第17話 取り調べ
「うみのこ」を襲撃した3人の犯人は大津署に移された。ここで県警捜査1課の取り調べを受ける。茶髪の男が工藤勝、スキンヘッドの男が矢野克己、勝田の名札を付けていた男は磯野五郎、いずれも定職についてない若者だった。
彼らは逮捕されておとなしくなっていた。この様子ではすべてのことを白状させることは難しくない・・・と取り調べに当たる堀野刑事は思っていた。
それぞれが別の部屋で取り調べを受ける。堀野刑事は茶髪の工藤勝を担当した。
「名前は?」
「工藤勝」
「住所は?・・・」
堀野刑事は次々に聞いていくと、工藤は淡々と答えていく。話す様子はそこいらにいる青年と何ら変わらない。あんな大事件を起こしたようには見えなかった。
「どうしてあんなことをした?」
「仕事の依頼を受けたんです。バイトの」
「バイト?」
「メールで高額バイトの依頼がよくあるんですよ」
工藤は何者かに頼まれたようだった。よくある闇バイトというものだった。
「そのメールは?」
「時間が経つと消えるようになっているアプリを使っているようなんです。多分、消えてます」
「では誰から、どんな依頼を受けた? 覚えているか?」
「ええと、エヴァだったかな。「うみのこ」に乗っている水上翔太という神水学園の生徒をつかまえて、湖岸に停まっている紺のセダンの車の男に引き渡せと。合言葉は『異世界旅行』だったかな・・・」
「確かにそうなんだな?」
「そうだよ。それで100万だよ。船にもぐりこめば簡単だと思った」
「どういう計画を立てた?」
「食品会社の作業着を着て、ゴムボートを入れた大きなアルミケースを「うみのこ」に運んだ。俺がメールの指示通り用意したんだ。モデルガンもだぜ。船には偽の名札を見せれば簡単に乗り込めた。後は適当にモデルガンで脅してターゲットを捕まえて粘着テープで固定してゴムボートでずらかるはずだった」
「そしてセダンの男に引き渡す予定だったんだな?」
「ああ、そうだよ。しかし矢野が遅刻してきやがった。それで計画が狂っちまった。はあ」
工藤はため息をついて再び話し始めた。
「『うみのこ』に乗り込んだのは出航前ぎりぎりだった。仕方がないから磯野にゴムボートの準備をさせて、俺と矢野でターゲットがいる場所を探しに行った。だが船員に見つかるし、すぐに船は出ちまった。沖合に出られたらどうにもならないから操舵室を押さえて適当な場所に停めた・・・」
工藤は悪いことをしているという雰囲気もなく、すらすらと話し続けた。だがそれで彼らがしようとしていたことが分かった。
堀野刑事はもう一つ、質問をした。
「他の2人の男は? 前からの知り合いか?」
「いや、今日待ち合わせ場所で初めて会った。矢野と磯野という名前も。奴らもバイトで雇われたんだろう」
聞いていくうちにはっきりした。「うみのこ」を襲った3人はただ水上翔太を連れ出すだけのバイトを引き受けただけなのだ。だとするとこれを計画した主犯は別にいる。そいつの狙いは何なのか? 誘拐して身代金を奪うためか・・・堀野刑事の頭には様々なことが浮かんでいた。
別の部屋では矢野克己と磯野五郎がそれぞれ取り調べを受けていた。彼らはやはり工藤と同じように闇バイトの依頼を受けただけだった。
その取調室の隣の部屋では片山警部補が腕組みをしてマジックミラー越しに取り調べの様子を見ていた。山上管理官からの命令で彼の班がこの事件の捜査を担当する。隣には、所轄にいた時からの部下である内田刑事もいた。彼はかけている細い眼鏡をしきりに触っていた。そこに工藤の取り調べを終えた堀野刑事が入ってきた。
「堀野。事件の概要が見えてきたな」
片山警部補は静かに言った。
「ええ、班長。営利目的か怨恨かの誘拐でしょう。闇バイトで人を雇って」
「たどっていければ主犯にたどり着く。ただし厄介なことがある。工藤と矢野と磯野が主犯から受け取ったというメールだ。スマホの特別なアプリで時間が来ると消去されている」
「やはりそうですか」
すると横にいた内田刑事が言った。
「今はそのメールを復活できないか、科捜研に出しているところです。よく犯罪に使われているようですが、解読はなかなか難しいものらしいということです」
実行犯の3人はとらえたが、そこから上にたどるのは時間がかかるようだった。堀野刑事は言った。
「3人が誘拐しようとしていた水上翔太という生徒からの線はどうでしょう。誘拐しようとしたなら主犯と何らかの接点があるかもしれません。」
「そうだな。『うみのこ』は大津港に着いたばかりだから、そこにまだ学校関係者がいるはずだ」
「わかりました。水上翔太の周辺を調べることにします」
堀野刑事はその部屋を出て、すぐにスマホから電話をかけた。
「私は県警捜査1課の堀野と申しします。先ほどの事件のことで生徒の一人の情報が必要になりました。水上翔太君のことをお聞きしたいのですが・・・」
相手先は神水学園だった。電話に出た事務員の困惑した声が聞こえた。
「それが・・・」
事務員の話を聞いて堀野刑事の顔は驚きに変わっていた。思わぬことを聞いてしまったのだ。
「水上翔太君がいなくなったのです!」
「えっ! 詳しく聞かせください」
「翔太君は体調不良で担任の緑川先生と『うみのこ』出航前に下船したようなのです」
「下船した? ではあの事件の時にそこにはいなかったのですね」
「ええ。でも緑川先生と連絡が取れないのです。家の方にも連絡が行っていないようです。当園の教師の本庄たちが湖上署に相談に行かせていただいていると思いますが・・・」
「わかりました。こちらも調べます。水上翔太君のことですが・・・」
電話で話しながら堀野刑事は事件が終わっていないことを思い知った。
電話を切った堀野刑事の様子を見て片山警部補が尋ねた。
「どうした? 何かおこったのか?」
「大変です! 水上翔太君が行方不明になっています」
「なんだって!」
片山警部補も驚いて大きな声を上げた。
「私も驚きました。誘拐は実行されていたのかもしれません。担任の教師とともに」
堀野刑事は電話の内容のことを話した。
「そうか。湖上者が調べているのだな」
片山警部補はどうしようかと考えていた。すると内田刑事が横から口を出した。
「班長。1課で極秘に調べる必要があると思います」
「うむ、そうだな」
その言葉に片山警部補は大きくうなずいた。山上管理官もそれを望まれるはずだと思いながら・・・。内田刑事もその点をくみ取っていた。
「湖上署にこちらの情報を伝えずに、翔太君の捜索をこちらですると伝えたらいかがでしょうか?」
「ちょっと待て! そこまでして・・・」
堀野刑事は内田刑事の意見に反対だった。
「いや、内田の言うことはもっともだ。誘拐事件だったら捜査員は限られた人員だけの方がいい。よそ者がいると情報があちこちに漏れたりするからな」
「それはそうですが・・・」
「では堀野。湖上署の方は頼んだぞ。俺はみんなに伝える。行くぞ。内田!」
それだけ言って片山警部補と内田刑事は部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます