第18話 電話

 堀野刑事は湖上署の佐川刑事に電話をかけた。同期のよしみで以前から情報のやり取りをしていたからだ。

「佐川か。堀野だ。さっきはすまなかったな。湖上署の手柄を取り上げる真似をして」

「それは仕方ない。山上管理官が出てきたのだからな。それより何か用か?」

「それがな。神水学園に電話をかけたら生徒の水上翔太と担任の緑川由美が行方不明になっていることを聞いた」

「確かにそうだ。事件性があるかもしれない。あんな事件があったあとだからな」

「そちらで調べると聞いたが」

「ああ、今、調べている。まだ行方はつかめていない」

「だったらこちらで引き受ける」

 だが佐川刑事はそれに納得できるはずはなかった。

「どうしてだ? そっちはシージャックの事件で手一杯だろう。関連があるのか?」

「そんなことはない。ついでに調べてみるだけだ」

 堀野刑事はそうごまかした。佐川刑事はこれを聞いて、何か事件が起こっていると確信した。

(捜査1課は何かをつかんでいる。消息がわからない水上翔太君は何かの事件に巻き込まれた、誘拐されたのではないか・・・。もしかすると・・・)

 佐川は『うみのこ』シージャック事件が関係しているのではないかと勘ぐってもいた。

「堀野。何か隠しているのだろう?」

「いや、何も・・・『うみのこ』関連の事件だからついでにこちらで担当しようと思っただけだ」

「嘘をつけ。お前の嘘は俺にはすぐわかる。お前は俺に借りがあったな。お前のところの班長や久保課長には内緒にするから話してくれ」

 堀野刑事は佐川刑事がすべて見通しているのを感じた。

(佐川には何度も捜査の上で助けられた。今回の事件でも協力してもらうかもしれない。すべて言っておいた方がいい)

 堀野刑事はそう考えて佐川刑事に逮捕した3人の供述を伝えた。

「・・・というわけだ。3人は水上翔太を誘拐しに来た。その彼の行方が分からなくなっているのは偶然とは思えない」

「確かにそうだ。逮捕した3人以外に誘拐を計画した者がいるということだ。翔太君はすでにその者に誘拐されていると考えるべきだ」

 佐川刑事の意見に堀野刑事は大きくうなずいた。

「これはれっきとした誘拐事件だ。捜査1課が担当する。秘密裏に動かねばならないから湖上署は手を引いてくれ」

「それが言いたかったのだな」

「ああ、上の方は縄張り意識が強くてな」

「それに湖上署を嫌っている。手柄を取られたことがあったからな」

 佐川刑事は冗談めかして言った。

「とにかく頼む」

「わかった。荒木警部にも伝える。しかしこの事件、何か手が込んでいるような気がする。こちらも手を貸すからそちらの情報はメールででも伝えてくれ」

 佐川刑事は堀野からの電話を切った後、じっと考えてみた。

(あの3人はダミーだったのか。そうなると・・・まさか・・・)

 佐川刑事は翔太の手を引いて急いで下船していく教師の緑川由美のことが気になっていた。


 ◇


 森野は湖国から下船した後、すぐに主人である水上雅雄に電話をかけた。事件の対応で忙しいのか、なかなかつながらなかったが、しばらくしてやっと雅雄が電話に出た。

「どうしたんだ? こんな時に」

「それが大変です。翔太様がいなくなったのです」

「翔太が? 間違いではないのか。犯人を捕まえて事件が解決したと警察から連絡を受けたが・・・」

「それが翔太様は事件の前に担任の緑川先生と下船されているのです。体調が悪いらしくて。その先生からどこにも連絡が来ていないのです」

「そうか。それは心配だ。しかし連絡を忘れているとかじゃないのかね」

 電話の雅雄の声からはそんな事態に驚く様子もなく、あまり心配していないようだった。森野はそんな雅雄の態度に苛立ちを感じていた。

「警察の方には相談しました。しかし・・・」

「それならいいじゃないか。そのうち帰ってくるだろう。森野に任せる。何かわかったら連絡をくれ。忙しいからメールの方がいい。家にいる奥山に連絡して打ってもらうといい」

 それで電話が切れた。森野は昔から機械に弱く、メールすら打つことはできなかった。普段、雅雄に用事を伝えるときは、屋敷にいる奥山に用件を伝えてメールを送ってもらっていた。

(それにしても翔太様に冷たい)

