第15話 騒動

「うみのこ」がようやく大津港に入港した。そこには生徒を迎えに保護者が来ていた。もちろんその現場を押さえようとマスコミ各社も待ち受けていた。やがて人々が見守る中、教師に連れられて生徒たちが次々にタラップから降りてきた。カメラのフラッシュがまばゆい中を生徒の親が我が子を抱きしめる・・・そんな光景があちこちで見られた。


 湖国も同時に大津港に入港した。佐川刑事は湖国の展望デッキからその様子を眺めていた。

「まあ、よかった。事件を早く片付けられて」

 佐川刑事はそうつぶやいたものの胸騒ぎがしていた。もっと大きな事件が起こっているような予感、何か府に落ちない気持ちを抱えていた。それを心の内で無理に否定していたが・・・。

 だがそれはすでに起こっていた。佐川刑事は展望デッキから一つの異変を見ていた。背広を着た初老の男が保護者や生徒たちの中に飛び込んでいった。その男は必死に誰かを探していた。だがどうしても見つけられず、周囲の人たちに聞き回っていた・・・そんな風に佐川刑事には見えた。

「生徒の家族だと思うが、明らかにおかしい。もしかして「うみのこ」に乗った生徒のうちでいなくなった者がいるのか・・・」

 彼の刑事としての勘がそう告げていた。



 水上家の家令の森野は事件のことを知って大津港に飛んできたのだ。もちろん主人の水上雅雄や貴子にも連絡した。だが雅雄はすぐに駆け付けることができないと返事してきた。彼は神水学園の理事長だった。その事件の対応で忙しくて息子の翔太を迎えに行くこともできないのかもしれない。一方、貴子は一昨日から息子の和雅とともに高島の別荘に行っている。彼女もわざわざ大津まで翔太を迎えに行くことはしたくないらしい。

(おふたりとも翔太様に冷たい・・・)

 森野はため息をついていた。雅雄や貴子はいつも翔太のことを無視しているようだった。それがこんな時にも・・・。先代の理事長の時代から勤め上げている彼にはそれが不満だった。だがこんな時は、いつも身近で世話をしている自分が行くのが一番いいとも思った。

(怖い思いをされたのだからそこを配慮してお迎えしなければならない)

 そう思って「うみのこ」の船着き場に来だ。だがいくら探しても翔太の姿はそこにはなかった。彼はそこいらにいた神水学園の生徒にも聞いてみた。だが船に一緒に乗ったが、急にいなくなったという。そこに知り合いの本庄先生が降りてきた。森野は慌てて駆け寄った。

「本庄先生!」

「あっ。森野さんですか。理事長から何か?」

 本庄先生は森野が水上理事長の使いでここに来たと思った。

「いえ、翔太様をお迎えに来たのです。でも探してもいらっしゃらないのです」

「連絡が行っていなかったのですか? 翔太君は気分が悪くなったとかで担任の緑川先生と一緒に船を降りたと思いますが・・・」

「えっ! そんなことは・・・」

「もしかして病院に連れて行ったのかもしれません。緑川先生に連絡をとってみます」

 本庄先生はスマホで緑川先生のスマホに連絡を入れた。しかしそれは、

「おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません・・・」

 のアナウンスが流れるだけだった。

「どうでした?」

 森野は前のめりになって聞いてきた。

「おかしいです。緑川先生のスマホにつながらないのです。学校に確かめてみます」

「では私は家に電話をかけて聞いてみます」

 本庄先生と森野はそれぞれが電話をかけたが、どちらの方にも緑川先生から連絡は来ていなかった。やはり2人の行き先がつかめないのだ。

「何かあったのでしょうか?」

 森野の心配はさらに大きくなった。担任の緑川先生と一緒と聞いて少しはほっとしたのだが、その後の連絡はないし、電話をかけてもつながらないというのはやはりおかしい。なにかの事故や事件に巻き込まれたとか・・・彼は不吉な予感がしていた。

 本庄先生は近くにいた大崎先生にも声をかけた。

「大崎先生! 緑川先生と連絡が取れないのよ。何か知らない?」

「えっ! いえ・・・知りませんが・・・」

「緑川先生の行く場所に心当たりはないの?」

 本庄先生にそう聞かれたが、大崎先生は「いいえ」と首を横に振った。緑川先生と連絡は取れるが、彼女と約束したからそれを言うわけにはいかない。だが事態は大きくなっているのが彼にもわかった。

 本庄先生はため息をついてつぶやいた。

「そう? 心配だわ。警察の方に相談した方がいいのかしら・・・」


 そこに湖上署の航行課の水野巡査がそばに寄ってきた。彼女の本来の仕事は艇庫での車両やボートの整備だが、人手不足でこの現場の警備に駆り出されていた。制服姿のかわいらしい姿で水野巡査は、怖い思いをした子供たちをリラックスさせようと笑顔を振りまいていた。だが彼女はそうしながら周囲をしっかりと観察していた。森野と本庄先生と大崎先生が深刻に話しているのを見て、何かトラブルが起こっているような気がしたのだ。

「どうかされました?」

「学園の生徒のことで・・・」

 本庄先生が答えようとすると、横にいた森野が先に言った。

「いなくなったのです。翔太様が!」

「えっ! それは大変! 詳しく話を聞かせてください」

「それは・・・」

 水野巡査は本庄先生から話を聞くと、すぐに無線で湖上署に連絡をした。

「神水学園の生徒の一人が『うみのこ』を下船した後、行方が分からなくなっています・・・」

 事件は別の方向に動き出していた。


 ◇


 湖上署捜査課では梅原刑事が水野巡査からの連絡を受けていた。彼はさっとメモを取って荒木警部の元に走った。

「警部。『うみのこ』の警護をしている水野巡査からの連絡です。神水学園の生徒の一人が行方不明になっているそうです」

「なに!」

「行方が分からないのは水上翔太という生徒です。『うみのこ』には乗船したそうですが、担任の教師の緑川由美とともに下船。それから連絡が取れていないそうです」

「水上翔太と言えば・・・」

 シージャックの犯人が連れ去ろうとした生徒だ。その生徒が教師ともどもいなくなるとは偶然にしてはおかしい。これは何かある・・・荒木警部は顎をさわってそう考えていた。梅原刑事が尋ねた。

「どうしますか?」

「関係者から話を聞こう。水野巡査に関係者を湖国に案内するように伝えろ」

 ただ担任とは連絡がついていないだけだ。こんな事件の後だから過剰に反応しているだけなのかもしれないと・・・。だが事件に巻き込まれた可能性は十分あると荒木警部は思った。

 佐川刑事は展望デッキから見た朝の出来事を思い出した。確かに女性が生徒の手を引いて「うみのこ」を降りていくのが見えた。その様子を思い返すたびに何か違和感を覚えていた。

「警部。私は今朝、展望デッキからですが、彼らの姿を見たと思います」

 佐川刑事は荒木警部に言った。

「そうか、どんな様子だった?」

「急いでいるような・・・。何かから逃げる・・・という印象を受けました。」

「逃げる?」

 佐川刑事の言葉で荒木警部は何らかの事件が起きたことを確信した。彼の目が鋭くなった。

「これは事件性があるかもしれない。俺が直接話を聞く。佐川と梅原も来てくれ。会議室だ!」

 荒木警部はすぐに立ち上がって捜査課を出て行った。

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