第20話 犯人の姿

 走り出してしばらくして無線連絡があった。

「スマホの発信元の基地局が分かった。湖南市の中心に近い」

 片山警部補から連絡があった。地図を広げて場所を確認しているようだ。

「湖南市で寺と紅葉といえば・・・湖南三山なら矛盾はない」

 湖南三山とは常楽寺、長寿寺、善水寺を指す。いずれも紅葉の名所である。

「そっちは2組に分かれては常楽寺と長寿寺を捜索しろ! こっちは善水寺に向かう」

「わかりました。ただこの人数では・・・班長。応援を頼んでいただけますか?」

 今は紅葉のシーズンでどこも観光客であふれている。3組に分かれて探すとなると人数が足りない。

「わかっている。本部や大津署の捜査員も行ってもらう。今のところは俺たちだけでがんばるしかない」

「了解」

 堀野刑事はそう答えて無線のマイクを下した。

 その車中、堀野刑事の頭にはある考えが浮かんでいた。

(あの画像の翔太君は緊張した顔をしていたが、誘拐されている様子には見えなかった。担任の緑川由美が撮ったものか・・・だから翔太君しか写っていない・・・いやまさか・・・もしかして緑川由美自身が犯人なのか? いやまだ断定はできない。緑川由美が犯人ならすぐに持ち主が分かる自分のスマホからメールを送ってくるだろうか。いずれにしても捜査を進めればきっと見えてくるはず・・・)


 ◇


 常楽寺は湖南市の山中にある。近江西国三十三箇所観音霊場の第1番札所でもあり、湖南三山巡りの最初のスポットでもある。境内には檜皮葺の本堂とその後ろには三重塔がそびえている。そしてそれを囲むように380本のモミジとドウダンツツジがあり、その鮮やかな紅葉が観光客を楽しませている。

「犯人に悟られないように聞き込みをしろ! 怪しい者がいたら引っ張ってこい!」

 堀野刑事は部下にそう言って常楽寺とその周囲を捜索した。小学5年生くらいの男の子と30過ぎの女性を見なかったかどうか、聞き込みを開始した。だが誘拐事件だからあまり大っぴらにできない。それに犯人から送られてきた画像と一致する紅葉と檜皮葺の屋根が写る場所はないかも同時に見て回った。

 だが目撃者はなく手がかりも全くつかめなかった。また画像に写るような場所も見つからなかった。後から応援の捜査員も加わって探したが成果はなかった。

「ここではないのか・・・」

 堀野刑事はつぶやいた。他の捜査員が長寿寺、そして片山警部補たちが善水寺に行っている。そこで手がかりをつかんでいるかもしれない。だがそれらしい報告はまだ上がってきていない。

「もう少し、周囲を探してみるか・・・」

 応援を呼んだとはいえ、観光客の数からいえば人員はまだまだ少ない。ただ派手に動き回ると犯人に気付かれてしまうかもしれない。一応、水上家からは警察には通報していない体なのだから。

 しばらくしてスマホに電話がかかって来た。画面表示を見ると捜査本部からだった。

「堀野だ」

「山口です。犯人からのメールが届きました」

「内容は?」

「読み上げます。『警察が動いているな。刑事の顔は全て確認した。これ以上、捜索するつもりなら人質は死ぬ』と。画像も送られてきて堀野さんたちが写っています」

「なに!」

 堀野刑事は辺りを見渡した。犯人は常楽寺にいて自分を含め捜査員を監視していたのだ。

(どこかこの近くで犯人が見張っている・・・)

 だが誰がそうなのかはわからない。ここにはスマホのカメラを持つ観光客が大勢いるのだ。その後すぐに片山警部補から電話がかかって来た。

「堀野。ここから撤退する。犯人に見られている。大津署に戻るぞ」

「了解」

 堀野刑事は唇をかんだ。犯人はこの近くにいるというのに・・・。

 捜査員はすべて、湖南三山での捜索をあきらめて本部に戻ることになった。


 ◇


 堀野刑事が大津署の捜査本部に戻るとある事実が判明していた。山口刑事が堀野刑事にある映像を見せた。

「浜大津駅近くの防犯カメラの映像です。偶然、緑川由美と翔太君を捉えていました」

 見ると確かに大人の女性と小学生の子供が歩いている。顔ははっきりしないが、服装から見ても緑川由美と水上翔太であろうことが推測された。

「確かに・・・浜大津駅の方に歩いているな。京阪電車に乗ったのか?」

「いえ、それが違うのです。見てください」

 すると彼女たちの近くに紺色のセダンが停まった。運転席から中年の男が降りてきた。その男は緑川由美らしい女性と何やら会話している。そして2人を車に乗せて走り出した。

「この男は?」

「わかりません。セダンのナンバープレートを照会中ですが、どうも偽装ナンバーらしいです」

 堀野刑事は映像を何度も見た。言い合いをしているようだがその後は素直に車に乗っている。

(この男が誘拐の主犯か? それなら緑川由美が共犯ということになるな・・・)