 森野はそう感じていた。父親なら子供がいなくなったと聞いたらかなり少し心配するだろうと思うのだが、そんな様子は微塵も感じられなかった。

「奥様にも知らせておくか・・・」

 気は進まなかったが、森野は貴子にも電話をかけた。確か次男の和雄と高島の別荘に出かけているはずだった。

「もしもし。森野でございますが・・・」

「大塚です。どうしました?」

 電話に出たのは貴子の秘書の大塚武志だった。

「奥様にお伝えしたいことがあって。代わってもらえませんか?」

「奥様はお疲れで休んでいます。私が代わりに聞いてお伝えします」

 大塚は貴子を電話に出してくれなかった。森野はこの大塚という秘書に嫌悪感を抱いていた。貴子の昔からの知り合いというだけで、雅雄と結婚した彼女の秘書に収まった。仕事もろくにできず、貴子のお付きだけで彼女と妙に馴れ馴れしい。もしかしたら貴子の愛人ではないかと疑ってもいた。

「実は・・・」

 森野は翔太の行方が分からなくなっていることを伝えた。

「・・・できれば奥様には自宅に戻っていただいて・・・」

「いやよ!」

 電話の向こうで貴子の声が聞こえた。やはり翔太を心配して戻ってくることはないようだと森野は思った。

「奥様にはお伝えします。しかし和雄様もいるのでそちら戻るのは難しいかもしれません」

 大塚はそれで電話を切った。森野はスマホを耳から離してため息をついた。

(翔太様は前の奥様の千翔様の子供であって、自分の子供ではないからどうでもいいのかもしれない。しかしこの家に来られたからには翔太様にも愛情を注いでいただけたら・・・)

 森野にはそれは無理だと思い知っていた。貴子がこの家に来た時から翔太は邪魔者扱いだった。特に和雄様が生まれてからは・・・。しかも旦那様もなぜか翔太様に対する愛情が薄いようだった。前の奥様と苦労してやっと授かった子供なのに・・・。

(千翔様にお仕えしたこの森野が翔太様を守るしかない。それが亡き千翔様に対するご恩返しになる。)

 森野はその思いを強くしていた。


 ◇


 大崎先生は湖上署の事情聴取を終えて、本庄先生たちと湖国を降りた。彼の顔色は相変わらず悪い。

「疲れているようね」

 本庄先生が声をかけた。

「え、ええ・・・」

「あんなことがあったからね。それにあなたは犯人と戦ったから。緊張が取れないのでしょう。後のことは任せて帰りなさい」

「すいません・・・」

 本庄先生たちは神水学園に戻って多くの仕事をしなければならないが、大崎先生はそのまま帰宅することになった。


 大崎先生は何度もため息をついていた。

(あんなこと約束するんじゃなかった・・・)

 緑川先生と約束してしまった。彼女が翔太君と2人でいることやスマホで連絡が取れることを秘密にしなければならないことを・・・。事件に巻き込まれたと警察に捜索願まで出すところまで大きくなっている。今更もう言い出せなかった。

(緑川先生に連絡してこのことを知らせた方がいいかも。もっと大騒ぎになる前に・・・)

 大崎先生は自分のスマホを取り出した。すると急に鳴り出した。画面を見ると知らない番号だった。

(誰だろう? もしかして警察の方から?)

 彼は躊躇しつつも通話のボタンを押した。

「もしもし。大崎です」

「大崎先生だね。俺は緑川由美の知り合いだ」

 相手の声は中年の男のものだった。

「誰なんです?」

「誰だっていいだろう。おまえが由美とつながっているにはわかっている」

「な、何のことです」

「いいから。秘密にしてやるって。その代わり俺の話を聞け」

「話というのは?」

「それはな・・・・」

 相手の男は話し出した。それは犯罪の片棒を担がせようとするものだった。

「そんなこと・・・無理です」

「無理なことじゃねえ! いうとおりにするんだ! そうじゃないと警察に言うぜ! そうなったらそうなるかな。誘拐犯で逮捕されるぞ」

 男は大きな声で脅してきた。そうなると大崎先生は何も言えなくなった。

「わかったな。追って指示する。お前は俺の言うとおりにしたらいいだけだ。間違っても警察なんかにタレこんだりするなよ!」

 男はそう釘を刺して電話を切った。

「・・・」

 大崎先生は何も言えずに細かく震えていた。もう自分ではどうすることもできないところまで来ていることを知った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る