を見て首をひねった。

「翔太君を映した場所はどこでしょう? また紅葉ですが・・・モミジでしょうか?」

「うむ。この画像からはわからない。他に手がかりになるものは映っていない。だが翔太君が無事であることはわかる」

 荒木警部はまだじっと画面を眺めていた。

「どうして教師2人を指名したのでしょう。本来なら両親のどちらかを指名するはずですが・・・」

 岡本刑事が怪訝な顔をして言った。それはそこにいた誰もが抱いた疑問だった。

「それはわからん。だが犯人からの指示だ。従うしかない。水上家に身代金の用意ができたかの確認、神水学園に生徒用リュックサックを2つ借りてくれ。それから本庄先生と大崎先生に協力してもらわねばならない。2人を犯人に気付かれないようにワゴン車にお連れしてくれ・・・。」

 荒木警部は次々に指示を出していった。そして荒木警部はパソコンの前にいる岡本刑事に聞いた。

「メールの発信元はわかるか?」

「今、確認中です。電話会社に話を通してありますからすぐに返事が来ると思います。・・・・来ました。スマホからのメールです。番号から緑川由美のスマホです。発信局のエリアは草津駅周囲です」

「よし。では片山警部補は部下とともに草津駅に向かってください」

「わかりました!」

 片山警部補や捜査員たちはあわただしく部屋を出て行った。荒木警部はまた送られてきた画像を見た。

「この紅葉の見事さ。この辺りのものじゃないような気がする。だとすると・・・」



 草津駅前はデパートやスーパーが立ち並び、夕方は道が渋滞し、多くの人が行き来していた。片山警部補たちは草津駅周囲を捜索したが、それらしい怪しい人物に遭遇することはなかった。いや人が多すぎて見過ごしていたのかもしれない。後は駅周囲の監視カメラの映像を捜査本部で確認するしかない。

 その報告を聞いた荒木警部は「はあっ」と息をついた。

「やはりだめだったか・・・。翔太君を映した場所と発信局のエリアが違うのかもしれない。だが受け渡しの時が勝負だ。犯人を確保して無事に人質を取り戻せればいいが・・・」

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