 そう考えると話は単純に思えた。男女2人が金持ちの子供を誘拐。警察に知られていないと思って身代金を要求してきた・・・だが堀野刑事は引っ掛かることがあった。

(『うみのこ』から翔太君を連れ出そうとした闇バイトの3人は誰に頼まれたんだ? この男か? そんなことをしなくても翔太君を連れ出すことができたのに・・・)

 堀野刑事は頭をひねっていた。ふと辺りを見渡すとまだ片山警部補の姿はなかった。

「班長は?」

「まだお戻りではありません。管理官室に呼ばれているようです。この映像の件は無線で報告しましたが・・・」

「内田も一緒か?」

「いえ、内田刑事は班長の指示で調べに行っていますが・・・」

「そうか。しかし新入りのくせに単独行動が多いな。班長の指示だとしても・・・」

 堀野刑事がそうこぼすと山口刑事が言った。

「仕方がないでしょう。内田は班長とは長い付き合いですから・・・」

 しばらくして片山警部補が捜査本部に戻ってきた。様子から見てここに来る前、山上管理官や久保課長と捜査についてじっくり話してきたようだ。

「こちらの動きは犯人に読まれている。捜査を立て直さねばならん」

 片山警部補がため息をついていた。堀野刑事が尋ねた

「上に何か言われたのですか?」

「ああ、ちょっとな。我々だけでは無理そうだからと・・・」

「そんな! しかし一体どこに協力を頼むのですか!」

 それでは捜査1課のプライドが許さない・・・堀野刑事は少しイラっと来た。

「それはな・・・」

 片山警部補の話に堀野刑事は少し納得していた。


 ◇


 湖上署の捜査課に電話がかかってきた。上村事務員が受話器を取ろうとしたが、そばにいた荒木警部が(いいよ)と彼女を制して受話器を取った。

「湖上署捜査課、荒木です。はい。これは・・・」

 電話の相手が名乗ったようだ。それを聞いて荒木警部の目が一瞬、鋭くなった。

「はい。そうですか・・・えっ! そんなことが・・・ええ、ええ、そうですね・・・・」

 何か重大なことが起こったようだ。荒木警部は緊張した面持ちでずいぶん長く電話で話していた。

「・・・わかりました。こちらでも対処します。では・・・。」

 電話を切った荒木警部は「ふうっ」と息をついて、それから声を上げた。

「みんな、聞いてくれ!」

 佐川たち捜査員はすぐに荒木警部のそばに集まった。

「県警捜査1課の久保課長から電話があった。湖上署捜査も誘拐事件の捜査に加わる」

「誘拐事件というと・・・」

 佐川は自分の悪い予感が当たったのを感じていた。

「そうだ。水上翔太君は誘拐されていた。犯人は緑川先生のスマホから神水学園に身代金の要求と翔太君を撮った画像をメールで送ってきた」

「捜査員が必要になったのですね。でもどうして湖上署に?」

 岡本刑事には不思議だった。通常ならその地域の所轄署が担当する。大津署なら人員も十分なはずと彼は思っていた。

「犯人は矢橋帰帆島公園を身代金の受け渡しに指定してきている。そこなら我々の庭だ。湖から監視できる。それに捜査1課の捜査員の顔を犯人に見られていて大っぴらに動くことができないようだ。それで顔の知られていない捜査員が必要になった」

 それを聞いて佐川刑事は思った。

(解決が難しそうだから捜査1課が手を放したのか? もし最悪な事態になって公表されれば山上管理官の責任が問われるからか? 湖上者の捜査員は今まであちこちの手伝いに駆り出されていたからちょうどいいと思われたのか・・・)

 荒木警部は俄然やる気になっていた。

「これから我々がこの事件に当たることにする。いいな!」

「はい!」

 こうして湖上署捜査課が主となって誘拐事件を担当することになった。そうなると荒木警部が指揮を執ることになる。元警視庁捜査1課で凶悪事件を解決してきたから適任かもしれない・・・佐川刑事はそう思った。

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